NBAは、2020年のセサミ・ストリートか

(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

今春、新型コロナウイルス感染予防のため、ほとんどのスポーツイベントが中止された。アスリートたちも自宅に籠らざるをえなかったが、彼らは家でできるように工夫したトレーニング動画をSNSで共有してくれた。それを見せてもらいながら、体を動かす日々が続いた。

バーチャルは、実際に集って何かをすることにはかなわないかもしれない。それでも、画面越しに話したり、トレーニングをしたりするのは、私にとっては、明らかにあったほうがよく、救いになり、慰めになった。

子どものスポーツ産業では、ネット環境と端末があれば、遠隔からでもコーチを受けられるサービスが急激に需要を伸ばした。この半年あまりで、画面越しに対話し、何かを教えてもらうことは、もはや当たり前になったといえるのではないか。

今日、開幕するNBA(米プロバスケットボール)は、子ども向けのJr.NBAを展開している。Jr.NBAは、250以上の練習向け動画を制作してホームページ上で無料公開。これは新型コロナウイルスが発生する以前の2017年からスタートしたものだ。大量の動画を提供するだけでなく、どのようなレベルからはじめたいか、レベルごとにどのような練習をすればよいのか、特定のスキルを身につけるにはどのような練習方法があるのかなどを体系立てて配置している。それほどバスケットボールに詳しくない大人でも、練習内容を組み立てられるだろうし、小学生でも高学年以上ならば自分で練習の動画を選んでくることもできるだろう。

新型コロナウイルスによる外出制限が始まってから今春には、Jr.NBA at Homeもスタートさせた。憧れのNBA,WNBA選手らが自宅や家のガレージなどを使っての練習を紹介している。 シルバーコミッショナーは、新型コロナのために制作したバーチャルプログラムは今後も維持していく方針だという。

Jr.NBAのホームページを見たときに、私は「2020年のセサミ・ストリート」ではないか、と感じた。

ご存知の方も多いだろうがセサミ・ストリートは、1969年にスタートした米国の公共放送による子ども向け番組だ。番組の目的のひとつは、就学前教育。低所得であったり、英語を母語としない移民の親のもとで育つ子どもは、英語での就学前教育を十分に受けられないことがある。しかし、低所得世帯でも、移民世帯でも、多くの家庭はテレビを持っていることが分かり、それならば、テレビから流れる無料のセサミ・ストリートを楽しんでもらうことで、就学前教育の代わりにしようとした。

Jr.NBAの動画を見るには、インターネット環境と動画を見るための端末が必要で、その二つが全ての子どもに行き届いているわけではない。それを用意できない地域、世帯の子どもが不利であることには変わりはない。しかし、逆に言えば、通信環境と端末さえ整備できれば、身近にバスケットボールの指導ができる大人がいなくても、子どもたちは体系立った学び、技術の習得の機会が与えられている。

私には米国ミシガン州の公立高校に通う子どもがいるが、春先に全面的にオンライン学習に切り替わったとき、通信環境と端末を持たない子どもに、学校側が無料で貸し出すことで乗り切った。 また、ビジネスモデルとしては、端末の値段を抑え、有料のコンテンツを大量に買ってもらうことで収益を上げている業者もある。

通信環境と端末さえ用意できれば、コーチから直接に教えてもらう機会のない子どもにとって、Jr.NBAのプログラムは、持たざるものの武器になるのではないか。50年以上前にセサミ・ストリートがテレビさえあれば、就学前教育を受けられると考えたのと同じように。

日本の公立校の運動部には、その種目への関心や経験のない教員が、仕方なく顧問を引き受けなければいけないというミスマッチ問題がある。けれども、ユーザー自らが順を追って練習内容を決めることができ、ひとつずつお手本の動画を見るという仕組みがあれば、生徒たちだけで練習計画を立て、実行することの手助けになるだろう。バスケットボールに関心や経験のない教員は、文字通りの「顧問」として、生徒たちが安全ガイドラインの範囲内で活動しているかだけを見守る。そんなことも可能になるかもしれない。

バーチャルなコーチは、リアルなコーチを越えられないかもしれないし、簡単に越えてほしくないような気もする。

しかし、運動部活動の目的のひとつが、生徒が主体的に活動することを学ぶ場なのだとしたら、バーチャルなコーチ(怒鳴ったり、叩いたりしない)が提供する材料から、自分たちで練習する計画を立てることを学べるのではないか。

どこの組織がNBAのようなプログラムを無料で提供できるのか、という壁はある。それでも、子どもたちが小さいうちから、コンテンツに長く親しむことを計算して、長期的にコストを回収していくことを考えて、何とか予算をねん出できないだろうか。

NBAだって、単なる慈善事業ではなく、ネット環境と端末を持つ世界中の子どもたちに、小さいうちからNBAブランドに親しんでもらうことの大きなメリットを計算したうえでの展開であるだろう。