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ダニエル・クレイグがボンド映画の舞台裏を暴露するドキュメンタリーが面白すぎる!

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
今配信中の『ジェームズ・ボンドとして』

最新作への興味を繋ぐ話題のボンド・ドキュメントとは?

度重なる公開延期の末に、やっと、来月10月1日の日本公開が決定した『007』シリーズ第25作『007ノー・タイム・トゥ・ダイ』(‘21年)。そこで、ボンドファンの失いかけた最新作への興味を繋ぐために、話題のドキュメンタリー『ジェームズ・ボンドとして』が今週からApple TVで配信中だ。実に15 年もの間、6代目ボンドとしてシリーズに貢献してきたダニエル・クレイグとプロデューサーたちのコメントを交えながら、15年間の足跡を振り返る同作。そこには、知られざる製作の裏側が当事者たちの言葉と共に開示されていて、このタイミングで見るには絶好の内容になっている。

作品の全体的な構成は、クレイグが主演したシリーズ5作の撮影風景やメディアの反応、プレミアやTVトークショーの映像を映しながら、クレイグとシリーズのプロデューサー、バーバラ・ブロッコリとマイケル・G・ウィルソンの3人が、各々の思い出を振り返るというもの。以下が主な内容だ。

最初はみんなダニエル・クレイグに総スカンだった

『007 カジノ・ロワイヤル』
『007 カジノ・ロワイヤル』写真:Splash/AFLO

2005年、6代目ボンドとしてダニエル・クレイグの名前が発表された時、メディアの反応は散々なものだった。『ブロンドのボンドなんてあり得ない』『記者会見で無愛想だった』『記者たちは失望した』『カリスマはゼロ』等々。しかし、一方で『確かにそうだが大化けするかもしれない』と報じた一部メディアもあった。一方、クレイグ本人は悪評に晒されながらも、渡されたシリーズデビュー作『007カジノ・ロワイヤル』(‘06年)の脚本を気に入り、自宅でボンドの好物であるウォッカ・マティーニを飲んで役作りに挑戦していたことを告白している。その時、それまで渋い脇役俳優と思われていたクレイグは、俳優人生で初めて手にしたスパイ役に運命を預ける決意を固めたのである。

それが水着ショットで一転するって極端過ぎる

ハバナでプリ・プロダクションがスタートしても、依然ダニエル=ボンドに対して懐疑的だったメディアが、一転して期待と賛美に転じたのは、海から上がった水着姿のボンドが美しく鍛え上げられたボディを誇示しつつ、渚に向かって歩み寄ってくるセクシー・ショットが公開された時のこと。その写真は、前夜から砂浜に穴を掘って待機していたパパラッチの労作であった。歴代ボンドの中で最もマッチョなそのボディは、クレイグがトレーナーのサイモン・ウォーターストーンに付いて肉体改造に勤しんだ結果。『自分がボンドらしく見えることが何より大事だった』とは、その時のクレイグのコメントだ。

劇中での水着ショット
劇中での水着ショット写真:Splash/AFLO

こうして、一部のファンサイトでイギリス国民の71%は起用に反対だったと言われる6代目ボンドは、肉体改造によって負のイメージを一蹴。さらに、自ら監督のマーティン・キャンベルに脚本とは違う演出を提案するなど(どのシーンかは見て確かめて欲しい)、現場では積極的に発言権を行使して作品のグレードアップにも貢献する。筆者は映画公開前にニョーヨークで行われたプレスイベントに参加させてもらったが、その時のクレイグの物凄いハイテンションに圧倒された記憶がある。当時の配給元であるソニー・ピクチャーズが日本のプレス用に設けてくれた単独インタビューの席で、クレイグはボンドが全裸で椅子に座らされて、宿敵ル・シッフル(マッツ・ミケルセン)から股間一撃リンチを加えられるシーンについて、爆笑しながらアクション付きで思い出話を語ってくれたのだ。その時、確かに彼は批判に打ち勝った喜びと自信に溢れていた。『007 カジノ・ロワイヤル』のパートでは、クレイグが話すのに苦労したという”ある台詞”についての笑える話も紹介されるので、見逃さないで欲しい。

後にオリンピックで共演することになる女王とクレイグ
後にオリンピックで共演することになる女王とクレイグ写真:ロイター/アフロ

『007 カジノ・ロワイヤル』のロイヤル・プレミアは、後にロンドン・オリンピックのオープニングでボンドと共演することになるエリザベス女王を始め王室のメンバーを迎えてロンドンのレスタースクエアで開催される。その際、映画の冒頭でボンドが悪漢相手にトイレで格闘するモノクロの冒頭シーンに続いて、シリーズのテーマ音楽が鳴り響くと、会場は拍手喝采に包まれたという。こうして、『007 カジノ・ロワイヤル』はシリーズ最高の興収を記録。これを機に007シリーズはダニエル・クレイグの時代へとシフトして行く。

2作目の不発で落ち込むクレイグを救った舞台劇とは

しかし、続くシリーズ2作目『007 慰めの報酬』(‘08年)はハリウッドで起きた脚本家ストライキとタイミングが重なり、想定外の不運に見舞われる。脚本と監督が未決定のまま始まったアクションシーンを撮影中、クレイグはロープに足を取られて宙吊りになって敵と拳銃を奪い合うシーンで怪我を負ってしまう。『調子に乗って飛び回り過ぎた』とは本人の弁だが、それでも、『007 慰めの報酬』を絶賛するファンは多い。しかし、突然手にした名声に対応できず、精神的にも肉体的にも追い込まれたクレイグは、気分転換のためにブロードウェーのストレートプレイ『A Steady Rain』でヒュー・ジャックマンと共演。結果的にその経験で吹っ切れたというクレイグは、再びボンドになってスクリーンに戻ってくる。

MI6の一新とMとの別れ

続く『007 スカイフォール』(‘12年)はブロッコリによると『ボンドの基盤であるMI6のメンバーを再構築した作品』であり、若きQ役のベン・ウィショーを始め配役が一新される。監督にはハリウッドから母国イギリスへの帰国を明言していたサム・メンデスを抜擢。クレイグがそのクオリティに対して、『脚本も監督も俳優も集結して傑作が誕生した』と自負する作品には、シリーズで17年間、MI6の上司、Mを演じてきたジュディ・デンチと訣別する瞬間が用意されていた。クレイグとプロデューサーたちが改めて振り返るボンドとMの別れは、『007 スカイフォール』こそがドラマ性に於いて最も優れた1作だったことを痛感させるベスト・シークエンスだろう。

Mのジュディ・デンチとクレイグの2ショット
Mのジュディ・デンチとクレイグの2ショット写真:ロイター/アフロ

次に彼らが『ストーリーの改革とガジェットの復活』にチャレンジしたのが『007 スペクター』(‘15年)だ。しかし、ここでもクレイグは大怪我を負う。冒頭で描かれるメキシコのカーニバルのシーンで、ビルの縁を軽々歩いているように見えるクレイグだが、実は医者から手術のために9ヶ月の休養を言い渡されるほどの重傷を負っていたのだ。そこで、プロデューサーと監督のサム・メンデスは、ある奇策を弄してクレイグのハンデをカバーしている。それは言われるまでは気づかない映画のマジックと呼べるものだ。

降板を口にしたクレイグを引き止めたプロデューサーの一言

『007 スペクター』の公開後、クレイグは疲労とある種の燃え尽きを理由に降板を口にする。しかし、バーバラ・ブロッコリは『まだ、描き切れていないことがある』と強く説得し、その後、クレイグは降板発言を撤回するという、かつてのボンドアクターがやってきたルーティンを踏襲。こうして、2019年の4月、ボンドの故郷ジャマイカで『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』のローンチが行われる。直後、世界中を巻き込んだパンデミックにより不運な運命を辿ったシリーズ最新作だが、現在配信中のドキュメンタリーでは、撮影中に起きた感動的な場面が紹介される。ダニエル・クレイグにまつわるそのショットには、クレイグのシリーズに対する熱い思いが凝縮されていて、思わず胸が熱くなるほどだ。

『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』のNYプロモーションでクレイグとラミ・マレック
『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』のNYプロモーションでクレイグとラミ・マレック写真:ロイター/アフロ

ミスキャストと呼ばれ、それを跳ね返して最高の当たり役を手に入れた幸運なスターと、シリーズの歴史の一端に思いを馳せるドキュメンタリー『ジェームズ・ボンドとして』は、結局のところ、1人の俳優が役と繋がれた喜びを通して、映画作りのスリルと楽しさを再認識させてくれる。そんな高揚した気持ちを持続したまま、公開間近の『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』に雪崩れ込みたいものである。そして、勿論、次に誰がダニエル・クレイグと同じ運命を辿ることになるかという、”ポスト・ボンド問題”にも目配せしつつ。

『ジェームズ・ボンドとして』

9月7日から10月7日まで、Apple TVアプリで無料視聴可能

(C) 2021 Danjaq, LLC and MGM. 007 Gun Logo and related James Bond Indicia 1962-2021 Danjaq and MGM. 007 Gun Logo and related James Bond Trademarks are trademarks of Danjaq. All Rights Reserved.

『007 ノー・タイム・トゥ・ダイ』

2021年10月1日(金) 公開

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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