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原作累計発行部数6000万部突破:「鬼滅の刃」ブームは一体”何が”すごいのか

小新井涼アニメウォッチャー
(筆者撮影)

週刊少年ジャンプで連載中の吾峠呼世晴氏による人気漫画「鬼滅の刃」の累計発行部数が6000万部を突破したことが発表されました。もはや国民的ともいえる人気を獲得した本作の盛り上がりは『実はまだみたことがない』という人でさえ、既にご存知のことかと思います。

ブームの様子や人々が夢中になる理由に関しても、様々なメディアで頻繁に報道されるようになりましたが、そもそもこの「鬼滅の刃」のヒットとは、これまでのアニメや漫画のヒットとは どこがどう違って”何が”すごいのでしょうか。原作漫画やアニメそのものの魅力や面白さは大前提として、”「鬼滅の刃」ブーム”という現象そのものの特殊性を探ってみます。

■驚異的な伸び率とスピード

同じ週刊少年ジャンプの人気作「ONE PIECE」の累計発行部数は今年4月の時点で4億7000万部、同じく世界的な人気を誇る「進撃の巨人」は2019年12月の時点で累計発行部数が1億部を突破しています。こうした数字だけをみると、「鬼滅の刃」の6000万部突破がこれほど話題になることを不思議に思う人もいるかもしれません。

しかし本作のすごさは数字というよりも、累計発行部数が”極短期間に驚異的な伸び率をみせている”ことにあると思います。あくまでイメージ図ではありますが、下記は「ONE PIECE」・「進撃の巨人」・「鬼滅の刃」それぞれの、累計発行部数の推移を比較したものです。

図1:累計発行部数(公式発表からのみ把握できる数字)を基に、連載開始時点を0として、発表が確認できた時点での発行部数を国内・世界累計混合で作成した大まかなイメージ図。2020年5月8日現在。筆者寄稿:発行部数が1年半で16倍『鬼滅の刃』が愛される3つの理由 段階的にファンを増やして「尻上り」  https://president.jp/articles/-/34243 を基に筆者が加筆
図1:累計発行部数(公式発表からのみ把握できる数字)を基に、連載開始時点を0として、発表が確認できた時点での発行部数を国内・世界累計混合で作成した大まかなイメージ図。2020年5月8日現在。筆者寄稿:発行部数が1年半で16倍『鬼滅の刃』が愛される3つの理由 段階的にファンを増やして「尻上り」 https://president.jp/articles/-/34243 を基に筆者が加筆

連載期間や発行巻数、週刊・月刊連載の違いといった要素はもちろんありますが、例えば赤で示した部分をみると、2013年のアニメ化を経てより人気を伸ばした「進撃の巨人」でさえも数年かかった1000万部代から6000万部への伸びを、「鬼滅の刃」はわずか1年足らずで達成しています。また本作の累計発行部数が、アニメ放送開始直後にはまだ500万部であったことを考えると、今回の6000万部突破というのは、たった1年弱でその数が12倍にまで伸びたことになるのです。

こうしてみると、「ONE PIECE」や「進撃の巨人」をはじめとするこれまでのヒット作と比べて、「鬼滅の刃」ブームによる累計発行部数の伸び率とそのスピードが、如何に異例であるのかが窺えます。

■アニメによる人気・知名度上昇の特殊さ

他にも、この「鬼滅の刃」ブームの特徴としては、アニメ化をきっかけに作品が国民的な人気・知名度を獲得するまでの”道のりの特殊さ”が挙げられます。

今年に入ってその人気を知ったという人には”急に出現した話題作”のように思われているところもあるかもしれませんが、本作の人気は下記のようなイメージで、アニメの放送開始をきっかけに、徐々に広がりをみせてきました。

図2:「鬼滅の刃」ファン層拡大イメージ図。筆者寄稿:発行部数が1年半で16倍『鬼滅の刃』が愛される3つの理由 段階的にファンを増やして「尻上り」  https://president.jp/articles/-/34243 を基に筆者が加筆
図2:「鬼滅の刃」ファン層拡大イメージ図。筆者寄稿:発行部数が1年半で16倍『鬼滅の刃』が愛される3つの理由 段階的にファンを増やして「尻上り」 https://president.jp/articles/-/34243 を基に筆者が加筆

そんな「鬼滅の刃」が、今のような社会的ブームにまで至った要因としては、その人気がアニメ・漫画好きだけに止まらず、普段アニメや漫画をみない層にまで広がっていったことがかなり大きいと思います。注目すべきは、その人気の広がり方、知名度の獲得の仕方が、先に挙げた「ONE PIECE」をはじめ、「ドラゴンボール」や「名探偵コナン」といった、同じく普段アニメや漫画をみない人でも『タイトルぐらいは知っている』少年漫画原作のアニメと違い、”お茶の間で家族がテレビを囲む”という習慣が薄れた今の時代において、深夜アニメが配信や口コミを中心に上記作品並みの国民的な人気と知名度を獲得していった、という点です。お茶の間を通じた長年のテレビ放送によって、普段アニメや漫画をみない層にまで人気や知名度が浸透していった上記作品達とは異なり、「鬼滅の刃」では図2に赤字で記したポイントが、各所でファン層を拡大する後押しになっていたことが考えられます。

映像配信やSNSの普及をはじめ、かつてゴールデン帯の放送から国民的な知名度を持つアニメが生まれてきた時代とは、人々の生活習慣やアニメの視聴環境も大きく変化しています。そんな中にあってこれほどの人気と知名度を獲得した「鬼滅の刃」ブームが歩んできたこの道のりは、”お茶の間で家族がテレビを囲む”という習慣が益々薄れていくであろう今後、全国放送ではない深夜アニメからも国民的な人気作品が生まれていく際の、新たなテンプレートとなり得るのかもしれません。

■「鬼滅の刃」ブームの特殊性

どんなアニメや漫画でも、社会的なブームとなる作品にはそれぞれの作品にしかない魅力や面白さがあり、そのどこにハマるのかというのも、読んだ人・見た人それぞれに異なるうえ、中には「自分には合わなかった」という人もいるかと思います。しかしそうした作品の内容への評判ではなく、この「鬼滅の刃」ブームの広がり方や、盛り上がり方そのものに、どことなくこれまでのヒット作とは異質な雰囲気を感じていた人もいるのではないでしょうか。上記はその氷山の一角にすぎませんが、「鬼滅の刃」ブームがこれまでのアニメや漫画のヒット作とどう違うのか、という部分には、こうした「原作漫画の売れ方」や「ファン層や知名度の広がり方」といった、内容以外の外的要因が持つ特殊性というのも、大きく関係しているように思います。

アニメウォッチャー

北海道大学大学院国際広報メディア・観光学院博士課程在籍。 KDエンタテインメント所属。 毎週約100本以上(再放送、配信含む)の全アニメを視聴し、全番組の感想をブログに掲載する活動を約5年前から継続しつつ、学術的な観点からアニメについて考察、研究している。 まんたんウェブやアニメ誌などでコラム連載や番組コメンテーターとして出演する傍ら、アニメ情報の監修で番組制作にも参加し、アニメビジネスのプランナーとしても活動中。

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