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普段から格闘技を追いかけていないライト層に向けて解説する「那須川天心vs武尊」の重要性とは?

清野茂樹実況アナウンサー
試合前日、揃って計量をクリアした那須川天心と武尊(写真:東京スポーツ/アフロ)

格闘技ファンが最も注目する那須川天心と武尊の試合が、いよいよ実現する。300万円という破格のチケット料金に代表されるスーパーファイトは、なぜそこまで注目されているのか?この一戦が持つ意味について、普段はキックボクシングを追いかけていない、いわゆるライト層に向けて解説しておきたい。

ともに圧倒的な戦績の持ち主

まず、この対戦が注目される第一の理由が、両者の圧倒的な戦績である。2人とも負けてないからだ。那須川は15歳でプロデビュー以来、キックボクシングは41戦41勝。一方、2011年にプロデビューした武尊の戦績は41戦40勝。1つだけ負けが記録されているものの、この1敗はデビュー1年目に喫したもので、王者になってからは無敗だ。さらに2人ともスター性もあって、単に勝つだけではなく、試合が劇画のごとく抜群に面白い。真剣勝負で勝利を重ねてきた若いキックボクサー同士が対戦したら、どっちが勝つのだろうか?このシンプルな興味こそ、格闘技ファンが惹きつけられる最大の理由である。

交流のない団体がぶつかる

次に大きいのは、両者の所属する団体であるRISEとK-1の交流がなかったことだ。少し専門的な話になるが、日本のキックボクシングは古くから団体が多数存在し、それぞれの団体ごとに王者を認定する構造が続いている。パンチとキックを使って相手を倒すという目的は同じだが、ルールや階級は団体によって異なり、統一王者なるものは存在しない。もはや、キックボクシングと名乗らない団体が多いのも、この業界を括ることの難しさを表している。今回の対戦は、国内で最大規模の2団体、しかもトップ選手が、ルールと体重を合わせて中立のリングで競うという点においても注目されているのだ。

実現までに7年待たされた

さらに、この試合が、なかなか実現しなかった経緯も大きい。最初に那須川が武尊に対戦表明をしたのが2015年。ところが、互いの所属団体同士で交渉は進展せず、むしろ、対戦の噂が浮上しては消滅を繰り返す度に、メディアの間では実現を煽るのはタブーであるかのような空気も醸成されていった。2020年あたりからは互いの試合会場を訪れる姿も見られたが、やはり交渉が進展している様子はなく、筆者も『アメトーーク!』のキックボクシング芸人同様、実現を願いつつも、半ばあきらめていたのが正直なところだ。つまり、この一戦には、7年待たされ続けたファンの期待が詰まっているのだ。

今しかないタイミング

もうひとつ付け加えると、那須川にとっては、これがキックボクシングで最後の試合である事実も大きい。数々の伝説を残してきた“神童”にはすでにボクシングという次の進路があり、武尊も拳の故障を乗り越え、すでに30歳になった。つまり、お互いに「今を逃したら、もうない」というギリギリのタイミングなのである。K-1が地上波テレビで中継されていたのは、2010年まで。ブームが去った後にデビューした若者2人が、自身の価値を高め続け、東京ドームにまで辿り着いたことは素晴らしい、としか言いようがない。日本人同士のキックボクシングでこれほどの大観衆を集めるのも史上初めてだ。2人の試合には、7年に及ぶ物語だけではなく、半世紀を超える日本のキックボクシングの歴史の重みも含まれているのである。

※文中敬称略

実況アナウンサー

実況アナウンサー。1973年神戸市生まれ。プロレス、総合格闘技、大相撲などで活躍。2015年にはアナウンス史上初めて、新日本プロレス、WWE、UFCの世界3大メジャー団体の実況を制覇。また、ラジオ日本で放送中のレギュラー番組「真夜中のハーリー&レイス」では、アントニオ猪木を筆頭に600人以上にインタビューしている。「コブラツイストに愛をこめて」「1000のプロレスレコードを持つ男」「もえプロ♡」シリーズなどプロレスに関する著作も多い。2018年には早稲田大学大学院でジャーナリズム修士号を取得。

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