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男性のプロアスリートに「産休」は必要か。

谷口輝世子スポーツライター
(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

 ワールドシリーズ第7戦。ナショナルズのダニエル・ハドソンがアストロズのマイケル・ブラントリーから最後のアウトを取った時、ちょっとほっとした。

 

 ナショナルズに肩入れしていたわけではないのだけれども、あの話が蒸し返されることはないだろうと思ったからだ。

 

 ハドソンはカージナルスとのナ・リーグ優勝決定シリーズの第1戦を休んだ。3人目の娘の誕生の瞬間に立ち会うためである。メジャーリーグの産休制度をポストシーズンでも利用した初めてのケースだったが、短期決戦のうちの1試合を休むか、上の娘たちとともに出産に立ち会うか、全く迷わなかった。「子どもが生まれてくるというのは、この世で最も祝福すべきことだ」と話した。

 だからといって、仕事はどうでもよいと考えていたわけではない。ドジャースを地区シリーズの第5戦目で破って、ナ・リーグ優勝決定シリーズ進出を決めたとき、ハドソン夫妻は「出産日をいつにするか」を話し合った。第5戦のあったロサンゼルスから、自宅のあるアリゾナ州フェニックスは遠くはない。地区シリーズ第5戦終了後にハドソンはフェニックスへ戻り、そのタイミングで陣痛を誘発させて、出産に立ち会う。そして、セントルイスでのナ・リーグ優勝決定シリーズ第1戦に間に合うようにチームに合流するというプランであった。

 陣痛を誘発しても、出産までに時間がかかることがある。ハドソン家の三女はゆっくりと生まれてきた。だから、第1戦に間に合わなかった。

 ほとんど眠らずに第2戦にかけつけたハドソンは、試合前の会見で米国人記者から「議論もありますが」という内容の質問を受けた。議論とは、マーリンズの元社長が「母体か赤ちゃんの健康に問題があるときだけ(休みの)理由になるが、そうでないのなら彼はすぐにセントルイスに行かなくてはいけない。言い訳はできない」とツイートしたことなどを指していた。

 ハドソンはこれまでにトミー・ジョン手術といわれる肘の手術を2度受けている。今年は2月にエンゼルスと契約するも、3月にリリースされ、その後、ブルージェイズと契約。7月にトレードでナショナルズに移籍した。そんな苦労もあってか、外野の「議論」から距離を置き、自分の人生の優先順位をはっきりさせた。

 選手本人と子どもを出産する母親が出産に立ち会うことを決め、チームがその決断をサポートしたならば、第三者がとやかくいう話ではないだろう。逆もしかりではないだろうか。選手と出産する女性が、立ち会わずに野球の試合に出場することを選んだのならば、他人が「立ち会うべき」などと口を挟むのは慎むべきだと私は思う。

 メジャーリーグは2011年から産休制度を導入している。2011年以前にも、出産に立ち会うために試合を休む選手はいたが、チームは通常よりもひとり少ない24人で戦わなければいけなかった。制度ができたことにより、選手が出産立ち会いのためにチームを離れるときは、3日間まで、40人枠に入っている選手から1人をベンチに加えることができるようになった。

 ハドソン以外にも出産に立ち会うためにポストシーズンを休んだ選手はいる。2015年当時ブルージェイズでプレーしていたピッチャーのアーロン・ループだ。レンジャーズ戦のア・リーグ地区シリーズの途中で、妊娠26週だった妻が破水したため、試合を休んだ。赤ちゃんはロイヤルズとのア・リーグ優勝決定シリーズ中に誕生。この時、ポストシーズンでは、まだ産休制度が導入されていなかったのだが、ループの事例をきっかけに、ポストシーズンでも産休で選手が抜けたときは、代わりの選手を加えることができるようになった。そして、今年のハドソンがポストシーズン産休取得の第一号になったというわけだ。

 メジャーリーグ以外の米国4大プロスポーツでも、出産に立ち会うために試合を休む選手はいる。しかし、NFL、NBA、NHLでは現時点でリーグとしての産休制度はない。

 メジャーリーグはレギュラーシーズンだけで162試合ある。しかし、NFLは試合は週に1度であり、レギュラーシーズンは17試合。試合を休まずに出産に立ち会うことは、メジャーリーグの選手よりも難しくはない。NBAとNHLは半年間のレギュラーシーズンに82試合ある。陣痛を誘発させるなどでタイミングを図っても、試合のない日に生まれてくるかはギリギリといったところだろうか。

 労使協定で産休制度を利用する権利を保障されれば、「立ち会いたいが、監督やヘッドコーチに言い出せない」というケースは減るだろう。メジャーリーグと同様に産休でチームから選手が欠ける場合は、補充できるようにするのが妥当だと思う。

 男性のプロアスリートは、女性のアスリートと違い、試合を休まなくても彼の子どもは生まれてくる。身体的な面だけを見れば…。プロのアスリートという職業であるがゆえに、出産に立ち会えない状況を受け入れなくてはいけないのか、それとも他の労働者に与えられている権利ならば、プロアスリートにも適用されるべきなのか。ちなみにNFLの選手には正式な産休制度はないが、NFL機構の職員は男性でも産休を取得できるそうだ。

 

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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