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日本でアメフト試合経験のない選手が、アメフトの本場で掴んだアメリカンドリーム

三尾圭スポーツフォトジャーナリスト
シャドロン州立大学からアメフト特待生として迎え入れられた北村陸(三尾圭撮影)

 日本の高校でアメリカンフットボールの試合経験がない選手が、渡米後僅か3年で4年制大学から奨学金を提示されてアメフトをプレーする。

 広島出身の北村陸は、そんな映画のストーリーのような「アメリカンドリーム」を掴み取った。

アメフトの本場で4年制大学からアメフト特待生として迎え入れられた北村陸(三尾圭撮影)
アメフトの本場で4年制大学からアメフト特待生として迎え入れられた北村陸(三尾圭撮影)

 身体が大きく、優しい子供だった北村は、小学生の頃から白球を追いかける野球少年だった。

 左投げ左打ちの大型一塁手として活躍していた北村は、甲子園に出場するという目標を抱いて広島国際学院高校に入学。しかし、入部直後にイップスで思うようにプレーできなくなり、1年で野球部を退部した。

 大好きな野球を諦め、目標を見失った北村を救ったのが、アメフトだった。

 中学生のときに偶然テレビでアメフトの試合を見て、鍛え上げられた男たちがぶつかり合うスポーツに魅了された。それ以来、心の奥底にはアメフトをプレーしてみたいとの気持ちが芽生えていたが、日本の高校スポーツでは2つ以上のスポーツの掛け持ちは無理なために、その気持ちをしまい込んでいた。

 野球を辞めたことで、アメフトをプレーするチャンスが訪れたが、問題は広島国際学院にアメフト部がなかったこと。広島県内にはアメフト部がある高校が2校しかなく、北村はアメフト部がある高校を訪れて、練習に参加させてくれるようにお願いした。

 週末だけ練習に参加する日々が始まったが、当然試合に出ることはできない。それでも「他の選手が試合に出ているのを見て、自分が試合に出られないのは辛く、悔しかったけど、それ以上に練習でもアメフトをプレーできることが楽しかったし、嬉しかった」とアメフトをプレーできる喜びに包まれていた。

アメフトを愛する北村陸はプレーする喜びで笑顔を見せる(三尾圭撮影)
アメフトを愛する北村陸はプレーする喜びで笑顔を見せる(三尾圭撮影)

 高校卒業後には、「NFLを見てアメフトを好きになったので、本場のアメリカでプレーしたいと思っていた。自分の目標を叶えるには早い方がいい」と本格的にアメフトをプレーするためにアメリカ留学を決意。

 留学の地に、数人の日本人フットボーラーがいるロサンゼルスを選択。UCLAでプレーしたジオ庄島、ハワイ大学でプレーする伊藤玄太らと一緒にトレーニングを積みながら、半年間語学学校に通った後、庄島や伊藤もプレーした2年制のサンタモニカ大学に進学。チームには1年先輩に伊藤がおり、チームOBであるジオが練習初日に北村をコーチ陣に紹介してくれるなど、環境には恵まれていた。

 「伊藤選手などシーズン終了後にNCAAの1部校へ転校していった選手も多く在籍していた強いチームで、初めは練習に付いていくだけでも大変でした。身体も僕よりも一回りも二回りも大きいのに、強く俊敏にプレーする。そんな選手たちと対等に戦えるように身体を大きくしながら、フットボールのテクニックも磨いていきました」

 1年目は本場のプレーに戸惑いを覚えたが、2年目は身体を大きくして、スピードも強化するために意図的にレッドシャツ(そのシーズンの試合への出場資格を持たない練習要員だが、大学でプレーする資格年数は保つことができる。NCAAでは2年制大学を含めて、基本的に4年間しかチームへの在籍資格は与えていないが、レッドシャツを利用するとチームに5年間在籍できる)を選択。3年目にはディフェンスライン(DL)の主力選手として活躍した。

 渡米当初は100キロだった体重を30キロ以上増やしたが、ただ身体を大きくするのではなく、スピードを向上させるために、筋肉を増やしていった。

 「ウェイトトレーニングをしっかりやって身体を大きくすれば、試合でも活躍できると信じて、懸命にトレーニングしました。身体を大きくすればダブルチームでも押され負けしないし、ラインを支配できる」

 身長183センチ、132キロの北村はディフェンスの最前線に立ち、相手チームのラン攻撃を止めるのが主な仕事。大学時代には強豪のオクラホマ大学でプレーし、サンタモニカ大学ではDL担当コーチとして北村を指導したトニー・フェオ・コーチは「リクはとてもタフな選手で、相手がダブルチームを仕掛けてきてもうまく対処している。重心が低いので、当たり負けもしない。プレーの理解度も高く、新しいプレーを導入しても、すぐにプレーの意図を読み取り、的確にプレーする」と北村の実力を高く評価する。

 自らもカリフォルニア州の2年制大学からオクラホマ大学に転校した経験を持つフェオ・コーチは、「リクは1部校でもプレーできる力を備えるが、1部校でプレーするには実力だけでなく、コーチやチームとの相性やタイミングも重要なんだ。リクを獲得した大学は、すぐに彼のことを気に入るだろう」と付け加えた。

フェオ・コーチからアドバイスを受ける北村陸(三尾圭撮影)
フェオ・コーチからアドバイスを受ける北村陸(三尾圭撮影)

 気持ち的な優しさが裏目に出てしまって野球を断念した北村だが、アメフトをプレーすることでフィールド内では感情を出すことを覚え、負けず嫌いにもなった。今でもフィールドから一歩足を出せば温厚な性格の好青年。アメフトが彼を人間的に大きく成長させ、弱点だった気持ちの優しさが長所となった。

 北村はNCAAの1部校でもプレーできたかもしれないが、その場合は奨学金を与えられたアメフト特待生ではなく、ウォークオン(入部テストに合格した一般学生)としてチーム内でのロースター枠を勝ち取らなくてはならない。

 「奨学金を得て、特待生になることが目標の1つ」と口にした北村は、1部校だけではなく、2部校や3部校も視野に入れて、慎重に転校先を絞っていった。 

シャドロン州立大学から奨学金を受け、アメフト部入部契約書にサインをする北村陸(本人提供)
シャドロン州立大学から奨学金を受け、アメフト部入部契約書にサインをする北村陸(本人提供)

 本格的にアメフトを始めて僅か3年の北村に授業料全額免除の奨学金を提示して、特待生として受け入れたのがネブラスカ州にあるシャドロン州立大学。

 「これまでの人生で人から評価されることはあまりなかったのですが、シャドロン州立大学のコーチは僕の試合のビデオを観て、ぜひチームに入って欲しいと勧誘してくれました。それだけではなく、飛行機に乗ってネブラスカ州からロサンゼルスまで僕に会いに来てくれて、このチームにぜひ入りたいと思いました。2部の大学ですが、NFLにも選手を出していて、大学のチームの練習にもNFLのスカウトが視察に来るほどにレベルが高いチームです」

 NCAA2部に属するシャドロン州立大学は、バッファロー・ビルズとグリーンベイ・パッカーズで5度もスーパーボウルに出場したドン・ビービや、ニューイングランド・ペイトリオッツの一員としてスーパーボウルに出場したダニー・ウッドヘッドらを輩出している。

シャドロン州立大学を卒業後、NFLで9年プレーしたダニー・ウッドヘッド(三尾圭撮影)
シャドロン州立大学を卒業後、NFLで9年プレーしたダニー・ウッドヘッド(三尾圭撮影)

 「チームのレベルが高く、チーム内でのポジション争いも激しい」と語る北村は特待生ながら、まだ自分の居場所をチーム内に作っている状況だと言う。

 「練習に参加するまでは、奨学金をもらったことで、開幕から先発で出て活躍しないといけないと気負っていたのですが、今は挑戦者の気持ちに変わりました。最初は心が折れそうになったのですが、ここから成長して、這い上がっていきたい。まずは試合に出ることが第一の目標で、シーズン中には先発となり、チームの勝利に貢献したい」と目標を口にする。

 ネブラスカはフットボール熱が非常に高い州で、人口約6000人の小さな町であるシャドロンでは、町全体でシャドロン州立大学フットボールチームを応援している。

 「町を歩いていたり、買い物へ出かけても、お客さんや店員さんが『頑張ってね』と声をかけてくれたのには驚きました。ここに来る前は人種的な差別も覚悟していましたが、実際に来てみると家族の一員として温かく迎え入れてくれ、困ったことがあると周りがすぐに助けてくれる」

 シャドロン州立大学で背番号92番を与えられた北村は、8月上旬にネブラスカに入り、練習に励んでいる。9月1日に開幕戦を行い、11月10日まで10試合を戦う。

 「開幕を直前に控えて、とてもワクワクしています。1プレーでも多く出られるように、いつ呼ばれても試合に出られるように準備はしています。スタジアムもこのオフに大幅改装して、開幕戦がこけら落としとなります。そんな素晴らしい環境で、試合をできることを、これまで僕に関わってくれた全ての方々への感謝の気持ちを持ってプレーしたいです」

 北村のアメリカンドリームの第2章はまだ幕を開けたばかり。北村はゆっくりだが、着実に階段を1段1段登りながら夢を追いかけている。

 

 

スポーツフォトジャーナリスト

東京都港区六本木出身。写真家と記者の二刀流として、オリンピック、NFLスーパーボウル、NFLプロボウル、NBAファイナル、NBAオールスター、MLBワールドシリーズ、MLBオールスター、NHLスタンリーカップ・ファイナル、NHLオールスター、WBC決勝戦、UFC、ストライクフォース、WWEレッスルマニア、全米オープンゴルフ、全米競泳などを取材。全米中を飛び回り、MLBは全30球団本拠地制覇、NBAは29球団、NFLも24球団の本拠地を訪れた。Sportsshooter、全米野球写真家協会、全米バスケットボール記者協会、全米スポーツメディア協会会員、米国大手写真通信社契約フォトグラファー。

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