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時間が逆転する!! C.ノーランの最新作『テネット』はコロナ禍から脱却できるか!?

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
『TENET テネット』を撮影中のクリストファー・ノーラン(写真:Splash/アフロ)

クリストファー・ノーランが7月公開にこだわる理由

 コロナウイルスの感染拡大によってすでに甚大な被害を被っているハリウッド映画だが、その突破口となり得る可能性を秘めているのが、クリストファー・ノーラン監督の最新作『TENET テネット』だ。この作品、監督のたっての希望で7月17日の全米公開を目指している。ノーランにとって7月はなぜか縁起がいい。かつて7月に公開された4作品が、すべて成功を収めているからだ。『ダークナイト』(08.7.18公開/全米興収5億3300万ドル)、『インセプション』(10.7.16公開/ 2億9000万ドル)、『ダークナイト・ライジング』(12.7.20公開/ 4億4800万ドル)、『ダンケルク』(17.7.21/ 1億8800万ドル)、以上である。また、ノーラン自身も去る3月、ワシントン・ポスト紙に寄稿したエッセイの中で、「映画ビジネスというのは、劇場の売店で働く人や、機材を運用する人や、チケットを売る人、そして劇場のトイレ清掃員たち、これらすべての人々を指すもの。フィルムメーカーとして、私は彼らの存在や、観客なくしてはあり得ない」と著述。彼の映画への愛と劇場への思いが、この言葉からは強く滲む。予告編を観た一部のメディアが、先走ってノーランの代表作『インセプション』を上回る完成度と評している最新作が、予定通り7月に公開されて成功を収めることができるかどうか。その成否次第で、今夏の公開を目指す残り2本のイベントムービーで、翌週の7月24日に公開予定のウォルト・ディズニー作品『ムーラン』と、『TENET テネット』と同じワーナーの勝負作『ワンダーウーマン1984』(8月14日公開予定)のリリースにも影響が出るのは必至だ。コロナ禍の下、『TENET テネット』は今年後半のハリウッド映画の命運を左右すると言って過言ではない。

メジャーのCEOやアナリストたちが楽観視する理由

 しかし、現時点でのハードルは高い。『TENET テネット』の製作費として計上されている2億ドルを回収するためには、例えばアメリカ国内で3500館以上の劇場がオープンしていなければならないと言われる。最大の興収源はニューヨーク、ロサンゼルス、サンフランシスコの3大都市だが、ニューヨーク市長は今月半ばの予測として、6月前半の劇場再開を示したばかりで、いまだ正確な見通しは立っていないのが実情だ。

 一方、楽観論がないわけではない。人気アニメ『スポンジ・ボブ』シリーズの最新作『スポンジ・ボブ 海のみんなが世界を救Woo(う~)』(8月7日公開予定)を控えるパラマウント国内部門の代表、クリス・アロンソンは、ソーシャル・デスタンスが守られて客席がたとえ”市松模様”になったとしても、今年の夏興行に大きな影響は出ないだろうと予測する。また、『ムーラン』を控えるウォルト・ディズニーのCEO、ボブ・チャペクは、興収がアップする週末は別として、平日のチケットセールスは25%が平均値であることを認めている。別の業界アナリストは、1日5回の上映で1スクリーン、150シートが埋まればヒット映画の基準を満たすとコメントしている。つまり、全米各地に膨大な数のスクリーンを抱えて展開する映画の興行は、連日満席で高額のプレミアチケットが出回るブロードウェーとは違うというのが彼らの見解だ。『TENET テネット』は過去のノーラン作品と比べても最大のスクリーン数を確保することが予想されている。果たして、劇場の開き具合とアナリストのデータを基にした予測が、映画の運命にどう関わって来るのか。注視して待ちたいと思う。

次なる戦争とは?"時間の逆転"とは?

 さて、もっと気になるのが映画の中身だ。ワーナーは現在も『スター・ウォーズ』レベルの箝口令を敷いて、ストーリーの詳細を公開していない。この方法はもはや話題作では常識だ。わずかに公開されている情報を総合して考えると、主人公の敏腕スパイが迫りくる第三次世界大戦を阻止するため、”時間の逆転”に遭遇しながらも任務を遂行していく新機軸のアクション映画、ということになりそうだ。出演者の1人、ロバート・パティンソンは最近のインタビューで、唯一開示が認められていることとして、作品には早くから報じられていたタイムトラベルの要素はないと明言している。また、映画の公開と同じ7月17日にはメイキング本”TheTens of TENET:Inside Christopher Nolan’s Quantum Cold War”が発売されるので、早く中身を知りたい人は購入をお勧めする。ちなみに、”Quantum Cold War”とは飛躍的冷戦、言い換えると、次に起こり得る第三次大戦を意味するのではないだろうか。

 予告編には、それは核戦争ではなく、より悪質だという気になる台詞が登場する。かつて山ほどあった核戦争ものを、あえてノーランがここで扱うはずはないのだが。また、キーアイディアである”時間の逆転”をイメージさせるシーンが同じく予告編には登場する。『ブラック・クランズマン』(18)で一躍メジャーになったジョン・デヴィッド・ワシントンが演じる主人公のスパイと、パティンソン扮する相棒のスパイが高速道路を疾走中に遭遇する事象は、恐らく”時間の逆転”もしくは”空間の捻れ”といえるもの。タイトルの”TENET”は回文(左右どちらから読んでも同じ言葉)であり、ポスターのように最後のTを逆さにしたら最初に戻る。このパラドクスが、もしも、核戦争よりも怖い次の戦争に用いられたらどうなるか?それが映画の核になっているのだろうか。それらを総合して、最新作はノーランの過去作で時間の巻き戻しを描いた『メメント』(00)と、夢と現実が同じ空間で混じり合う『インセプション』とを合わせた作品という見方もある。

ノーランによる新『007』映画説も

 他に、アーロン・テイラー=ジョンソン、エリザベス・ベレッキ、ヒメーシュ・パテル等、若手が脇を固め、敵の首領のロシア人をケネス・ブラナーが演じ、ノーラン作品のレギュラー・メンバーであるマイケル・ケインも登場する最新作は、前作の『ダンケルク』同様、I MAX カメラで撮影されている。その『ダンケルク』でも撮影を任されたホイテ・ヴァン・ホイテマが、デンマーク、エストニア、インド、ノルウェー、イギリス、アメリカをキャストと共に行脚した後、すでにポスト・プロダクションは終了しているという。これが過去のロケーション・ムービーと少し異なるのは、行く先々でとてつもない新アイディアの映像が展開することだとか。従って、これをクリストファー・ノーランによる新『007』映画と評しているメディアもある。『TENET テネット』の日本公開は今のところ9月18日が予定されている。

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映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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