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世界遺産の洞窟住居から恐怖の火山島へ。ロケ地で楽しむ『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
世界遺産のマテーラ

公開2 週目を迎えた『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』が国内興収で2週連続のトップを維持した。9月末日から世界各国で公開された同作は、同じく先週末の世界興収が3億1330万ドルに到達。10月29日には最大のマーケットである中国での公開を控えているため、更なる数字の積み上げが期待される。

『007』シリーズはロケーション・ムービーのパイオニア

第6代ジェームズ・ボンド、ダニエル・クレイグの5作目にして最後の主演作であること、パンデミックの影響を受けて公開が大幅に遅れた分、ファンの間で蓄積された期待値の高さ、本格的な娯楽映画への渇望感、そして、それを劇場の大画面(I MAXカメラで撮影されたシリーズ初作品)で楽しめる醍醐味、等々、シリーズ最新作がヒットする要素は幾つか考えられる。中でも、『007』シリーズの魅力の一つはロケーション・ムービーとしてのトリップ感ではないだろうか。まだ海外旅行が一般的ではなかった時代から、ミッションを受けて世界各地を飛び回るボンドはジェットセッター族の草分けであり、馴染みの風景や未知のスポットを居ながらにして旅できる『007』シリーズはロケ映画のパイオニアなのだ。

『007/ロシアより愛をこめて』(‘63年)、『007/ワールド・イズ・ノット・イナフ』(‘99年)、『007/スカフォール』( ’12 年)の舞台になったイスタンブールの巨大市場、グランドバザール、『007/カジノ・ロワイヤル』(‘06年)のイタリア、コモ湖畔に佇むウィラ・デル・バルビアネッロやモンテネグロのホテル・スプレンディド、『007/消されたライセンス』(‘89年)や『007/スペクター』(’15年)のアバンタイトルが撮影されたメキシコシティ、『007/美しき獲物たち』(‘85年)のフランス、シャンティイ城、『007/黄金銃を持つ男』(‘75年)のタイ、プーケットの絶壁島、Ko Tapu島、そして、『007は二度死ぬ』(‘67年)に登場した開館して5年目のホテルニューオータニ、etc。そして、最新作ではボンドの故郷、ジャマイカが再び撮影地として戻って来た。

ジャマイカ~ボンドの故郷

ジャマイカ。ヨットが浮かぶ入江の奥にはボンドのコテージが
ジャマイカ。ヨットが浮かぶ入江の奥にはボンドのコテージが

シリーズ最新作でボンドが引退生活を送っているのはジャマイカのポート・アントニオ。ボンドのコテージはポート・アントニオにあるサン・サン・ビーチの一角にある。ボンドがCIAエージェントのフェリックス・ライター(ジェフリー・ライト)や新007のノーミ(ラシャーナ・リンチ)と接触するのもここ。ジャマイカにはシリーズの原作者、イアン・フレミングが所有する実在の私有地”ゴールデンアイ”があり、かつて、『007/ドクター・ノオ』(‘62年)でボンド(ショーン・コネリー)がハニー・ライダー(ウルスラ・アンドレス)と遭遇するビーチのシーンや、『007/死ぬのは奴らだ』(‘73年)にも登場。最新作ではボンドが思い出の地に帰還したというわけだ。

冒頭はノルウェーとイタリア世界遺産の街

243分の上映時間はシリーズ最長だが、最新作のアバンタイトル(プロローグシーン)も実に20分もあってシリーズ最長で、2つのエピソードが描かれる。まず一つ目の舞台は、ノルウェーの首都、オスロの北に位置するラングヴァン湖。『007シリーズ』は勿論、ここが映画の撮影地として登場するのは本作が初。冒頭に登場する家のセットも湖畔に建てられたが、監督のキャリー・フクナガによると、撮影された2019年の冬は記録的な暖冬で、氷が溶けてセットが湖底に沈むまでに撮影が終わるかどうか心配だったという。自然や気候は待ってくれない。まさに時間との戦いだったのだ。

マテーラでのカーチェイス・シーン
マテーラでのカーチェイス・シーン

二つ目の舞台はイタリアの南部、バジリカータ州のマテーラ。丘の斜面の洞窟に何百もの家がある世界遺産の街だ。ボンドが愛するマドレーヌ(レア・セドゥ)をアストン・マーティンDB5の助手席に乗せて、敵を蹴散らしながら疾走するシーンはマテーラのサン・ピエトロ・カヴェオーソ広場から始まり、その後、ドゥオモ広場のマテーラ大聖堂付近まで続く。因みに、マテーラはかつて『パッション』(‘04年)、『オーメン』(‘06年)、そして、『ワンダーウーマン』(‘17年)のロケ地にも使われている。

ボンドとアストン・マーティンDB5
ボンドとアストン・マーティンDB5

また、オープニング最大の見せ場であるアクション・シーケンスが撮影されたのは、バジリガータ州に接するプーリア州、グラヴィーナ・ディ・プーリアにあるポンテ・アックエドーロ。高さ37メートル、長さ90メートル、幅5.5メートルの橋は形状自体がドラマチックで、ボンドムービーには打って付けだ。

ポンテ・アックエドーロ
ポンテ・アックエドーロ

そして本拠地、ロンドンへ

MI6前に到着するボンド
MI6前に到着するボンド写真:Splash/アフロ

ボンドがトム・フォードのスーツに身を包み、アストン・マーティンV8から颯爽と降り立つのは、かつて属したMI6本部前。撮影されたのはテムズ川を東に見て南北に走る官庁街、ホワイトホール沿いに建つ英国国防省前だ。英国国防省は『007/ユア・アイズ・オンリー』(‘81年)にも登場している。MI6のロケ地には変遷があって、シリーズ当初は架空の建物が使われ、その後、『007/オントパシー』('83年)からしばらくは旧陸軍省に移動。因みに、本物のMI6、またはSECRET INTELLIGENCE SERVICE、略してSISは1994年以来、テムズ川沿いのヴォクスホール・ブリッジ脇にある。また、MI6内部の撮影はロンドン西部、パインウッド・スタジオ内にあるシリーズの生みの親、アルバート・R・ブロッコリが『007/私を愛したスパイ』(‘76年)のために建造した”007ステージ”で行われた。一昨年の6月、チャールズ皇太子が同スタジオを訪問した際、ダニエル・クレイグが案内役を務めている。

パインウッドを訪問したチャールズ皇太子とクレイグ
パインウッドを訪問したチャールズ皇太子とクレイグ写真:REX/アフロ

ボンドがM(レイフ・ファインズ)と秘密の会合を持つのは、ロンドン西部の交通の要所であるハマースミスのハマースミス・ブリッジの袂。1887年に建造された橋は老朽化が酷く、2019年4月には遂に通行止めに。そのため撮影には最適とあって、他にも多くの映画やTV番組がここで撮影されている。

ノルウェーからハイランドへ

アストン・マーティンV8に乗ったボンドが猛スピードで迫ってくるレンジローバーとカーチェイスを展開するのは、ノルウェーの西海岸を走る”アトランティック・ロード”。車好き、ドライブ好きの人が愛読しているウェブサイト”Dangerous Road”にも載っている8キロにも及ぶハイウェイは、小さな島を合計8つの橋で結んでいて、1989年の開通以降、数々のドライビング・テストや広告に使われて来た。今回『007/ノー・タイム・トゥ・ダイ』のハイライトに登場したことでさらに知名度がアップしそうだ。

アトランティック・ロード
アトランティック・ロード写真:PantherMedia/イメージマート

カーチェイスの撮影地はその後、スコットランドに広がるハイランド地方のケアンゴーム国立公園エリアへとシフトして行く。イギリスで6番目に高いケアンゴーム山を望む草原や渓谷、湖の景色が走り去っていく中、展開されるアクションは雄大な自然とも相まって効果抜群。『007/スカイフォール』を例に挙げるまでもなく、ボンドと広大で殺伐としたハイランドは相性がいい。

サフィンの要塞は北大西洋の火山島

悪魔の要塞に相応しい風景だ
悪魔の要塞に相応しい風景だ写真:アフロ

宿敵サフィン(ラミ・マレック)の要塞は、スコットランドとアイスランドの中間に位置するデンマーク自治領、フェロー諸島で撮影された。全部で18ある火山島から成るフェロー諸島は恐ろしいような断崖絶壁とピンストライプの灯台、それにたくさんの羊の群れが見られ、ボンドと対峙するヴィランの要塞に相応しい風景だ。映画ではCG加工された架空の島として描かれるが、ここが、これまで『007』シリーズの舞台にならなかったのが不思議なくらい。映画の撮影隊が地球上のほぼ全ての地域を網羅していそうな今でも、世界にはまだまだ未知の領域があるのだ。

再びあの海岸線へ

そして、今回最も印象的なシーン(冒頭とラスト)が撮影されたのは、イタリアのサプリとアッカフラッダの間にあるティレーナ・インフェリオーレ通りだろう。南イタリアで最も長い海岸線を走る1台の車と、そこに被さるあの懐かしい歌声を聴いて、涙するボンド・ファンは多いに違いない。

これが最後のボンドアクター、ダニエル・クレイグと共に、シリーズ第25作をロケ地で巡る世界旅行。実は今回、『007は二度死ぬ』以来となる日本ロケが予定されていたが、残念ながら叶わなかった。さて、次にボンドが飛ぶ先はどこになるだろうか?

「007/ノー・タイム・トゥ・ダイ」10月1日より日本公開

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映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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