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北京五輪メダル最多のノルウェーの育成法とは?スポーツ大国アメリカが歯ぎしりする育成モデル。

谷口輝世子スポーツライター
(写真:ロイター/アフロ)

IOCは国別のメダル獲得数を示すことをよしとしていないが、あえて、北京オリンピックで最もメダルを獲得した国の名前を挙げたい。ノルウェーである。金の獲得数はトップの16で、銀8、銅13の計37メダルも出場国中1位だ。メダル合計数の2位はドイツで27。ノルウェーは2018年の平昌オリンピックでもメダル獲得数1位だった。

筆者の住むアメリカでは、数年前からノルウェーの選手育成法について注目が集まっていて、ユーススポーツ界で「ノルウェー・モデル」などと呼ばれている。

なぜ、アメリカはノルウェーの選手育成に関心を持っているのだろうか。それは、ノルウェーが、アメリカの抱えるユーススポーツの問題をクリアしながら、なおかつ、冬季オリンピックで結果を出しているからだ。

ノルウェーは人口530万人余りで、アメリカの約3億3000万人という人口から比べるとはるかに少ない。しかし、今大会もメダル数では、前述したように37メダルを獲得しており、計25のアメリカを突き放している。もちろん、ノルウェーが冬季五輪種目に適した地理的環境にあることも要因のひとつだろうが、昨年の東京大会でも、メダル獲得数は全体で20番目と悪くなかった。

平昌オリンピック後の2019年には米HBO局がノルウェーの育成についての特集番組を作った。「町の全ての子どもたちが集まっているかのように見える」というアナウンスとともに、活気あふれるスキーの練習風景が映し出される。

まずはお金の話。取材に応じた担当者は、費用は6か月で計60ドル(約6900円)と安く、もしも、払えなくても、咎められることなく参加し続けられるという。

子どもたちの指導者は無償のボランティアのコーチが多い。これは、インランドノルウェー応用科学大学の調査でも明らかで、2017年度の調査でも、コーチの75%がボランティアだとされた。

育成法には国の教育政策が反映されている。子どもたちは競いあうのだが、12歳未満はタイムやスコアの記録を残したり、ランキングを出したりしない。これは、スポーツだけでなく、学習面でも同様で、ノルウェーの教育政策で決まっていることだという。

番組のレポーターはボランティアコーチにこんな質問をしている。「とても才能があるように見える子どもと、そのように見えない子どもがいますが」

コーチのこのように答えている。「私は才能という言葉は好きではありませんね。スキルのある子どもは、とても幼いときからスキーをしています。でも、今、才能がないように見える子どもでも15歳、16歳までやれば、あなたは違ったものを見るかもしれませんよ」

費用を抑えて入口を広くし、楽しみを優先させる。一定の年齢までは、順位をつけたり、競技優先にしたりすることを認めていない。この方針に違反して育成すると、クラブや組織は政府からの補助金などを得られないという罰を科されるそうだ。また、各スポーツ連盟では、「スポーツにおける子どもの権利」を採択している。

HBOとほぼ同時期にノルウェーの育成について、ニューヨーク・タイムズ紙でも特集記事が発表された。これによると、ノルウェーでは子どもの93%が組織化したスポーツチームやクラブに参加しているという。ニューヨーク・タイムズの記事はこのように続けている。

「コストが低く、経済的な参入障壁が少ない社会。10代に入るまではトラベルチーム(筆者注 競技チームを意味する)が結成されず、子どもたちの体と興味が成長するまで、大人は弱いものと強いものを分類しない」

ノルウェーでは、子どもたちが自らの意思で競争の世界で戦うことを決めてから、厳しいトレーニングをスタートさせるのだという。ただし、若い年齢で競技のピークを迎える種目では不利という面はあるだろうが。

アメリカのユーススポーツは、ノルウェーとは異なる方向に進んでいる。

小学校低学年からレクリエーションと競技チームにわかれる。競技チームはシーズンごとにトライアウトをし、能力によって選別をしてチームを編成する。この競技チームは、さらにレベル別にわかれており、同じレベルのチームと試合をするために、遠くまで出かけていく。旅費交通費にお金がかかる。また、トライアウト合格や、さらに上のレベルの競技チーム入りを目指すために、幼いころから個人レッスンを受けるように急かされ、ここでもお金がかかる。

つまり、親がお金を持っていなければ、スポーツを始めても継続していくことが難しいといえる。世帯収入別の調査でも、低収入家庭の子どもほど、スポーツ参加率が低いことがわかっている。

アメリカの子どものスポーツの頂点は大学スポーツであり、競技優秀者として奨学金を獲得するための競争もある。皮肉なことだが、子ども時代から大学にスカウトされるまでに費やした金額が、得られる奨学金をはるかに上回るというのもよくあるケースだ。ニューヨーク・タイムズ紙の記事は、ノルウェーでは大学教育は無償であり、米国のように奨学金を求めてスポーツをすることもない、としている。

アメリカは、子どもを幼いときから競わせることで、よりよい選手を生み出していく方式で、人気あるプロスポーツ種目では、確かに一定の効果を出しているようにもみえる。アメリカのユーススポーツからみると、ノルウェーのやり方は競い合うことが足りない、生ぬるいやり方に見えるかもしれない。

しかし、2018年と同様にノルウェーは今大会でも、メダルという結果ではアメリカを上回り、米国のユーススポーツのコーチたちに、ノルウェー・モデルの力を再び見せたともいえるのではないか。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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