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求められればどこまでも!フランス映画界最強の女優、イザベル・ユペールの女優道に着目。

清藤秀人映画ライター/コメンテーター
「母の残像」(11月26日公開)で圧倒的な存在感を誇示するI.ユペール

今、フランス映画界で誰よりも高い頻度で上質な作品に出演し続けている女優と言えば、疑う余地なくイザベル・ユペールだろう。ハリウッド女優のような華やかさはない代わりに、画面に登場した途端、観客の視線を釘付けにしてしまう演技とも、素とも取れる自然な表情は、フランス映画ファンのみならず、気紛れに劇場に迷い込んでしまった暇つぶしの観客をも、必ずや虜にしてしまうはず。試しに、彼女の最新作を覗いてみてはいかがだろう?

すでにそこにはいないのに強烈に生き続ける亡き母親像

求められれば住み慣れたフランスを飛び立ち、世界の果てまでも飛んでいくユペールが新たに選んだ撮影地は、アメリカ、ニューヨーク。これがアメリカ進出第1作となったデンマーク人監督、ヨアキム・トリアー(「ダンサー・イン・ザ・ダーク」等で知られる鬼才ラース・フォン・トリアーの甥)の下、夫役にイギリス人のガブリエル・バーンを、息子役には共にアメリカ人のジェシー・アイゼンバーグと新人、デヴィン・ドルイドを配した家族ドラマ「母の残像」で、ユペールは交通事故で急逝した母親を演じている。

全編を通して、ユペールの母親はリアルタイムで画面には登場しない。妻を亡くした淋しさを安易な方法で紛らわしている父親の、そして、各々が今そこにある現実の中で喪失感と向き合い、格闘している息子たちの思い出の中に、文字通り、残像として姿を現すだけだ。しかし、どうだろう!?実は母の死の背後に意外な真実が隠されたことに、改めて家族が向き合う時、すでにこの世にはいないはずの母親の顔が、その呼吸が、ユペールの演技を介して誰よりも強く客席に向けて迫ってくるのだ。今年、63歳。年相応に刻まれた顔の皺も、生来のソバカスも、まるで演技を補助する心強い道具として機能しているかのよう。彼女にとって不自然に若々しく見せることは無意味なのだ。そもそも、そんな土壌で戦ってはいないのだから。

脚本がよく出来ていれば自然と役が降りてくる!

去る9月、パリ郊外の寂れた団地に住まう人々の群像劇を描いた前作「アスファルト」のキャンペーンで来日した際、記者から役作りについて聞かれたユペールは、平然と、以下のように答えている。「人物像を作り上げるのに、何か努力するということは一切ありません。まず、脚本がよく出来ていて、台詞が完璧に書けていれば、それだけで充分演じることが出来ます。何も努力せずに、役が降りてくるのです。映画は私にとってとても自然なもので、強いて興味があることと言えば、本物の感情を表現すること。見ている人が、演技だということを忘れるような、本当の感情にいかに迫れるかということです」。

カンヌ候補作数は女優史上最多!!

言うなれば、天才。それは、これまでの輝かしいキャリアが証明している。ハンガリー人の父とイギリス人の母との間に生まれたユペールは、ヴェルサイユのコンセルヴァトワールで演技の勉強を終えた後、1971年に映画デビュー。途端に1年に7本ペースで出演依頼が舞い込む売れっ子となり、'77年に「Violette Noziere」でカンヌ映画祭の女優賞を受賞。'80年に「勝手に逃げろ/人生」でジャン=リュック・ゴダールとコラボし、翌81年には後にデザスタームービーとして語り継がれることとなる「天国の門」でハリウッドデビュー。'88年には「主婦マリーがしたこと」でヴェネチア映画祭女優賞を、2001年には「ピアニスト」で2度目のカンヌ映画祭女優賞に輝いている。因みに、過去カンヌのコンペに18作品が候補入りしているのはユペールが最多で、2度の女優賞受賞者はユペール以外にヴァネッサ・レッドグレイブ、ヘレン・ミレン、バーバラ・ハーシーがいるのみ。セザール賞に於いても主演助演トータルで15回のノミネートは最多記録だ。

近い将来、是枝裕和とのコラボも!?

「出演作選びの条件は、まず、監督です。映画という建物の重要な柱になるのが監督だから」と明言するユペールは、そのロジックに則ってアメリカ人のマイケル・チミノ(「天国の門」)やオーストリア人のミヒャエル・ハネケ(「ピアニスト」)、そして、韓国人のホン・サンス(「3人のアンヌ」)等、世界各国を行脚して来た。今、彼女が注目しているのは、映画祭を介して出会った是枝裕和や「淵に立つ」で注目される新鋭、深田晃司等、日本人監督だという。来年の出演予定作としてはホン・サンス監督作、ミヒャエル・ハネケ監督作等、すでに6本がラインナップされているが、近い将来、是枝作品で樹木希林とユペールが、深田作品でユペールと浅野忠信が共演する日が来るかも知れない。因みに、ユペールの最新作「Elle」は「氷の微笑」で知られるオランダ人監督、ポール・ヴァーホーヴェンが当初計画していたアメリカでの製作を断念し、パリを拠点に撮影した渾身の作品。同作で50代でレイプされるキャリアガールを演じたユペールは、来年2月のアカデミー賞(R)前夜に発表されるインデペンデント・スピリット・アワードの主演女優賞候補になっている。国籍やバジェットに縛られないボーダレスな活躍は、今後益々ヒートアップしそうだ。

母の残像 11月26日(土)ヒューマントラストシネマ渋谷ほかロードショー

(C)MOTLYS- MEMENTO FILMS PRODUCTION- NIMBUS FILMS- ARTE FRANCE CINEMA 2015 All Rights Reserved

監督:ヨアキム・トリアー『オスロ、8月31日』

脚本:エスキル・フォクト、ヨアキム・トリアー

出演:ガブリエル・バーン『ユージュアル・サスペクツ』、ジェシー・アイゼンバーグ『ソーシャル・ネットワーク』、イザベル・ユペール『8人の女たち』、デヴィン・ドルイド、デヴィッド・ストラザーン『グッドナイト&グッドラック』

2015年/ノルウェー・フランス・デンマーク・アメリカ/109分/カラー/ビスタ/原題:LOUDER THAN BOMBS

配給:ミッドシップ

映画ライター/コメンテーター

アパレル業界から映画ライターに転身。1987年、オードリー・ヘプバーンにインタビューする機会に恵まれる。著書に「オードリーに学ぶおしゃれ練習帳」(近代映画社・刊)ほか。また、監修として「オードリー・ヘプバーンという生き方」「オードリー・ヘプバーン永遠の言葉120」(共に宝島社・刊)。映画.com、CINEMORE、MOVIE WALKER PRESS、劇場用パンフレット等にレビューを執筆、Safari オンラインにファッション・コラムを執筆。TV、ラジオに映画コメンテーターとして出演。

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