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マイク・タイソンが絶賛した「20秒KO」のUFCヘビー級戦士は元ホームレスの苦労人

三尾圭スポーツフォトジャーナリスト
UFCヘビー級ランキング2位のフランシス・ガヌー(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルスの影響でライブ・スポーツに飢えていたファンを熱狂させたUFC249。

 5月9日(日本時間10日)に無観客で開催されたこの大会は白熱した試合が多かったが、その中でもっともテレビで視聴したファンを沸かして衝撃を与えたのが、ヘビー級戦でジャルジーニョ・ホーゼンストライク(UFC公式ヘビー級ランキング6位)を20秒でケージに葬ったフランシス・ガヌー(UFC公式ヘビー級ランキング2位)だろう。

 左右のパンチを振り回してホーゼンストライクをケージ際まで追い詰めたガヌーが左フックをヒットさせると、ホーゼンストライクは金網にもたれ掛かる形でマットに沈み、なおも攻撃の手を休めないガヌーをレフェリーが止めた。

 日本のRIZINにも参戦経験のあるホーゼンストライクはキックボクサーとして76勝8敗、64KO勝ちの実績を誇るKOアーチスト。UFCでもアンドレイ・アルロフスキー、アリスター・オーフレイムらの強豪相手にKO勝ちを収め、ヘビー級のランキングを着実に上げてきた実力派で、この試合まで総合格闘技で無傷の10連勝、9KO勝ちと波に乗っていた。

 そんなホーゼンストライク相手に打撃で圧倒したガヌーは、ボクシングの経験が少しだけあるが、本格的にボクシングを始めたのは26歳と遅く、27歳で総合格闘技に転向。

 生まれはカメルーンの貧しい家庭で、6歳のときに両親が離婚したために親戚の家をたらい回しにされ、12歳で砂の採取場で働き始めた。ストリート・ファイターだった父親に似て喧嘩が強かったために、何度もギャング・グループから勧誘されたが、父親を反面教師にして、喧嘩の強さを「良いこと」に活かすために22歳でボクシングを始めた。

 「カメルーンにいても生きるだけで精一杯で、将来が見えなかった」と言うガヌーは26歳でアフリカ大陸を出て、単身フランスに移住。

 「パリに行くと決めたとき、周りの人たちからは『ヨーロッパを天国と勘違いしている』と言われたけど、僕には天国は必要なかった。自分の夢を叶えるために、自分のための天国を作るのに必死だった」

 パリでは知り合いもいなく、お金もないためにホームレスとして暮らしながら、ボクシングジムに無料で通わせてもらっていた。ボクシングジムのコーチは、ガヌーはボクシングよりも総合格闘技向きだと感じ、総合格闘技ジムを紹介。ガヌー本人は総合格闘技に興味はなかったが、生きるために仕方なく総合格闘技を始めた。

 パリで「MMAファクトリー」という総合格闘技ジムを経営するフェルナンド・ロペスは、ガヌーと初めて会った日に、彼にMMAのグローブなどの用具や服などが入ったバッグを渡し、総合格闘技をするように勧めた。

 「練習の初日、ガヌーは初心者クラスに入ったが、総合格闘技に対する知識は全くない素人だった。だけど、彼は初心者だとは思えない動きをみせた。とても賢い選手で、飲み込みも速い。そして強い肉体を持っている。トレーニングを続ければチャンピオンになれる逸材だと感じた」とロペスはMMAジャンキーの取材に答えている。

 初練習が終わると、ガヌーは「外に置いておくと盗まれるので、もらったカバンをジムに置いて帰ってもいいか」とロペスに尋ねた。

 「話を聞くと、家もなく路上で寝ているホームレスだという。彼にはジムに泊まるように言い、彼が生活できる場所を探した」

 マイク・タイソンに憧れて、プロボクサーになるためにパリへ出てきたガヌーは、総合格闘技に夢中になり、ヨーロッパ屈指のヘビー級選手へと成長していった。

 「パリに来たときは、本当になにも持っていなかった。なんにもなく、全てを必要としていた。いや、なにもなかったのは子供の頃からだった。家が貧しかったので、学校にもほとんど行けなかった」と言うガヌーは、「プロの総合格闘家としてお金を稼ぐようになると、次から次へと欲しいものが出てくる。でも、人生の目標はお金を稼ぐことではなく、なにか素晴らしい功績を残すことなんだ。自分が掲げた夢を追い求め、叶えることだ」と米ヤフースポーツの取材で語っている。

 「もちろん、家族の生活を楽にしたいし、家族を支えたい。でも、それだけではなく、母国カメルーンの子供たちにチャンスを与えたいんだ。僕が夢を叶えれば、母国の子供たちがそれぞれの夢を叶える励みとなる。カメルーンには夢を持つことさえ許されないような環境に置かれている子供もたくさんいる。僕は子供のときの夢はマイク・タイソンみたいにボクシングのヘビー級チャンピオンになることだったけど、町にはボクシングを学べる場所もなかったし、皆からは『夢みたいなことを言ってないで、働け』と言われた。僕は自分の夢を諦めたくなかったし、カメルーンの子供たちにも夢を追いかけてほしい」

 ガヌーは故郷の町にボクシングのジムを建て、子供たちはガヌーのように世界で活躍するファイターになることを夢みながら、トレーニングに励んでいる。

 「僕が子供のときに、ジムへ行きたかったけど、町にジムはなかった。今の子供たちは僕を目標に頑張っている。夢を持てば、心身ともに強くなれるし、自分の可能性を信じられるようにもなる。将来に希望を見いだせるんだ」

 フランスのローカルMMA大会でガヌーが勝ち続けると、ガヌーとの試合を受ける相手がいなくなった。ガヌーは試合を求めて、ヨーロッパ中に相手を探し求めたが、そんなときに噂を聞きつけたUFCから声がかかった。

 UFCでは4試合連続で完勝すると、5試合目に元ヘビー級王者のアルロフスキーとの試合が組まれた。高いボクシング技術を持つアルロフスキー相手に、ボクシングで圧倒したガヌーは1回TKO勝ち。

 次なる相手は日本でも活躍したオーフレイムだったが、元DREAMヘビー級暫定王者で、元K-1ワールド・グランプリ覇者をも1ラウンドでマットに沈めた。

 総合格闘技を始めて4年で、UFCヘビー級タイトルマッチの機会が与えられた。王者スティペ・ミオシッチとの試合は5ラウンドでも決着がつかずに判定となったが、0-3の判定でUFC初黒星を喫してタイトル奪取はならなかった。

 次のデリック・ルイスとは凡戦の末にまたしても0-3の判定負け。UFC解説者のジョー・ローガンが「歴代で最も退屈なヘビー級戦」と酷評するほどに酷い試合だったが、その試合を反省してガヌー本来の積極的なファイトスタイルが戻ってきた。

 ランキング3位のカーティス・ブレイズから45秒でTKO勝ちすると、次は元UFCヘビー級王者のケイン・ヴェラスケスも26秒でKO。同じく元UFCヘビー級王者でボクシング技術に定評があるジュニオール・ドス・サントスも右フックからのパウンドで71秒TKO勝ち。そして、今回、ホーゼンストライクを20秒で倒して、再びベルトを狙える位置まで帰ってきた。

 UFC249でのガヌーの秒殺劇を観たタイソンは、「めざましい……危険な……未来の王者。今夜、フランシス・ガヌーが20秒でKO勝ちした」とツイートして、ガヌーが王者になることを予告した。

 ガヌーは昨年11月にタイソンと念願の対面を果たしており、憧れのタイソンからボクシングの指導も受けた。

 ホーゼンストライクを秒殺したガヌーは、「自分が思い描いていたような試合ができた。ベルトに挑戦する資格はあると思う」と王者ミオシッチとの再戦をアピール。

 ガヌーの公式ランキングは2位で、1位には前王者ダニエル・コーミエがいる。UFCのデイナ・ホワイト会長は、昨年8月にミオシッチがコーミエからベルトを取り返した試合の直後に両者の再戦を約束したが、「フランシスはその次(に挑戦させる)」とガヌーの王者挑戦も明言。

 ガヌーの相手がミオシッチになるのかコーミエになるのかは分からないが、ガヌーがUFCヘビー級王者のベルトを巻くのは時間の問題でしかない。

 「次の相手は誰になるかは分からない。スティペがDC(コーミエ)と戦うのはいいが、問題はいつ戦うかだ。その試合の勝者がケガをしたら、僕は勝者が復帰するまで待たないといけない。前回の試合からも15ヶ月も間が空いたが、それはコロナ禍だったので仕方ない部分もあるが、試合間隔が長過ぎる。また1年近くも待ちたくない。僕はカメルーンの子供たちのためにも、ここで立ち止まるわけにはいかない。夢を叶えて、子供たちの手本となり、希望になりたいんんだ」

 ガヌーは自らのためではなく、祖国の子供に希望を与えるために戦い続ける。

スポーツフォトジャーナリスト

東京都港区六本木出身。写真家と記者の二刀流として、オリンピック、NFLスーパーボウル、NFLプロボウル、NBAファイナル、NBAオールスター、MLBワールドシリーズ、MLBオールスター、NHLスタンリーカップ・ファイナル、NHLオールスター、WBC決勝戦、UFC、ストライクフォース、WWEレッスルマニア、全米オープンゴルフ、全米競泳などを取材。全米中を飛び回り、MLBは全30球団本拠地制覇、NBAは29球団、NFLも24球団の本拠地を訪れた。Sportsshooter、全米野球写真家協会、全米バスケットボール記者協会、全米スポーツメディア協会会員、米国大手写真通信社契約フォトグラファー。

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