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『パラサイト』か『1917』か。第92回アカデミー賞直前予想

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
早くもL.A.のショッピングセンターの一角にセットされたオスカー像(写真:ロイター/アフロ)

 発表まで後2日となった第92回アカデミー賞。大方の予想が固まった中、独自の視点で作品賞の行方をギリギリで占ってみたい。

ソン・ガンホ以下俳優陣が魅力満開の『パラサイト~』
ソン・ガンホ以下俳優陣が魅力満開の『パラサイト~』

 まずは、改めてすでに発表されているオスカーに強い影響力があると言われる映画賞の配分を確認してみよう。ハリウッドには業種別の組合があって、そこに属するメンバーが各々組合賞を発表している。主な組合は約13もあって、今年、そのうちの最大5つを獲得しているのが『パラサイト 半地下の家族』(公開中)だ。同作は俳優組合のアンサンブルキャスト賞、脚本家組合のオリジナル脚本賞、美術監督賞、音響編集賞、そして、最大のサプライズだった編集者組合の編集賞を獲得。映画の成否は編集で決まるという定説があり、5つ目は強力なアドバンテージになる。

 これに続くのが4つの組合賞に輝いている『1917 命をかけた伝令』だ。同作は数ある組合賞の中でも最もオスカーに直結すると言われる製作者組合賞を筆頭に、監督組合賞(サム・メンデス)、撮影者協会賞(ロジャー・ディーキンス)、音響編集賞の以上4つを獲得。特に、過去10年間で製作者組合賞受賞作でオスカーを逃したのは『マネー・ショート 華麗なる大逆転』(15)と『ラ・ラ・ランド』(16)の2作のみだし、それに続く影響力を持つ監督組合賞のビッグ2を獲得したことから、数では負けても賞の質で『パラサイト~』を上回ったと言われているのが『1917~』だ。

ゴールデン・グローブ賞を受賞して勢いづく『1917』
ゴールデン・グローブ賞を受賞して勢いづく『1917』

 約半年前、この対決軸を予想する人は少なかったと思う。昨秋、『パラサイト~』が全米で限定公開されて大ヒットした際、その面白さとグローバルなメッセージ性からアジア映画としてオスカー史上初の作品賞受賞の可能性を指摘する声が一部メディアにあった。その時ライバル視されていたのはNetflixの『アイリッシュマン』だった。ところが、賞レースが佳境を迎えると、今年もオスカー戦線に複数の作品を送り出したNetflixの勢いは微妙に減速し、ゴールデン・グローブ賞の作品賞に輝いた『1917~』が俄然本命に浮上。こうして、今年のアカデミー作品賞はNetflix vs 韓国映画というドラスティックな対立軸が崩れ、韓国映画 vs イギリス&アメリカ合作の戦争映画という若干クールダウンしたものになった。

 果たして、『パラサイト~』はオスカー・ジンクスで先行する『1917~』に勝利できるだろうか?その壁はかなり高い。まず、アカデミー協会が過去に作品賞を授与したホラー映画は数少ない。思い当たるのは『羊たちの沈黙』(91)と『ノー・カントリー』(07)くらいだ。これに対し、すでに『アメリカン・ビューティー』(99)で作品賞と監督賞を受賞済みで、尚且つ『007』 シリーズで映画業界にも貢献しているサム・メンデスが、自身の祖父から聞いたという第一次大戦秘話を、圧倒的な演出力と斬新なカメラワークで撮り上げた『1917~』に死角は見当たらない。また、『パラサイト~』は過去に外国語映画賞、現・国際長編映画賞に輝くも、作品賞は逃した『ROMA/ローマ』(18)『愛、アムール』(12)『グリーン・デスティニー』(00)『叫びとささやき』(72)『大いなる幻影』(37)等、思い半ばで言語の壁に阻まれた傑作たちを超えなければいけない。

貧富の差を演出するセットデザインも秀逸
貧富の差を演出するセットデザインも秀逸

 しかし、一方で俳優組合のアンサンブル・キャスト賞が英語圏以外の作品に渡ったのは史上初だ。男女優が均等に賞の対象になった同作は、性差別撤廃という映画業界は勿論、今の社会が標榜する理想を体現しているし、何よりも、韓国が抱え込む階級格差の無慈悲な現実が、全世界の問題に直結している点がグローバルだ。かつて、『父、パードレ・パドローネ』(77)や『グッドモーニング・バビロン!』(87)等で知られるイタリアの名匠、タヴィアーニ兄弟がこう言っている。「ローカルなテーマこそが世界に通じるのだ」と。それが正しいことを世紀を跨いで明確な形で証明したのが『パラサイト~』だ。

 アカデミー賞はハリウッドの業界人がアメリカ映画を称えるビッグイベントには違いないが、同時に、彼らは少しずつイノベーションを行なってきた。デンゼル・ワシントンとハル・ベリーに男女主演女優賞をWで授け(02)、キャサリン・ビグローに女性初の監督賞をもたらし(10)、アルフォンソ・キュアロンにラテンアメリカ人としては史上初の監督賞と編集賞を与えてきた(14)。その体質はかなりコンサバティブでも、社会の変化に対応する寛容性はちゃんと持ち合わせているのだ。

ロジャー・ディーキンスのカメラがグルーヴィ
ロジャー・ディーキンスのカメラがグルーヴィ

 これまでも、素晴らしい選択(前記の例)と退行的な選択(例えば昨年『ROMA/ローマ』を退けて『グリーンブック』に作品賞を授与したこと)を繰り返してきたアカデミー協会が、今年は無難な『1917~』ではなく『パラサイト~』を選んで革新性をアピールするのではないか。これが、発表2日前の筆者の予想だが、さて、どうなるか?

 セレモニーの展開に準じて予想すると、前半で『パラサイト~』が編集賞を受賞するようなことがあれば、そのまま、監督賞、オリジナル脚本賞、そして、最後の作品賞まで突っ走る可能性はある。しかし、そこには同じく監督賞とオリジナル脚本賞受賞が濃厚な『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・ハリウッド』がいるし、同じく大本命の『1917~』が立ちはだかる。そういう意味で、今年のオスカーナイトは最初から最後まで気が抜けない。

生中継!第92回アカデミー賞授賞式

生中継 2月10日(月)午前8時30分~ リピート放送 2月10日午後9時~WOWOWプライム

パラサイト 半地下の家族

TOHOシネマズ日比谷他で公開中

(C)2019 CJ ENM CORPORATION, BARUNSON E&A ALL RIGHTS RESERVED

1917 命をかけた伝令

2月14日(金)より全国ロードショー

(C) 2019 Universal Pictures and Storyteller Distribution Co., LLC. All Rights Reserved.

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。TV、ラジオに映画コメンテーターとして出演。

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