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メジャーのバイリンガル監督とスペイン語メディアの仕事

谷口輝世子スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 メジャーリーグの多くの球団の試合は、そのエリアのスペイン語放送のラジオ局でも中継されている。

 スペイン語を母語、母国語とする人の多いニューヨーク、シカゴ、フィラデルフィアなどの大都市や、地理的にメキシコに近いロサンゼルス、アナハイム、サンディエゴ、テキサス州の2球団、カリブ海に近いフロリダ州の2球団などだ。スペイン語でラジオ中継されていない試合のほうが少ない。

 メジャーリーグは米国の4大プロスポーツのなかでは最もスペイン語を母語とする選手が多く、全体の25%程度を占める。彼らはスペイン語のメディアから取材を受け、スペイン語で応答している。

 30球団の監督のうち、今季は3監督が米国以外の出身であり、彼らはスペイン語と英語のバイリンガルである。ドミニカ共和国出身のメッツのロハス監督、プエルトリコ出身のレッドソックスのコーラ監督、ブルージェイズのモントーヨ監督だ。

 監督はキャンプからシーズン終了まで、ほとんど毎日、記者会見に応じる。スペイン語で放送したり、記事を書いたりするメディアは、バイリンガルの監督に母国語で話が聞きたい。当然のことだろう。

 レッドソックスのスペイン語ラジオ放送で実況を担当するニルソン・ぺペンさんは、自身も英語とスペイン語を話すバイリンガルだが、コーラ監督にはいつもスペイン語で質問をし、スペイン語で答えてもらう。

フェンウェイの実況ブースにいるぺペンさん。筆者撮影
フェンウェイの実況ブースにいるぺペンさん。筆者撮影

 ぺペンさんは「ボストンにはドミニカ共和国から来た人をはじめ、プエルトリコから来た人たちなどの大きなコミュニティがあります。我々のチームの監督がスペイン語を話し、リスナーはそれを聞くことができる。このことは、とても重要なことだと思っています」と話す。

 レッドソックスには、キケ・ヘルナンデス、JD・マルチネス、クリスチャン・バスケス、マーウィン・ゴンザレスらスペイン語を母語とする選手がいる。ぺペンさんはもちろん、彼らにもスペイン語で質問をし、スペイン語で答えてもらう。

 「私はチーム全体をカバーしていますが、取材の7割ぐらいはラテン系の選手に比重を置いていますね。我々のリスナーは、やはり自分たちの選手を知りたいと思っていますから」とぺペンさん。

 新型コロナウイルスの影響で昨年から、ほぼ全ての取材はオンラインで行われている。そこでもぺペンさんはコーラ監督にスペイン語で質問をし、スペイン語で答えてもらっている。

 スペイン語で質問を受けたコーラ監督は米メディアにとっても知りたい内容ではないかと感じたときには、監督自ら、スペイン語で答えた後に英語で説明する。「ひとり逐次通訳」をすることも珍しくない。

  昨季のブルージェイズでも似たようなことがあった。スペイン語で記事を書いている記者が他のメディアに対して英語で質問の意味を前もって説明し、モントーヨ監督にはスペイン語で質問をして、スペイン語で答えてもらっていた。

 ぺペンさんも、スペイン語メディアの記者も、ズーム会見では、いつも質問するタイミングを図っている。まず、英語のメディアに先に質問してもらい、一通り終わったかのようなところで画面越しにスペイン語で質問を投げかける。

 ラテン系の選手が2割以上を占め、監督の母語がスペイン語であっても、メジャーリーグは米国のスポーツ組織。英語で仕事をする米メディアへのリスペクトであると同時に、米国ではマイノリティであるスペイン語話者の現実であるともいえるだろう。

 監督や選手の母語による生の声を、同じ言語を使って生きる人に伝えたい。スペイン語メディアで働く人たちは、今日も奮闘している。

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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