キャラクターの魅力やテーマ以上に、アニメーションが描く背景の美しさ、きめ細かさ、独特のリアテリィは、特に昨今、見どころの一つに挙げられる。物語の舞台になる街が、実在する場所にインスパイアされているという話はよく聞くし、ディズニー&ピクサー作品の場合は、製作過程でアニメーターたちがモデルになるスポットを実際に訪ねて、そこで見た景色をスタジオに持ち帰り、作画する際のイメージソースにしている。

『リメンバー・ミー』の舞台はメキシコのグアナファトがモデル
『リメンバー・ミー』の舞台はメキシコのグアナファトがモデル写真:アフロ

『リメンバー・ミー』
『リメンバー・ミー』

 例えば、『リメンバー・ミー』(18)で主人公の少年、ミゲルがうっかり入り込んでしまう”死の世界”は、世界で最もカラフルな街と言われるメキシコシティ近郊の街、グアナファトがモデル。チームと共に当地を訪れた監督のリー・アンクリッチは、街の鮮やかな色彩に強く想像力を掻き立てられたと語っている。監督だけではない。ビビッドカラーの家々が積み木のように聳え立つグアナファトの不思議な街並みは、映画をきっかけに注目度がアップ。メキシコ旅行の人気スポットになった。

『ソウルフル・ワールド』に登場する
『ソウルフル・ワールド』に登場する"ハーフ・ノート・ジャズ・クラブ"

実際の
実際の"ブルー・ノート・ジャズ・クラブ"写真:中尾由里子/アフロ

 また、『ソウルフル・ワールド』(20)では、ジャズミュージシャンのジョーがマンホールに落下したことで迷い込む無機質な”ソウル(魂)たちの世界”と対比させる形で、現実のニューヨークのウエストヴィレッジの風景が効果的に描かれる。中でも、ジョーが演奏する”ハーフ・ノート・ジャズ・クラブ”は、ウエストヴィレッジのランドマーク、”ブルーノート・ジャズ・クラブ”や”ヴィレッジ・バンガード”をイメージしていることは一目瞭然。看板のロゴまで上手にコピーしている。

 作画のためならアジア各地に出向くことも厭わないのがディズニー&ピクサーの凄さ。『ラーヤと龍の王国』(21)では、舞台になるアジアのどこかにある国、クマンドラをアニメ化するために、アニメーターたちはベトナム、タイ、ラオス、カンボジア、フィリピン、東ティモールを行脚。彼らは帰国後、カリフォルニア州立大学のラオス人類学准教授、スティーヴ・アランサック博士をリーダーに文化コンサルタント集団”東南アジア・ストーリー・トラスト”を結成し、ビジュアルだけではなく東南アジアのカルチャーを作品に生かすことも忘れなかった。

 さて、そんなディズニー&ピクサーがこの夏にリリースする最新作『あの夏のルカ』(21)は、憧れのイタリアへ僕たちを連れて行ってくれる。目指すのは、1950~60年代のイタリアン・リヴィエラだ。まずは物語を。

陸に上がって人間になった『あの夏のルカ』とアルベルト
陸に上がって人間になった『あの夏のルカ』とアルベルト

 地中海の底に広がる”海の世界”で平穏な毎日を送っているシー・モンスターの少年、ルカは、海底に沈んでいるガラクタから、それらが元にあった場所、つまり”人間の世界”に興味津々だ。ある日、”人間の世界”に行ったことがある同じシー・モンスターの少年、アルベルトと出会ったルカは、アルベルトと一緒に掟を破っていつも水面から覗き見ていた港町のポルトロッソに上陸してしまう。陸に上がれば普通の人間に変身できるけれど、一度水を被れば、一瞬にして鱗だらけの体が露わになってしまうという秘密を隠したまま。そうして、ルカは人間を怖がる”海の世界”と、シー・モンスターを恐れる”人間の世界”の間で、2度と経験することのない一夏の思い出と、永遠の友情を手に入れることになる。

海に浮かぶルカの背後に絶壁の街が見える
海に浮かぶルカの背後に絶壁の街が見える

 今回、 ピクサーのアニメーター軍団はフランスのニースから続く地中海沿岸であることから、イタリアン・リヴィエラと呼ばれるイタリア北西部のリグーリア海岸へ取材旅行を決行。そこで彼らがカメラに収めたのは、イタリアン・リヴィエラでも特に人気がある世界遺産の村、チンクエ・テッレの風景だ。イタリア海軍の軍港があるラ・スペツィアジェノヴァの間にある断崖絶壁の山肌に、パステルカラーの家々が立ち並ぶ村が、絶壁と絶壁の間に合計5つあることから、チンクエ(5つの)・テッレ(土地)。ルカとアルベルトが人間たちと触れ合う街の舞台は、小さな湾を家々が取り囲むように建つヴェルナッツァ、5つの集落の中央に位置するコルニリアや、岩の上に街が寄り添うように集まったマナローラリオマッジョーレ、ランドマークの時計台が集落の中央に建つモンテロッソ・アル・マーレ、以上5つの村を参考にしたもの。また、当地を訪れる観光客の心強い味方である、海沿いの崖を這うように走る鉄道、ピサ=ラ・スペーツィア=ジェノヴァ線が、劇中の重要な場面で登場する。街の片隅には、名作『ローマの休日』(53)のイタリア語のポスターが貼ってあり、それらが醸し出す古き良き時代の雰囲気は格別な味わいがある。

ヴェルナッツァの船着場 これ自体がアニメみたい
ヴェルナッツァの船着場 これ自体がアニメみたい写真:アフロ

 本作で長編監督デビューを果たしたのはイタリア人のエンリコ・カサローザ。カサローザはイタリアに古くから伝わる海の怪物伝説にインスピレーションを受け、映画に使われる音楽を、本作の作曲を依頼する直前に亡くなったイタリア映画の偉大な作曲家、エンニオ・モリコーネに捧げている。また、カサローザは宮崎駿作品に影響を受けた1人。特にお気に入りは『紅の豚』(92)で、舞台になる港町、ポルトロッソは、『紅の豚』(92)の主人公、ポルコ・ロッソへのオマージュだとか。一方、日本でキャリアをスタートさせているアニメーターのアール・ブラウリーは、ポルトロッソにはかつて日本で見た漁村の街並みもプラスされていると語っている。そう言われれば確かに、『あの夏のルカ』の風景は日本人にとってもどこか懐かしい、子供の頃、夏の日に立ち寄った海辺の景色や匂いを思い出させてくれるのだ。

マジックアワー(または夜明け)のヴェルナッツァ これもアニメそのもの
マジックアワー(または夜明け)のヴェルナッツァ これもアニメそのもの写真:アフロ

 イタリアのロケハンからカリフォルニアに戻った監督のエンリコ・カサローザだったが、直後、アメリカでのパンデミック拡大の影響を受けてカリフォルニア州エメリービルにあるピクサー・スタジオが閉鎖されてしまう。そのため、カサローザは自宅待機を余儀なくされる。こうして、『あの夏のルカ』はポストプロダクションが自宅で行われたピクサー史上初の作品となった。同時に、本作は『ソウルフル・ワールド』に次いで劇場公開をスキップし、独占配信リリースされる2作目のピクサー作品でもある。

 いまだ先行き不透明な映画界だが、作り手たちが集めてきた情報が作品に反映され、そこから、居ながらにして世界旅行へと旅立てるのが、ディズニー&ピクサー作品ならではの楽しみ方。特に、『ある夏のルカ』は子供の頃に回帰させてくれるという意味で、Wのトリップ映画。どこか日本にも似たイタリアン・リヴィエラをいつか訪れる時のために、その美しい景色を記憶に刻んでおきたい作品だ。

あの夏のルカ

6月18日(金)よりディズニープラスにて見放題で独占配信開始

(C) 2021 Disney/Pixer. All Rights Reserved

日本版本予告

リメンバー・ミー

ディズニープラスで配信中

(C) 2021 Disney/Pixer

ソウルフル・ワールド

ディズニープラスで配信中

(C) 2021 Disney/Pixer