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待った甲斐があった『ブラック・ウィドウ』謎めいたスーパーウーマンの実像とは?

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
ナターシャ・ロマノフ/ブラック・ウィドウ

劇場公開映画としてはこれが"フェーズ4"の幕開け

『アイアンマン』(‘08年)で始まった『マーベル・シネマティック・ユニバース』(MCU)は、今年、時系列の纏まりを表す”フェーズ4”に属する作品が次々に公開されている。『ワンダビジョン』『ファルコン&ウィンター・ソルジャー』『ロキ』(以上は配信のみ)と来て、今週、劇場公開映画としては”フェーズ4”の幕開けを担う『ブラック・ウィドウ』が公開される。シリーズ第24作目にして、『アイアンマン2』(‘10)年でシリーズ・デビュー後、計7本でアベンジャーズのミッションに貢献した、類い稀な身体能力を誇るロシア人スパイ、ブラック・ウィドウことナターシャ・ロマノフを主役に据えたスピンオフ作品である。

『アイアンマン2』から『アベンジャーズ/ウィンター・ソルジャー』(‘14年)までは国際平和維持組織、S.H.I.E.L.Dのメンバーとして、以降は個性豊かなアベンジャーズのまとめ役としてチームを支えてきたブラック・ウィドウ。仲間たちが各々特殊能力を兼ね備えているのに対して、スーパーパワーを持たないメンバーとして独特の存在感を示してきた彼女に関して、我々に与えられた情報は限定的なものだった。そこで、アベンジャーズに訪れた分裂危機に於いて反逆者とみなされ、その後失踪した『シビル・ウォー/キャプテン・アメリカ』(‘16年)と、髪をいつもの赤毛からブロンドに染め上げて戦線復帰した『アベンジャーズ/インフィニティ・ウォー』(‘18年)の間の”空白期間”にフォーカスし、”ブラック・ウィドウとは何者だったのか?”を描くのが本作『ブラック・ウィドウ』だ。

"ロマノフ家"の食卓
"ロマノフ家"の食卓

ナターシャが探し求めたのは"家族"だった

 ナターシャ・ロマノフのルーツを辿る映画は、まず彼女が偽りの家族の一員として育てられ、やがて、宿命的に暗殺者となるべく訓練を受け、成長し、ブラック・ウィドウになるまでを、10代半ばと、それから21年後の2つの時代に分けて描写する。そして、殺し屋として優れた技能を手に入れる傍で、たとえ偽りとは言え、父や母、最愛の妹エレーナとの絆を絶たれた彼女が、失った人生のピースを拾い集めていくのが、物語のメインプロットだ。勿論、自らの運命をコントロールしようとする組織との死闘は、可能な限り空間を広く使って縦横無尽。驚きに飢えたアクション・ファンを満足させる内容だ。一方で、家族を束ねるために献身の限りを尽くすナターシャの思いは、もう一つの擬似家族とも言えるアベンジャーズに対しても同じだったことは、シリーズが大団円を迎えた『アベンジャーズ/エンドゲーム』(‘19年)でも印象的に描かれていた。

 つまり、話題のスピンオフ作品は、想像以上に人間的でドラマチック。MCUという規定のフォーマットの中に、可能な限り1人の女性が辿った人生をはめ込んだ異色作と言うことができるかもしれない。

スカーレット・ヨハンソン自身が監督を指名

 製作の起源は2009年3月。ライオンズゲートから映画化権を奪還したマーベル・スタジオが、スカーレット・ヨハンソンとナターシャ・ロマノフ/ブラック・ウィドウ役で契約を交わす。契約書には複数の映画への出演オプションも含まれていた。2014年2月、マーベル・スタジオの社長、ケビン・ファイギは、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(‘15年)で少しだけ触れられていたブラック・ウィドウの過去をさらに掘り下げた単独映画を発案。その際、ファイギは他作品の進行状況を鑑み、製作は4、5年先になるだろうと付け加えた。2016年10月、ヨハンソンは映画が前日譚になる可能性に触れ、素晴らしい作品にするために全力を尽くすことをメディアに語っている。

 フランチャイズ映画に女性監督を積極的に起用してきたマーベル・スタジオがメガホンを託したのは、オーストラリア出身のケイト・ショートランドだ。クロエ・ジャオを始め65人もの候補者の中から彼女を監督に指名したのは、製作総指揮を兼任するヨハンソン本人である。彼女はショートランドが過去に発表した、敗戦をきっかけに過酷な旅に出るドイツ人少女の道程を描いた戦争映画『さよなら、アドルフ』(‘12年)のファンだったからだ。

最強の
最強の"姉妹"、ナターシャとエレーナ

 これにもう1人、強力な助っ人が加わる。ナターシャと協力して重要なミッションに参加する、血が繋がらない妹のエレーナを演じるフローレンス・ピューだ。ナターシャよりも自由で、言いたいことを言い、時々観客の爆笑を誘うキラーショットまで提供してくれるピューは、これまで見かけなかった全く新しい女性キャラ。そういう意味ではMCUの未来を担う存在になるのかもしれない。

監督が目指したのは地に足が着いたアクションだった

 監督が『エイリアン』(‘79年)のリプリーや『ターミネーター』(’84年)のサラ・コナーや、『テルマ&ルイーズ』(‘91年)を参考にしたというアクションシーンは、コーディネーターが絵空事ではない本物の格闘シーンを目指し、デザインしたもの。ショートランドはまた、『羊たちの沈黙』(‘91年)で銃を持つ手が震えていたジョディ・フォスターの女性らしい繊細さにも魅了されたと告白している。因みに、ヨハンソンのスタントダブルを担当しているのは、ドキュメンタリー『スタントウーマン ハリウッドの知られざるヒーローたち』('20年)にも登場したハイディ・マニーメーカーだ。こうして、スーパーパワーを持たないブラック・ウィドウの地に足が着いたアクションと人間的な物語が合体して、過去に例がないスピンオフ映画が具現化されていった。

去年のオスカーナイトで顔を合わせたヨハンソンとピュー
去年のオスカーナイトで顔を合わせたヨハンソンとピュー写真:REX/アフロ

 思えば、天才子役からキャリアをスタートさせ、その後、ウディ・アレン映画のミューズ役を経由し、アクション女優としての実績を積んできたスカーレット・ヨハンソンが、結果的に、製作側にも名を連ねたことで実現した最新作。同時に、ヨハンソンはアカデミー賞候補にもなっているから、ハリウッド史上稀に見る演技派アクション女優としての地位を確立したことになる。今更ながら、そのブロセスは決して楽ではなかったはずだ。因みに、これでMCUは卒業することが噂されるヨハンソンは、ディズニーが人気アトラクションをモチーフに映画化する『タワー・オブ・テラー』に、再び製作総指揮&主演として関わると言う興味深い情報もある。現時点でディズニーとヨハンソンはそれを否定しているが、果たして!?

『ブラック・ウィドウ』

7月8日(木) 映画館 & 7月9日(金) ディズニープラス プレミア アクセス公開

配給:ウォルト・ディズニー・ジャパン

(C) Marvel Studio 2021

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。TV、ラジオに映画コメンテーターとして出演。

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