この秋最も心が温まる。手描きアニメ「エセルとアーネスト」が心に染み入る理由

 一面が銀世界になった冬のある日。少年が作った雪だるまが深夜12時になると突然動きだし、2人は手を取り合って北極へひとっ飛び。そこで、世界中から集まった雪だるまのパーティで夢のような時間を過ごした少年は、やがて、雪だるまと一緒に我が家へ。そして、安らかな眠りに就いた少年が、翌朝、裏庭で見たものは?

 たった26分の物語の中に、クリスマスの夢と、やがて来る夢の終わり、物事のはかなさを描いて、世界中の子供たち、童心を残す大人たちを虜にしたアニメーション「スノーマン」(82)。同作はイギリスを代表する絵本作家、レイモンド・ブリッグズによる同名の絵本(78)を、絵本と同じく柔らかいタッチを使って映像化した傑作アニメとして長く愛される作品だ。

 そして、そのブリッグズが両親に思いを馳せつつ綴った絵本「エセルとアーネスト ふたりの物語」(98)が、原作発刊から18年後、ようやく長編アニメ映画として完成した。

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 物語は、1928年のロンドンで始まる。牛乳配達人のアーネストは、毎朝通る家の窓辺に立つメイドのエセルに一目惚れし、2人は結婚。ロンドン郊外に小さな家を25年ローンで購入し、幸せな新婚生活がスタートする。やがて、最愛の息子、レイモンドが誕生。しかし、高齢出産だったエセルは医師から再度の出産は諦めるよう警告される。そして、戦争が勃発。夫妻は5歳のレイモンドを泣く泣くドーセットに疎開させるが、常に労り合い、励まし合いながら困難な時代を乗りきっていく。終戦。物資不足が解消されない中、労働党を支持するエセルと、保守党びいきのアーネストは相容れないが、成長し、名門校に入学したレイモンドに対する誇らしい気持ちは同じだ。だが、レイモンドは美術を勉強したいと言い出して両親をがっかりさせる。時代は1950~60年代へ。TV、冷蔵庫、電話、マイカーで溢れるブリッグス家に、さらなる吉報が届く。レイモンドが結婚すると言うのだ。でも、エセルは教会で結婚式を挙げない今風のやり方に納得できない。そんなエセルの側にはいつも優しく寄り添うアーネストの姿があった。

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 エセルとアーネストが歩む戦前から戦中、戦後へと至る庶民の生活は、別にイギリス人だけのものではない。日本人にとっても、敗戦という大きな区切りはあるにせよ、同じような記憶を呼び覚まされるに違いない。父親と母親が戦争を経験し、彼らに育てられた世代が、また、その次の世代が、両親に対して持ち続ける愛情は、国籍や世代に関係ないし、貧しくても笑いながら寄り添い続ける人々の営みの、何と愛おしいことか。別段ドラマチックな出来事は起こらない、小さな人生の一コマ一コマがこれ程も人の心に染みるのは、時間が思いのほか足早に過ぎていくからかもしれない。94分に凝縮された物語は、限りある人生の真実を端的に表現している。そのある意味あっけない展開は、あの「スノーマン」を彷彿とさせるもの。映画を見終わった後に訪れるしみじみとした感動は、この秋、最もハートウォーミングな体験と言っていいと思う。

 ブリッグズ独特の繊細でシンプルな作風を動画に落とし込んだ監督、ロジャー・メインウッドは、「スノーマン」でアニメーターを務めたことがある逸材だ。今回、メインウッドはアニメーション監督の ピーター・トッドと共に最新のソフトウェアを駆使し、ブリッグズの鉛筆のタッチをPCスクリーン上にそのまま再現。結果、絵本がまるごと動き出したようなブリッグズ・ワールドが構築されている。CGアニメの鮮明で鋭利な映像とは異なる、スピーディではなく、小刻みに人物が移動するハンドワーク独特の素朴な感触を是非堪能して欲しい。

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 原作者のブリッグズ本人がアドバイザーとして参加した、キャラクターや家具、町並みの再現は、かつてイギリスの労働者階級が営んだ素朴で慎ましい生活へと誘ってくれる。また、エセルの声を担当するブレンダ・ブレッシンと、アーネスト役のジム・ブロートベントの、哀感溢れる絶妙な掛け合いが、観る側の琴線に触れて、ノスタルジーを否応なくかき立てる。そして、限りなくディテールにこだわり、最高のボイスキャストを得た「エセルとアーネスト」のエンドクレジットでは、ブリッグズの大ファンだというポール・マッカートニー書き下ろしの曲"In The Blink Of An Eye"が流れる。これは、ポールが14歳の時に亡くした母親を思い書いたものだとか。彼もまた、きっと多くのファンと同じく、レイモンド・ブリッグズが描き続ける物事のはかなさと、漂うペーソスに魅せられている1人なのだ。

劇中にも登場する原作者、レイモンド・ブリッグズ
劇中にも登場する原作者、レイモンド・ブリッグズ

『エセルとアーネスト ふたりの物語』

公式ホームページ 

9月28日(土)より、岩波ホールほか全国順次ロードショー

(C) Ethel & Ernest Productions Limited, Melusine Productions S.A., The British Film Institute and Ffilm Cymru Wales CBC 2016