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図書館は美術館でハローワーク。ニューヨーク公共図書館の潜入ドキュメンタリーが心強い理由

清藤秀人映画ライター/コメンテーター

 総計6000万点にも及ぶコレクションを所蔵するニューヨーク公共図書館(略称NYPL)は、同時に、超人気の観光スポットでもある。年間来館者数は1700万人。マンハッタンの5番街と42丁目の交差点にある図書館は、42丁目を少し東に歩いたパークアベニューにあるグランド・セントラル駅と同じく、荘厳なボザール様式建築が旅人を別世界へ誘う。館内を埋め尽くす白い大理石や、美しい壁画に囲まれたリーディングルームは、さながら美術館のようだ。ついでに言うと、館内のギフトショップにはニューヨークに関する書籍や写真集は勿論、図書館オリジナルグッズやおしゃれ雑貨が並べられていて、NY土産としての付加価値が高い。

 だが勿論、本当の意味で図書館の恩恵を受けているのは、当然の如く閲覧者たちだ。そこを徹底リポートしてくれるのがドキュメンタリー映画『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』だ。カメラはニューヨーク市内にある4つの研究図書館、地域に密着した88の分館、合わせて全92館内で、日々何が行われているのかを詳らかにして行く。それを見ると、NYPLはもはや図書館ではない。

リーディングルーム
リーディングルーム

 まず、エントランスに近い場所では、話題の書物の著者を招いてトークイベントが開催されている。登壇するのは、世界的ベストセラー「利己的な遺伝子」で知られるイギリスの進化生物学者にして動物行動学者のリチャード・ドーキンス博士や、ピューリッツァー賞を受賞したアメリカの詩人、コマンヤーカたちだ。"公立図書館ライブ"のゲストはさらに豪華だ。ミュージシャンのエルヴィス・コステロが民主主義について熱く語り、2015年に回想記「M Train」を発表した詩人でミュージシャンのパティ・スミスが、敬愛する作家、ジャン・ジュネへの思いを語る。また、舞台芸術図書館ではニューヨークを拠点に活動するピアニスト、キャロリン・エンガーのコンサートが開かれている。NYPLはリンカーン・センターの一部として優れた芸術を紹介する使命を帯びているからだ。つまり、図書館はオールジャンルのイベントホールでもある。

 

 また、ブロンクス別館には消防署、国境監視員、軍隊、医療の世界から代表者たちが集まり、リクルートのための説明会が開催されている。本館内には新聞の求人欄だけをまとめたフォルダー、求人データベース、ネット情報のリンク集等が用意されていて、効果的な履歴書の書き方、面接の攻略法、履歴書添削、模擬面接までガイダンスしてくれる。図書館はハローワークの役目も果たしている。

 一方、チャイナタウンに近い図書館では、中国系住民のためのパソコン講座がマン・ツー・マンで行われている。また、目が不自由な人のために点字の読み方、打ち方をボランティアが指導している。視覚障害がある人のために、住宅を確保するために設けられている制度を説明している。つまり、図書館は真の意味で市民の味方。可能な限り何にでも対応してくれる"駆け込み寺"なのだ。

 そして、NYPL名物と言えばこれ。グーグルのサーチ機能ならぬ"人力グーグル"と呼ばれるアナログ・サービスだ。ここでは、司書たちが市民からの電話に対応し、文献を調べて何と質問に直接答えてくれる。年間約30000件の問い合わせがあるのも頷ける。

幹部会議
幹部会議

 映画は、そんなとても図書館とは思えない全天候型サービスの数々を紹介しながら、途中に、図書館幹部たちの緊迫感溢れる会議の様子を頻繁に挿入していく。実は、そこが最大の見どころでもある。NYPLはパブリックと銘打っているが独立法人であり、財政的な基盤は市の出資と民間からの寄付によって成り立っている。資金獲得に手腕を発揮するアンソニー・マークス館長が部下たちを集めた会議の席で、図書館を単なる書庫から教育施設へとアップデートする計画を力説すると、対外関係担当役員が民間の寄付こそが大事だと答える。同じニューヨークにあるメトロポリタン美術館も然り、アメリカの文化、芸術のほぼすべてが、民間からの寄付によって成り立っていることを改めて実感させる会議風景である。

ピクチャー・コレクション
ピクチャー・コレクション

 当然、デジタル化にどう対処するかも議題に上がる。NYPLではすでにインターネットを積極的に活用した情報発信を行っており、特に、有料の商業データベースを活用すると、キーワード検索によって膨大な書庫の中から必要な文書を瞬時にして入手できる。会議では、現状を鑑み、紙の本と電子書籍の優先順位について熱い議論が交わされる。一方で、1911年の開館から4年後の1915年に誕生以来、100年に渡って収集されて来たピクチャー・コレクションと題されたフォトライブラリーは、デジタルには到底収まらない生きた書庫。アンディ・ウォーホルはここから独自のアートワークを学んだと言われる。また、映像、脚本、音源、舞台セットの模型等が保管される舞台芸術図書館には、ウディ・アレンやスパイク・リー等、今をときめく映像作家たちが訪れたことが記録されている。

 つまり、ニューヨーク公共図書館には、市民が最低限の生活を営んでいくための情報と、各々の興味を具現化するためのヒントがすべて揃っているというわけだ。言い換えると人生のすべてと言ってもいい。だから、公立ではなく公共=パブリック。エントランスの天井から下げられた鏡には、こう記されている。「i am in the pubic eye(いつも市民の目の中にいる)」その言葉が意味する共有意識こそが、NYPLが市民たちからかくも愛されている理由なのかもしれない。

『ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス』

5月18日(土)より岩波ホールほか全国順次ロードショー!

(C) 2017 EX LIBRIS Films LLC ー All Rights Reserved

監督・録音・編集・製作:フレデリック・ワイズマン 

原題:Ex Libris- The New York Public Library|2017|アメリカ|3時間25分|DCP|カラー 

字幕:武田理子 字幕協力:日本図書館協会国際交流事業委員会

配給:ミモザフィルムズ/ムヴィオラ

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映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、文春オンライン、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。

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