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「30秒間5億円超」のスーパーボウルにCMを出すメルカリの狙いとは?

三尾圭スポーツフォトジャーナリスト
30秒間のCM枠が5億円を超えるスーパーボウルで流されるメルカリのCM

 アメリカで最も視聴者数の多いテレビ番組は、アメリカンフットボールのNFL王者決定戦『スーパーボウル』。視聴者数は全米で約1億人だ。

 スーパーボウルは試合そのものが面白いのはもちろんのこと、試合前の国歌斉唱や、豪華アーティストが出演するハーフタイム・ショー、そして試合のテレビ中継で流されるコマーシャル(CM)までが全米の話題を独占する。

 視聴率が40%を超えるスーパーボウルのCMは、世界を代表する有名ブランドが多額な制作費を注ぎ込み、凄腕クリエーターが素晴らしい映像を作り上げる。「映画祭」ならぬ「CM祭」と言えるCMの数々は、試合翌日の新聞でも論じられ、多くの大学の授業で教材にもなるなど非常に大きな影響力を持っている。

 そのお値段も破格で、今週の日曜日(日本時間2月8日、月曜日の朝)に全米で生中継される第55回スーパーボウルでは30秒枠の平均価格が550万ドル(約5億7750万円)だ!

 アメリカのCM枠の価格は30秒枠が基本となり、全米放送の番組の平均CM価格は30秒で12万ドル(約1260万円)。2018年の平昌五輪開幕式のCM枠が30秒で60万ドル(約6300万円)と言われているので、スーパーボウルのCM枠が桁外れに高いのが分かる。それでも、その高額な投資額に見合うリターンが期待できるのがスーパーボウルだ。

 全世界を襲っている新型コロナウイルスの影響で、今年のスーパーボウルは常連の『バドワイザー』、『コカ・コーラ』、『ペプシ』などがCMを見合わせたことがすでにニュースになっている。

 確かにバドワイザーはCMを出さないが、親会社のアンハイザー・ブッシュ社は『バドライト』、『ミケロブ・ウルトラ』と別ブランドのビールのCMは流す。ペプシの親会社であるペプシコも、『マウンテン・デュー』とスナック菓子の『フリトレー』のCMを流し、ハーフタイム・ショーの冠スポンサーも継続する。

 とくにペイトンとイーライのマニング兄弟やマーション・リンチなどの引退したNFLのスーパースターが多数出演するフリトレーのCMは、スーパーボウル前からNFLファンの話題を集めている。

 お馴染みのブランドがCM出稿を見合わせる一方で、検索エンジンの『Indeed』やオンライン自動車販売の『Vroom』などのネット系新規企業が新たに参入。日本発のフリマアプリの『メルカリ』もスーパーボウル・デビュー組に名前を連ねている。

 日本国内では業界ナンバー1の座を手にしたメルカリ。アメリカ進出は意外に早く、日本で誕生した翌年にあたる2014年にはアメリカに子会社を設立した。

 2016年夏にはiOSアプリのダウンロード数で、インスタグラム(4位)を超える3位となり話題になったが、アメリカ市場ではまだ苦戦している印象は拭いきれなかった。

 新型コロナウイルスによるパンデミックは多くの企業を苦しめたが、メルカリはこのピンチを好機に変えた。

 「ステイホーム」で人々が家で過ごす時間が増え、オンラインの個人中古市場の需要が急上昇。

 アプリのダウンロード数は5500万を超え、出品数はコロナ禍直前の3月から50%以上もアップ。アメリカ人の生活の中にメルカリが根付き始めてきた。

 ブランド認知度が急激に伸びているこの時期に、スーパーボウルにCMを出す戦略をメルカリUSの担当者はこう説明する。

 「メルカリは、アメリカ中のたくさんの人々をつなぎ、もう使わないもの、まったく使わなかったもの、着られなくなってしまったものを売買するオンラインのマーケットプレイスです。このCMは、メルカリを利用している多様なお客さまを紹介する『Hello, Goodbye』キャンペーンの一環です。

 『ビッグゲーム』は、メルカリのお客さまと同様、幅広く多様な観客が観戦します。これは、アメリカンフットボールに興味のない人たちも含めて、私たち全員を一体にする1年で最も大きなイベントの一つです。ですので、今年のビッグゲームに参加するのは自然なことでした。特に今年はパンデミックが続いていますので、大規模なパーティーの代わりに、自宅で『ビッグゲーム』を見ている人たちにメルカリの楽しさや連帯感をお伝えしたいと考えました。

 CMでは、カップルが二つのポップコーンメーカーをもらい、うち一つに「Goodbye」ということを決め、新しい持ち主であるルームメイトたちが「Hello」と言い受けとることで、不要品に第二の生を与えられます。メルカリの狙いはサービス自体ではなく、メルカリを利用するお客さまの背後にある物語と、メルカリで交換された大切なものに光を当てることでした。そしてそれこそがメルカリのもたらす魔法です」

 アメリカで展開する『Hello, Goodbye』キャンペーンを広めるために、メルカリはスーパーボウルで流すCMにビートルズのヒット曲「Hello, Goodbye」を起用。ビートルズの名曲がメルカリのキャンペーン・テーマを視聴者に訴えかけ、15秒のCMの中にメッセージが詰まったものになっている。

 スーパーボウルに参戦するのは初となるメルカリだが、知名度アップのツールとしてアメフトを使うのは初めてではない。

 アメリカではプロ(NFL)と同じくらい大学のアメフトも人気があり、とくにシーズン最後に行われるボウルゲームは多くの注目を集める。

 NCAAの一部上位校が集まるフットボール・ボウル・サブディビジョン(FBS)に所属する127校は、12月下旬から年明けにかけて26のボウルゲームが行われる。

 有名なところでは、ローズボウルやオレンジボウルなどがある。

 メルカリはこのボウルゲームの1つであるテキサスボウルの冠スポンサーに2020年からなっている。

 テキサスボウルの冠スポンサー料は明らかになっていないが、ローズボウルは年間2500万ドル(約26億円)と言われている。

 6大ボウルゲームの冠スポンサー料はどれも10億円以上で、それ以外のボウルゲームは規模とステイタスにより3000万円から2億円と推測される。

 テキサスボウルは過去5年間の平均入場者数が6万5000人を超え、これはボウルゲームの中では5番目に多い数字。位置づけ的には6大ボウルの次となり、冠スポンサー料金は2億円近いはずだが、試合の2週間前に急遽決まったために、かなりの割引があったと思われる。

 冠スポンサー1年目となった2020年のメルカリ・テキサスボウルは新型コロナウイルスの影響で直前に中止となったが、テキサスボウルを通してもメルカリの名前は全米中に広まっていくはずだ。

 スポーツ専門局のESPNで全米中継されるテキサスボウルの冠スポンサーになれば、テレビの全米生中継やニュース番組、新聞、ラジオ、ネットなどに会社名が出て、その露出価値は約10億円との試算もあり、かなり効率の良い投資と言える。

 新興ブランドにとって、アメフトは認知度を高める最適のパートナーであり、とくに大学のボウルゲームは若い層に広めるのに効果的だ。

 「テキサスボウルをはじめ、アメフトの試合は、アメリカでは多くの人が集まってパーティーなどで楽しむ恒例行事です。今年はコロナウイルスの影響で多くの人が自宅で試合観戦を行うと思いますが、そうした方々にメルカリがもたらす人と人の繋がりや楽しさについてお伝えしたく、今回『ビッグゲーム』でのコマーシャルやテキサスボウルの冠スポンサーをさせていただきました」

 アメリカ人に最も愛されているスポーツ、いやスポーツの枠を超えて、アメリカの生活、文化の一部となっているアメフトをうまく活用することで、日本生まれのメルカリはアメリカ人の生活に欠かせないブランドになることだろう。

スポーツフォトジャーナリスト

東京都港区六本木出身。写真家と記者の二刀流として、オリンピック、NFLスーパーボウル、NFLプロボウル、NBAファイナル、NBAオールスター、MLBワールドシリーズ、MLBオールスター、NHLスタンリーカップ・ファイナル、NHLオールスター、WBC決勝戦、UFC、ストライクフォース、WWEレッスルマニア、全米オープンゴルフ、全米競泳などを取材。全米中を飛び回り、MLBは全30球団本拠地制覇、NBAは29球団、NFLも24球団の本拠地を訪れた。Sportsshooter、全米野球写真家協会、全米バスケットボール記者協会、全米スポーツメディア協会会員、米国大手写真通信社契約フォトグラファー。

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