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新春に心が温まる新・恋愛映画2編。今泉力哉監督の『mellow』と『his』

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
『his』の恋人たち。宮沢氷魚(左)と藤原季節

 昨年のゴールデンウィーク、『名探偵コナン』や『アベンジャーズ エンドゲーム』等のイベントムービーが劇場街を席巻する中、小規模公開ながら女性のリピーターで館内が溢れ返った映画がある。『愛がなんだ』だ。愛する相手はどう見ても自分に冷淡なのに、それをないことにしてすべてを捧げ尽くすヒロイン、テルコの姿に、多くの女性が共感し、映画は静かだが熱いブームを巻き起こした。テルコは恋愛に結果を求めているわけではなく、愛に没頭している自分が好きなだけ、かも知れない。そこが、多くの恋愛ドラマがスルーして来たこのジャンルの盲点だったのだ。

 監督の今泉力哉(38歳)は、『愛がなんだ』以前にも、恋に暴走するあまり状況をこじらせてしまう男女を描いた『サッドティー』(13)や、互いの関係性を知らない7人の男女が意外な結末に向けて突き進む『知らない、ふたり』(16)等、斬新な視点で恋愛の風景を切り取って来た、”新・恋愛映画の名手”と呼ばれる存在だ。そんな今泉監督の最新作が2020年の年明けに、立て続けに2本公開される。2本とも、寒い季節に凍てついた心を温めるにはうってつけの暖房効果を備えている。

 まずは、先に公開される監督が脚本も手掛けた100%オリジナルの『mellow』だ。ストーリーを紹介しよう。

花屋を営む誠一(田中圭)
花屋を営む誠一(田中圭)

 花屋を営む誠一(田中圭)は、独身・彼女なし。特別商売に熱心というわけでもなく、ただ、大好きな花に囲まれて、お客のために丹精込めて花をアレンジしている。そんな誠一の店には、時々姉が姪のさほを預けにやってくる。一方、誠一がたまにさほを連れて訪れるラーメン屋は、先代から代替わりして若い女主、木帆(岡崎紗絵)が細々と営んでいる。亡くなった木帆の父の仏壇に、自前の花を届けるのが誠一の仕事でもある。近所の美容院の娘で、中学生の宏美は密かに誠一に想いを寄せている。また、常連客の人妻、麻里子(ともさかりえ)は、ある日突然、夫のいる前で誠一に愛を告白する。一度もそんな関係になった覚えはない誠一は、離婚まで切り出す麻里子と、責任を押し付けてくる麻里子の夫にただただ戸惑うばかりだ。

夫同席で突然告られて焦りまくる誠一
夫同席で突然告られて焦りまくる誠一

 他人を好きになったから即、離婚という勝手な結論を突きつけてくる麻里子の暴走ぶりは、『愛がなんだ』のテルコに通じるものがあるし、一方通行という意味では宏美の誠一に対する思いも同じだ。そんな風に、社会のあちこちに溢れ返る片思いを尻目に、控えめで慎ましい誠一と木帆の関係にフォーカスする物語は、実らない恋も人に至福をもたらしてくれることを描いて、見終わってほのぼのとした気分になれる異色の恋愛映画。但し、田中圭を主役に迎えたことで、誠一がモテすぎる男に見えてしまうのは予期せぬ誤算だったかもしれない。

 続いて公開される『his』は、脚本家のアサダアツシが20年前に仕事仲間から言われた、「自分たちゲイが高校時代に見たかった、”恋愛っていいな”と思えるドラマをいつか書いてよ」という言葉を思い出し、アサダ自らが監督を今泉にオファーし、完成した作品。これまで恋愛好きの自己愛を度々描いて来た今泉監督が、男たちの恋愛がたどり着く到達点に言及する本作は、色んな意味で画期的だ。ストーリーを紹介しよう。

迅と空と渚
迅と空と渚

 ある朝、ベッドの上で迅(宮沢氷魚)は恋人の渚(藤原季節)から、突然別れを告げられる。それから8年後、岐阜の白川町で畑仕事をしながら暮らす迅のもとに、またも突然、渚が幼い娘の空を連れて姿を現す。聞けば、迅と別れた後、プロサーファーになるため留学したオーストラリアで、通訳をしていた妻の玲奈と知り合い、結婚し一児を設けたものの、今は離婚を前提に別居中とか。一旦は突き放した迅だったが、次第に空への愛が芽生え始め、3人で暮らすことになる。そんな生活にも慣れた頃、東京から玲奈が空を連れ戻しにやってくる。なす術もない迅と渚は、その夜、今も冷めてない互いへの思いをぶつけ合い、久しぶりに夜を共にする。迅と空の3人で暮らすことを決意する渚だったが、離婚調停が進む中、2人には玲奈の弁護士や裁判官から容赦ない言葉が浴びせられる。果たして、彼らは望む生活を手に入れられるだろうか。

 自分を捨てた恋人を受け入れるべきか、突き放すべきか。激しく葛藤する迅が、やがて、愛ゆえに許そうとする姿は、すべての観客の心をストレートに射抜く力を持っている。親権を争う法廷劇の熾烈さ、残酷さは『クレイマー、クレイマー』(77)以来、多くの離婚裁判を扱った映画で描かれて来たからお馴染みだろう。証言台で明らかになるシングルマザーの玲奈が直面する過酷な現実も想定内かもしれない。しかし、『his』にはLGBTQを扱った映画に必ず現れる、偏見に満ちた人、露骨に差別する人、シャッターを下ろす人は1人も登場しない。白川村の人々は、事情が分かっても尚、迅と渚を都会からやって来た頼もしい若者として受け入れるのだ。そんな段差のないフラットなコミュニティが存在することをきっちりと描いて、アサダアツシはかつて偏見に涙した友の願いに応え、今泉力哉は得意な恋愛映画を見事にアップデートしている。特に、迅、渚、玲奈、空に訪れるささやかなラストシーンは、あらゆるジャンル映画を束ねた上で解放したような、新しい家族の可能性を示唆して、別格の味わいを残す。

迅役の宮沢氷魚
迅役の宮沢氷魚

 キャストの中でも、迅を演じる宮沢氷魚の凛とした美しさが、終始観客の視線を釘付けにして離さない。おかげで、白川村の町役場職員、美里がわけもなく迅に恋してしまうという、当初の脚本にはなかった展開が生かされた。こんな美青年が村にやって来たら、誰だって恋してしまう。これも『mellow』の田中圭同様、嬉しい誤算だったかもしれない。

 新春にちょっぴり豊かな気持ちになれる今泉力哉監督の”新・恋愛映画”2編。タイトルがどちらも小文字の英語なのは、単なる偶然だろうか?

『mellow』

2020年1月17日(金)より

新宿バルト9・イオンシネマ シアタス調布ほか全国公開

配給:関西テレビ放送 ポニーキャニオン

(C) 2020 「mellow」製作委員会

『his』

2020年1月24日(金)より

新宿武蔵野館ほか全国ロードショー

配給:ファントム・フィルム

(C) 2020映画『his』製作委員会

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。TV、ラジオに映画コメンテーターとして出演。

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