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映画業界最大の注目。クリストファー・ノーランは次回作をどこで撮るのか?

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
(写真:ロイター/アフロ)

映画業界を震撼させたワーナーの決定

 パンデミック下でハリウッドのメジャー各社が、プロデューサーたちが、必死で生き残りを模索している。中でも、ワーナーブラザースが2021年の公開待機作を劇場と傘下のストリーミング・サービス、HBO-Maxとで同時公開するというニュースは、1週間が過ぎても尚ショックが尾を引いている。特に、今年この状況下で自作『TENETテネット』(20)を果敢にも劇場にかけた監督、クリストファー・ノーランの怒りと失望は、今回のワーナーの決定がいかにノーランに限らず、多くの映画作家たちにとって耐えがたいことかを物語っている。

ノーランが、ヴィルヌーヴが激しく抗議

 衝撃的なニュースを耳にした直後、ノーランは次のようなコメントを発表している。「我々の業界で最も偉大な製作者と俳優の何人かは、同じく偉大な映画スタジオのために働いていると確信して前夜ベッドに行ったはずなのに、翌朝目覚めたら、最悪のストリーミング・サービスのために働いていることに気づかされた。」

 ワーナーの配給で最新作『DUNE/デューン 砂の惑星』の公開が来年10月に予定されている監督、ドゥニ・ヴィルヌーヴの言葉はさらに具体的で辛辣だ。「AT&T(ワーナーの親会社ワーナーメディアとHBO Maxを所有する米大手通信会社)は映画史上最も立派で重要なスタジオの1つを乗っ取り、会社を存続させることだけを考えている。そもそも彼らの頭に映画や観客への愛なんてないんだ」

ドゥニ・ヴィルヌーブ
ドゥニ・ヴィルヌーブ写真:ロイター/アフロ

 今のハリウッド映画を牽引する2人の天才監督が発した言葉からは、映画がビジネスのツールに利用されている厳しい現実と、同時に、改めてワーナーブラザースが映画関係者から特別にリスペクトされて来たかが伺える。ウォルト・ディズニーが今後は劇場映画より配信作品を最優先すると発表した時は、これ程のショックは受けになったように思う。

ワーナーがハリウッドで特別な理由

 1923年に設立されて以来、『ジャズ・シンガー』(27)でトーキーの幕開けを宣言し、1930年代はエドワード・G・ロビンソンやジェームズ・キャグニー等を看板にギャング映画ブームを仕掛け、第二次大戦下には『カサブランカ』(42)を、戦後はローレン・バコールやドリス・デイ等をスターダムに押し上げ、50 ~60年代はフランク・シナトラ&ディーン・マーティンをコンビで売り出し、その都度成功を収めて来たワーナー。70年代に入ると、ポール・ニューマン、ロバート・レッドフォード、バーブラ・ストライサンド、クリント・イーストウッド等、当時のライジングスターたちと共同製作契約を締結し、彼らの主演作を次々ヒットさせる傍らで、メル・ブルックス、スタンリー・キューブリック、ジョン・ブアマン、そして、マーティン・スコセッシ等の監督作も同時にヒットへと導く。作家主義を重んじてきたワーナーの配給会社としての価値はそこにあった。

『TENET テネット』の現場にて
『TENET テネット』の現場にて写真:Splash/アフロ

ワーナーの作家主義を継承するノーランの立ち位置

 そんなワーナーのポリシーを最も強く受け継いでいるのがクリストファー・ノーランであることは言うまでもない。ワーナーは大ヒットが約束されたフランチャイズムービーではない、常にオリジナルで勝負するノーランのために2億ドルもの予算を計上し、それに応える形で、ノーランは『インソムニア』(02)以来、過去20年間で全作をワーナーで監督し、最低でも1億ドル以上の興収を挙げてきた。中でも『ダークナイト』3部作(08~)は全世界で20億ドル以上の興収を記録。『インセプション』(10)が8億3600万ドル、『インターステラー』(14)が7億ドル弱、『ダンケルク』(17)が5億2600万ドル、そして、『TENETテネット』は全米で5760万ドル、全世界で3億5900万ドルの興収を挙げている。これは、過去のノーラン作品に比べると成功とは言い難い数字だが、現状を考慮すると決して悪い結果ではない。何よりも、観客たちが映画の謎を解くために熱い論議を戦わせたことは、まさにノーラン作品ならでは。『TENETテネット』は彼が目指した劇場で映画を観る喜びを観客に与えた2020年最大のトピックだったと思う。

ノーランが次に契約するのはどこか?

 ノーランは現在、ワーナーとの間でファーストルック契約も含めた何らかの契約は交わしてないと言われる。と言うことは、彼はフリーの状態なのだ。つまり、ディズニーもパラマウントもソニーもユニバーサルも、ノーランが忌み嫌うNetflixだって、次回作が常に話題になる希代のフィルムメーカーと独占契約を交わす可能性があるということだ。ディズニーはかつてノーランのハンティングを試みたことがあるというが、勿論、契約には至っていない。ノーランとディズニー、これ程のミスマッチはないと思うが,今回のワーナーの方向転換が物語るように、明日、何が起きるか分からないのがコロナ渦のハリウッドなのである。

 一方で、ノーランとワーナーが何らかの形で譲歩し、長く続いてきた蜜月関係をキープする可能性も、もちろんある。ノーランの辛辣なコメントを受けて、ワーナーメディアのチーフ、アン・サルノフは次のように応じている。「我々は彼の大ファンです。私たちは映画館と協力して、作品をすぐに供給できるように努力していく所存です」と。しかし、『TENETテネット』は今年の7月から8月へ、さらに9月へ公開が次々と延期された。その上に今回の劇場公開と配信の同時スタートである。果たして、次にクリストファー・ノーランが契約を交わすのはどこだろう?選ぶのはもちろん、ノーランの方だ。

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。TV、ラジオに映画コメンテーターとして出演。

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