ラテン系ミュージカルが来る!?かなり早すぎる来年のアカデミー賞予想

『ウエスト・サイド・ストーリー』のA・エルゴート(左)とR・ゼグラー

さまざまな物議を醸して幕を閉じた第93回アカデミー賞授賞式の喧騒もようやく過ぎ去った。今は来年のオスカー予想がメディアに出始めている。実はそれに関するヒントが今年の授賞式にあった。作品賞のプレゼンターを務めたリタ・モレノが、かつて助演女優賞を獲得した『ウエスト・サイド物語』(61)のリメイク版である『ウエスト・サイド・ストーリー』(21)にも出演していて、来年のオスカーを賑わすことは恐らく間違いないからだ。映画の公開はオリジナルの公開から数えて60年目のアニバーサリー・イヤーになる今年の12月10日。つまり、今年のオスカーナイトから早くも来年のオスカーレースは始まっているのだ。その証拠に、配給元の20世紀スタジオは『ウエスト・サイド・ストーリー』のティーザー映像を4月26日のアカデミー賞授賞式に合わせて公開している。

劇中に登場する名曲の中でも、特に象徴的に使われる”Somewhere”をバックに展開する1分30秒の映像は、ハリウッド・ミュージカルの金字塔であることを改めて実感させる内容になっている。オリジナルの監督を務めたロバート・ワイズからメガホンを引き継いだスティーヴン・スピルバーグは、『子供の頃、我が家で初めて聴いたポピュラー音楽がWEST SIDE STORYだった。それ以来、僕はこの作品に恋してしまったんだ』とコメント。彼が監督するリメイク版は、オリジナル版と同じくシェイクスピアの『ロミオとジュリエット』を1960年代のニューヨーク、マンハッタンのスラム街に置き換え、対立するイタリア系移民の若者集団とプエルトリコ系移民の抗争によって引き裂かれる恋人たちの悲劇を描いている。

既報によると、リメイク版はブロードウェーで上演された舞台を下敷きにしているとのこと。レナード・バーンスタインの名曲を『アイス・エイジ』(02)や『ターザン』(13)で知られる作曲家、デヴィッド・ニューマンがどうアレンジしているかも気になる。そして、モレノはオリジナル版でネッド・グラスが演じたグループ間で中立的な立場をとるドラッグストアのオーナー、ドクを女性に置き換えたヴァレンティーナ役を演じる傍ら、製作総指揮を兼任している。主役のトニーを演じるアンセル・エルゴートはニューヨーク生まれのアメリカ人だが、相手役のマリアを演じるレイチェル・ゼグラーは、30000人以上の候補者の中から抜擢されたシンデレラガールで、母親がコロンビア人のニュージャージー育ち。モレノからアニタ役を引き継ぐアリアナ・デボースは、父親がプエルトリコとアフリカにルーツを持つ。また、オリジナルでジョージ・チャキリスが演じて助演男優賞を受賞したベルナルド役は、キューバ人の両親を持つダビ・アルバレスが、それぞれ演じる。『ウエスト・サイド・ストーリー』ではプエルトリコ出身のリタ・モレノを含めてメインキャラクターの多くがヒスパニック系で固められている。

一方、同じブロードウェー・ミュージカルをワーナー・ブラザースが映画化した『イン・ザ・ハイツ』(21)は、ドミニカ系移民の末裔たちが暮らす現代のニューヨークの一角、ワシントンハイツを舞台に、厳しい現実にもめげず夢を追い求める若者たちの姿を、ラテンのリズムとヒップホップの歌詞に乗せて描く青春群像劇だ。俳優たちが突然路上やプールでダンスを踊り始めるシームレスな演出は、『ウエスト・サイド~』とも共通する。『ハミルトン』(15)でトニー賞を総なめにし、ブロードウェーの『イン・ザ・ハイツ』(02~)に出演後、2009年にブロードウェーで再演された『ウエスト・サイド物語』のスペイン語版の製作にも関わったリン=マニュエル・ミランダが製作を担当。『クレイジー・リッチ!』(18)のジョン・M・チュウが監督する『イン・ザ・ハイツ』にも、プエルトリコ出身のアンソニー・ラモス(『アリー スター誕生』(18)ほか)以下、ドミニカ出身の歌手でソングライターのレスリー・グレイス、メキシコ出身の歌手兼シンガーのメリッサ・バレーラ等、ヒスパニック系の俳優たちが集結。映画は全米では今年6月11日、日本では7月30日に公開される。

2作品は、人種問題という今日的なテーマに切り込んだ点でも共通していて、一部メディアは来年のオスカーは『ウエスト・サイド・ストーリー』vs『イン・ザ・ハイツ』の”ラテンアメリカ・ミュージカル対決”になると報じている。だが、そう言い切るには時期尚早だ。2021年の賞レースでライバルになるであろう強力作品が数多く待機しているからだ。

イタリアのコモ湖で『House of Gucci』を撮影中のレディ・ガガ(左)とアダム・ドライバー
イタリアのコモ湖で『House of Gucci』を撮影中のレディ・ガガ(左)とアダム・ドライバー写真:Splash/アフロ

筆者が最も注目しているのは、リドリー・スコットがイタリアン・ファッションの老舗ブランド、グッチ一家で起きた、パトリツィア・レジアーニによる夫マウリツィオ・グッチ殺害事件の真実に迫る『House of Gucci』(11月24日全米公開予定)だ。本作はかつてスコットが実在する大富豪の孫の誘拐事件を虚実織り交ぜて描いた『ゲティ家の身代金』(17)をさらに濃くした内容になるのは間違いない。気が早いメディアはリドリー・スコットに初のアカデミー監督賞をもたらすのではないかと予測している。グッチ家の全面協力の下、パトリツィア役のレディ・ガガやマウリツィオ役のアダム・ドライバー以下、グッチ・ファミリーの個性的な面々を演じるアル・パチーノ、ジャレット・レト、ジェレミー・アイアンズ等、豪華なキャストを集めてローマやミラノで撮影が進行中だが、ここで問題が発生。グッチ側が『製作者たちは利益のために一族のプライバシーを侵害している』などと訴え出て、何やらきな臭い雰囲気になっているのだ。勿論、それが映画の宣伝にもなっているわけだが。

また、公開日が延び延びになっていたウェス・アンダーソンの『The French Dispatch』の公開時期はいまだ未定だが、今年7月に開催されるカンヌ映画祭のコンペティション部門に出品されることが正式に決定した。今年のオスカーの本命だった話題作ようやく日の目を見ることになる。

他にも、ジョエル・コーエンが3度のオスカーに輝く妻、フランシス・マクドーマンドとデンゼル・ワシントンを主役にシェイクスピアの古典に挑むA24製作の『The Tragedy of Macbeth』(今年公開予定)、今年『シカゴ7裁判』(20)で賞レースを賑わせたアーロン・ソーキンが、ニコール・キッドマン、ハビエム・バルデムの共演でコメディクィーン、ルシール・ボールとデジー・アーナズ夫妻の危機を描く『Being the Ricardos』(アマゾン・スタジオ製作)、『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15)のアダム・マッケイ監督が、レオナルド・ディカプリオ、ジェニファー・ローレンス、メリル・ストリープ等の共演で、彗星接近による地球滅亡の危機を訴える下っ端天文学者の苦闘を描く『Don’t Look Up』(Netflix製作)、今年『ノマドランド』(20)で主要部門を制したサーチライト・ピクチャーズがギレルモ・デル・トロ監督、ブラッドリー・クーパー、ケイト・ブランシェット、ルーニー・マーラ共演で描くスリラー『Nightmare Alley』(12月3日全米公開予定)等が、各々スタンバイしている。近年、賞レースを果敢にリードして来た話題のカンパニーと配信系各社が、来年も同じ役目を果たすのだろうか。

因みに、『ノマドランド』でオスカーの歴史をアップデートしたクロエ・ジャオがマーベルの世界にチャレンジした『エターナル』(20)は11月5日に日米同時公開予定で、『ミナリ』(20)のリー・アイザック・チョンが邦画アニメ『君の名は。』(16)のハリウッドリメイクに挑戦する『Your Name』のリリース日は公表されていない。

これからの約1年で、世界の映画界はコロナ禍をどう生き延び、その結果が来る第94回アカデミー賞授賞式にどう反映されるのか?映画芸術科学アカデミー(AMPAS)は2022年の授賞式が2月27日に開催されること、会場が従来のドルビー・シアターに戻ること、作品賞候補作を毎年変動するのではなく10作品に設定すること、そして、会員向けのストリーミング・サイト"アカデミー・スクリーニング・ルーム"を設け、四半期ごとに視聴の機会を与えることを発表。そうすることで、平等な審査が行われることが目的だ。さらに進化し工夫が施された来年のオスカーでは、果たしてどんなドラマが待ち受けているのだろうか。

『イン・ザ・ハイツ』
『イン・ザ・ハイツ』

イン・ザ・ハイツ

7月30日(金) 全国ロードショー

(C) 2020 Warner Bros.Entertainment Inc. All Rights Reserved

ウエスト・サイド・ストーリー

12月10日(金) 全国ロードショー

(C) 2021 20th Century Studios.