レジェンドQBの父から人気アイドルの娘へのラブレター

人気アイドルの父でもあるレジェンドQB、バーバリアン斎藤伸明(三尾圭撮影)

 9月の記事で紹介した46歳の現役QB、X2バーバリアン所属の斎藤伸明。

 悲願の1部リーグ昇格を目指して臨んだ今季だが、最終戦を残して1勝3敗とチーム成績は揮わない。

 1部リーグ昇格は来季以降に持ち越しとなったが、目の前の目標を失っても斎藤は最後まで諦めずに全力でのプレーを続ける。

 今シーズンも日本全国への出張だけでなく、海外出張もこなしながら、最善の状態をキープしてゲームに臨んだ46歳の斎藤。プロ選手ではなく、クラブチームの選手なので、本業と選手の両立は想像以上に大変なはずだが、そんな様子はまったく感じさせない。

 「アメフト選手」と「国際派サラリーマン」の二足のわらじを履くだけでなく、「夫」と「父親」としての顔も持つ。

「アメフトからいろいろな事を学び、アメフトで形成された斎藤伸明という人物からアメフトを取り除くと、斎藤伸明ではなくなる」と自己分析する斎藤は、場面や状況に応じて「顔」を使い分けるのではなく、常にアメフト選手で、2人の娘の父親ででもある。

 斎藤伸明の長女は人気アイドルグループ「乃木坂46」のメンバー、斎藤ちはる。父、伸明は自らがアメフトのフィールドで奮闘する姿を通して、娘ちはるにメッセージを伝えて続けている。

娘、ちはるは子役として活躍

 斎藤伸明が家族を持つきっかけとなったのもアメリカンフットボールだった。

 「大学3年のときに新入部員として体育会アメリカンフットボールに入部してきた。マネージャーとしての献身的な仕事ぶり、笑顔、明るい雰囲気に惹かれました」と妻との出会いを振り返る斎藤。

 やがて2人は結婚をして、2人の可愛い女の子に恵まれ、家庭を作っていく。

 長女のちはるを連れて近所の写真館に七五三の記念撮影に行った際に、モデルとしてちはるの写真がお店に飾られた。

 「親バカだったと思いますが、目をキラキラさせて、表情や格好が、本当のモデルのように見えました」と伸明は当時の様子を懐かしそうに振り返る。

 「なんとなく、本人も親も、子供モデルのようなものが向いているのでは?」と思い新聞の片隅に掲載されていた子供モデルに応募。

 花王のテレビコマーシャルに抜擢されたのを始め、マクドナルドのCM、しまじろうのビデオ、ディズニーの雑誌など子供モデルとしての仕事は多かった。

 「撮影の現場に行き、カメラを向けられるとすぐにモデルとしての自分を演じ、普段とは違う子供になるのは親としても驚きでした」と語る伸明は「逆に少し自分の子ではないような不思議な感覚で、少し寂しい気持ちになったような気分にもなった」と告白する。

 人気子供モデルとして活躍していたが、「大人中心のモデルの仕事だけでなく、小学校に入る際には、やはり子供には小学校で学べるたくさんのことを経験して欲しいと思い、本人も同級生のお友達をたくさん作りたいということから、忙しかったモデルの仕事を辞めました」と芸能の世界から一旦身を引いた。

努力する大切さを伝えるため、フィールドを走り続ける斎藤伸明(三尾圭撮影)
努力する大切さを伝えるため、フィールドを走り続ける斎藤伸明(三尾圭撮影)

子役を辞めた娘、現役復帰した父

 人気子供モデルだったちはるは普通の小学生になったが、アメフト選手を引退していた伸明が現役復活を決意。

 「週末は子供中心の生活でしたが、妻も私もアメフトをやっている姿を子供の目に焼き付けておきたいという思いがありました」

 現役に復活すると、それまでは子供中心の生活だったのが、アメフト中心に変わってしまう。

 「子供が小学校の頃には、大事な秋のリーグ戦の試合の時に、子供の運動会に行けない事もありました。子供には『なんでパパ来てくれないの?』と泣かれたこともありました。『パパもアメフトの試合で頑張るからお前も頑張れ』と言い聞かせながらも、子供に悲しい思いをさせてしまう駄目な親として後悔してしまうこともありました」

 フィールドで懸命にプレーする姿を見せ続けることによって、娘たちも父親の気持ちを理解するようになった。

「ある時期から『パパできる限りアメフトを続けて!』、『休んだらチームに迷惑かかるでしょ!』と言ってくれています。おそらく、チームスポーツとして、一人の人間の役割の重要性、その試合に懸けるチームの思い、チームを支えるサポートメンバー、ファンの方々のためにやらなければならないこと、そうした事を子供が少し理解してくれたのかと思います。子供の頃からそうしたチームスポーツの重要な部分を理解してきてくれたのかと思います。それからは、身体がボロボロになっても、年齢によって駄目なプレーをしても、可能な限りプレーヤーとしての姿を見せたいと思うようになりました」

 父親がアメフトに一生懸命打ち込む姿を近くで見てきたちはるは、自分自身も真剣になれる目標を探していたのかもしれない。

「ちはるは普通の中学生生活を送っていました。受験勉強のために塾に通い、勉強中心の生活を送っていました。その最中に、新たに発足されるアイドルグループ結成のチラシがあり、中学最後の経験としてオーディションを受けてみたいと相談されました」

子役時代に経験したきらびやかな芸能の世界。小学校高学年のときにも女優やモデルに憧れていたちはるは、アイドルとして芸能界に戻りたいと乃木坂46のオーディションに臨んだ。

「勉強ばかりの生活ではなく、夢のようなアイドルの世界への憧れを抱くことは悪いことではないため、応募してみて、結果は厳しいだろうけど、その後の受験勉強に励んでもらえば良いというような安易な気持ちで考えており、応募には賛成しました。正直に言って、まさかその時には合格するとは夢にも思いませんでした。オーディション応募の際に送付する写真を大人目線で私が撮り、応募写真を私が選びました」

アメフトも乃木坂46も信頼する仲間と競い合うことでレベルを高めていく
アメフトも乃木坂46も信頼する仲間と競い合うことでレベルを高めていく

乃木坂46とアメフトの共通点

 国民的アイドルとして圧倒的な人気を誇っていたAKB48の「公式ライバル」として発足した乃木坂46。AKB48と同じ秋元康が総合プロデューサーを務め、ソニー・ミュージックエンターテイメントが主催したオーディションには3万8934人の少女が応募。ちはるは36人のオリジナル・メンバーの一人として選ばれた。

 2011年夏に結成された乃木坂46。その構造はアメリカンフットボールのチームにも似ている。メンバー(チームメート)同士の競い合いがあり、選抜(先発)の座を争っていく。

 乃木坂46がシングルを発売する度に、16名前後の選抜メンバーが選ばれる。選抜メンバーの中にも序列があり、アメフトで例えるとQBのように華やかな「センター」を中心に、ランニングバックやワイドレシーバーなど華形ポジションに当たる「福神」が脇を固める。福神から漏れたメンバーは、アメフトだとラインマンに当たり、スポットライトが当たる機会は少ないが、チームを支えるために必要不可欠な存在ではある。

 選抜から漏れたメンバーは「アンダー」と呼ばれ、これはベンチ・メンバーに該当する。試合(歌番組)での出番はほとんどないが、大切なチームのメンバーであり、影で選抜メンバーを支えると同時に、選抜を目指して努力を続ける。

 アメフトではチームワークが何よりも重要なのと同様に、乃木坂46もメンバー同士が強い絆を築き上げ、お互いに支え合うことで、ここまで成長してきた。仲の良いメンバー同士はライバルでもあり、切磋琢磨することでグループ全体のレベルを上げている。

 1000倍の難関を乗り越えて乃木坂46のメンバーとなったちはるだが、乃木坂46の中では埋もれてしまった。

 選抜メンバーに選ばれたのは一期生の中で最も遅く、10枚目シングル「何度目の青空か?」で初選抜に選ばれるまで何度も悔し涙を流した。

 初選抜に選ばれた際には「皆よりは何もできない自分が悔しかったりして、だから選ばれないというのは分かっていたんですけど……。自分をもっといい方に変えていって、みんなから認められるような存在になりたい」との抱負を口にした。

 しかし、2014年10月に発売された「何度目の青空か?」以降、選抜に戻れることなく、最新の16枚目シングル「サヨナラの意味」まで1度きりの選抜しか経験していない。

苦悩する娘へ父からのラブレター

 そんな愛娘の苦悩を見守っている父、伸明はこう語る。

 「斎藤ちはるの一番近くに、相応に人生経験をもった一人の大人として思うことは、斎藤ちはるという人物は、時には泣いたり、悩んだり、足りない事、駄目なところが沢山あります。しかし、斎藤ちはるからは、人の悪口を聞きません。愚痴を聞いたことがありません。人にやさしく思いやりがあります。目の前の事を前向きに捉えることができます。大変な壁でも乗り越える力があります。そういう人物だと思っています。これまで何度もそうした事を目の前で見てきました」

 大好きで憧れていた世界に入りながらも、そこで悩み、成長していく娘に対して、父からのメッセージは続く。

「世の中に乃木坂46の斎藤ちはるという人は一人しかいません。それは誰も真似することができません。それを演出できるのはあたなだけのです。そうした斎藤ちはるという人物を信じ、自信を持って取り組んで、人間として成長して欲しいと思っています。正直、親の私より人間的に素晴らしいところが沢山あります。

客観的に見ても、そうした人物だからこそ、アイドルとして頂点を取ることも夢ではないと信じています。しかし、アイドルとして頂点を取ることが全てではないとも思います。現在、アイドルとして、いろいろな人に影響を与えられる、斎藤ちはるという人物を通して、世のため人のために自分が何をできるかを考え、少しでも皆に元気や勇気を与えられる人間になって欲しいと思っています。何より自分が正しいと思ったことをがむしゃらにやって欲しいと思っています。そして、その先の進むべき道については、それが明確でなく薄ぼんやり見えているのか、見えていないのかはわかりません。でも、目の前の事を一生懸命にやることでそれが少し見えていくのではないかと思っています。

ファンの方が一人でもいて応援してくれる限り、その方々のためにがむしゃらに、目の前にあることを一生懸命に取り組んで欲しいと願っています」

 2部リーグであってもファンの方が一人でもいる限り、全力でプレーしてきた伸明の言葉には、経験に裏付けされた説得力が伴っている。

 そんな父親の姿を見てきた娘には、父からの熱いメッセージをしっかりと受け止めるはずだ。

フィールドでピンポイントのパスを投げるように、娘の心にもパスを届ける
フィールドでピンポイントのパスを投げるように、娘の心にもパスを届ける

それぞれの椅子、それぞれの色

 総合プロデューサーの秋元康は、今年10月号の「日経エンタテインメント!」で掲載されたインタビューの中で、乃木坂46に関してこのように語っている。

 

「例えばAKB48は高校であれば芸能コースのように、芸能界の華やかなところにいる。一方で、乃木坂46はそれぞれファッションとか音楽とか、わりと専門学校的な感じがするんですね。目指すものや価値観がそれぞれにあって、自由に生きている」

出典:日経エンタテインメント! 2016年10月号

 秋元氏が語るように、乃木坂46では各メンバーの専門性が活かされ、それが絶妙なハーモニーを奏でている。

 全メンバーにとって選抜は目標であると同時に、選抜入りだけが全てではない。例え、選抜に入れなかったとしても、各自の専門性を用いて輝ける場が与えられるのが乃木坂46なのだ。

 「これは乃木坂46によく言うことなんですが、みんなバラバラでいいんだと。それぞれの色がパレットで混ざったときに、それが「乃木坂46らしさ」になるんだ。だから自分から合わせようとするなと」

出典:日経エンタテインメント! 2016年10月号

 全てのメンバーが選抜入りだけを目指してしまったら、個性が失われて「乃木坂46らしさ」も失ってしまう。それぞれが違う色を持ったメンバーだからこそ、混ぜ合わさったときに乃木坂46にしか出せない独自の色となる。

 父、伸明も「メンバーとしては、選抜入りは毎回の目標ということになるでしょう。しかし、「センターの苦悩」、「選抜の苦悩」、「アンダーの苦悩」。種類は違えど、苦悩することは同じではないかと思います。メンバーである以上、何かしらの苦悩を抱えて、もがいていきながら経験することが、人間の成長として重要なのではないかと思います」とちはるの苦悩が人間、そしてアイドルとしての成長に繋がることを期待する。

試合に負けて悔しい思いをしても、その苦い経験を次に生かすことで成長を続けていく
試合に負けて悔しい思いをしても、その苦い経験を次に生かすことで成長を続けていく

これからも夢に向かって歩み続ける父と娘

 現役アメフト選手と現役アイドルの父娘は、これからも数々の壁に直面して、悩みながらも前を向いて歩み続けていくことだろう。

 「 目の前のあることを常に一生懸命にやること。多少理不尽であり無駄であるようなことでも一生懸命にやること。物事には必ず意味があり、無駄と思われることでも、実は大きな意義があること」

 そんなメッセージを娘に伝えるためにも、父はこれからも現役を続けていき、1部昇格を目指して努力を続けていく。

 11月23日。伸明は今季最終戦を東京府中にあるアミノバイタルフィールドで戦う。 千葉の幕張メッセで開催される握手会に参加するちはるは、父の試合を応援に行くことはできなくても、心の中では常に父と家族のサポートに感謝し、父を応援している。

 それぞれが立つフィールドは違っても、この父娘は敗戦や失敗を糧にしながら、誰よりも努力を厭わずに成長の歩みを止めることがない。

人生というのは1つの線でパッとデザインすることはできない。柔らかい鉛筆で何本も何本も輪郭を描いていくように、たくさんの間違った線が結果として輪郭になるんだと。この世代はその柔らかい鉛筆で何本も間違った線を描くからこそ、見えてくるものがあるんだと思うんですよね。(秋元康氏)

出典:日経エンタテインメント! 2016年10月号

 46歳の伸明も、来年成人となるちはるも、まだそれぞれの人生の輪郭を描いている途中である。この親子が描く絵は他人には真似ができない独創的なものになりそうで楽しみだ。