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国家権力と英メディアの綱引き(4) -スノーデンとNSAファイル事件、近寄る政府・当局の手

小林恭子ジャーナリスト
英ガーディアンの「NSAファイル」のサイト

国家権力と英メディアという観点で、いくつかの事件を紹介してきた。最後の例として、エドワード・スノーデン元米中央情報局(CIA)職員のリークによる、米英の情報機関(米国家安全保障局=NSA,英政府通信本部=GCHQ)の監視行動についての報道を見てみよう。

6月初旬の初報後、英ガーディアンや米ワシントン・ポスト紙が主導し、ニューヨーク・タイムズ紙、香港のサウス・チャイナ・モーニング・ポスト紙、独シュピーゲル誌、仏ルモンド紙のほか、イタリア、スペイン、ブラジルなど世界各国のメディアが報じている。

以下は国家権力と英国のメディアという2つの大きなパワーのせめぎあいを見る目的でまとめたものだ。全貌ではないことをご了解いただきたい(人名は敬称略)。

スノーデンとNSAファイル事件(ガーディアン紙ほか)

スノーデンは、「米国民が政府による大規模な監視下に置かれていること」に義憤を感じ、情報リークを決心したという。

NSAやGCHQによる大規模情報収集の状況が大きく報道された直後、米英の政府首脳陣は国民を心配させないような発言をしている。

オバマ米大統領は「100%の安全が保障され、かつ100%のプライバシーが守られて、まったく不都合なことが起きないーということはありえない」と述べ、ヘイグ英外相は「法を遵守する市民は、心配することはない」と発言した。

水面下で、英政府側はスノーデン氏が持ち去った情報を奪回するために動いていた。報道直後からガーディアン紙に対し情報の返還を迫り、7月、ロンドンのガーディアン本社を訪れ、政府高官の眼前で情報が入っていたコンピューターのハードディスクを破壊させた(アラン・ラスブリジャー編集長のブログ、8月19日付)。

情報はすでに海外の報道機関の元にも保管されており、ガーディアンのコンピューターのハードディスクを物理的に破壊しても、情報そのものを削除したことにはならない。政府側には不当に盗まれた情報を元にして報道を行うメディアに対し、物理的不都合を引き起こすことができることを示す、威嚇行為に見えた。

編集長がブログを書いたのは、8月18日に発生した、別の事件がきっかけだった。

パートナーの拘束

NSA報道の記事を書いてきた米国人ジャーナリストのグレン・グリーンワルドはリオデジャネイロに居住しているが、パートナーとなる男性デービッド・ミランダがドイツを訪問し、自宅に戻る途中で英ヒースロー空港に立ち寄った。ここでミランダは英当局に9時間近く、拘束された。

ミランダは、ガーディアンが旅費を出す形で、ドイツにいる米国人の映像ジャーナリスト、ローラ・ポイトラスを訪ねていた(旅費負担は後で判明)。ポイトラスはグリーンワルドとともに初期からNSA報道にかかわっており、独シュピーゲルにも記事を書いている。

英テロリズム対策法の下で拘束されたミランダは、携帯電話、ラップトップ、メモリースティック、付属のハードディスクなどの所持品を取り上げられた。電子メールやソーシャルメディアの利用パスワードなどを聞かれた。「教えないと刑務所に入れると言われた」という。

8月20日、ミランダは高等法院に訴えを起こし、拘束が合法であったことが確立するまで、押収した所持品の捜査を停止するよう求めた。22日、高等法院は「国家の安全保障以外の目的での捜査停止令」を出した。実際には「高度に慎重に扱うべき資料が存在している」という理由から、テロ事件捜査班が捜査中だ。

30日、高等法院で本件についての政府側の説明によると、押収品の中には「5万8000件以上の国家安全保障上の機密書類」があったという。

今月6日と7日、高等法院でロンドン警視庁と内務省の弁護側が拘束の正当性を説明した。ミランダが所有していた機密書類が「アルカイダなどに渡る可能性があった」(内務省弁護士)、「ウィキリークスの例のように、書類の内容がウェブサイトにアップロードされてしまう危険があった」(警視庁の弁護士)。

ミランダの弁護士は、法律の適用が「過度だった」、「ジャーナリストには政府の行動を詮索するという民主主義社会の義務がある」と述べた。

裁判の結果は、後日、出る予定だ。

政府、当局からの批判

10月に入り、報道は国益に反する行為だという批判が政府関係者から続々と出るようになった。

同月9日、英「MI5」(国内の治安維持に従事する諜報機関)のアンドリュー・パーカー長官は報道陣に対し、GCHQの情報収集手法が明らかにされたことで英国の安全保障に「損害が生じた」と述べた。

23日には保守党議員ジュリアン・スミスの呼びかけで、ガーディアンの報道と国家の安全保障への影響について議論の場が設けられた。「諜報機関の手法が公開されれば」、テロリスト側の行動が変わってしまう、と安全保障問題担当の閣外大臣ジェームズ・ブローケンシャーが述べた。スミス議員はGCHQの内情を報道したガーディアンは「報道の自由を行使したのではなく、国の安全保障に破壊的な効果をもたらした」と述べた。

28日には大衆紙サンがガーディアンらの報道後に「テロリストの動向が消えた」とする「諜報機関高官」の発言を掲載。

これを受けて、前週に開催された欧州サミットの結果を下院で報告したキャメロン首相は、ガーディアンなどに対し「社会的な責任」を示すよう求めた。もしこのまま報道を続けるようであれば、「裁判所に報道差止め令の発行を求めるか、国防通知の発行」を辞さないと述べた。英政府による、もっとも明確な報道自粛へのメッセージであった。

11月7日には、英国の3大情報機関のトップが初めてそろって公に姿を見せ、議会の情報安全委員会で証言した。海外の諜報活動を扱う「MI6」の」長官は活動情報が報道されたことで、「大きな損害があった。こちらの仕事が危険になった」と述べた。

来月、ガーディアンのラスブリジャー編集長が下院内務委員会に呼ばれ、報道にまつわる事情を説明することになっている。(次回は「国家権力と英メディアの綱引き」の結論)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊は中公新書ラクレ「英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱」。本のフェイスブック・ページは:https://www.facebook.com/eikokukobunsho/ 連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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