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米国アメリカンフットボールのタックル禁止法案の行方

谷口輝世子スポーツライター
(写真:アフロ)

 今年の年明けから春先にかけて、アメリカンフットボールの本家とも言える米国で、州の法律によって、一定の年齢になるまでアメリカンフットボールのタックルを禁止しようという動きがあった。

 以下の州で次のような法案が提出された。

 1月 ニューヨーク州 12歳以下のタックル禁止。

 1月 イリノイ州 12歳以下のタックルを禁止。

 2月 カリフォルニア州 タックルのあるアメリカンフットボールに年齢制限。

 2月 メリーランド州 14歳以下のタックル禁止とサッカーのヘディング制限。

 3月 ニュージャージー州 12歳以下のタックル禁止。

 5月時点では、法案取り下げ、否決した州もあり、まだ、成立した州はない。

 イリノイ州 法案取り下げ。

 カリフォルニア州 法案取り下げ。

 メリーランド州 法案否決。

 ニュージャージー州とニューヨーク州は、否決も可決も取り下げもされていない。

 

 法案が否決されたり、取り下げられたりしても、幼い子どもにタックルをさせず、腰につけたフラッグを奪うことでタックルの代わりとする、フラッグフットボールを推奨する流れは続いている。

 なぜ、このような法案が提出されたのか。それは、NFL米国プロアメリカンフットボール選手と慢性外傷性脳症(CTE)との関係が明らかになってきたからだ。

 アメリカンフットボールのプレー中に、脳震盪を含む頭部への衝撃を繰り返し、受けることによって、慢性外傷性脳症を引き起こす可能性のあることが分かってきた。慢性外傷性脳症は、記憶障害、気分障害、認知症の症状が出る進行性の疾患だ。

 アメリカンフットボールは米国で最も人気のあるスポーツ。激しいぶつかり合いで大観衆を沸かせ、倒れても立ち上がってファンを熱くした選手が、引退後に慢性外傷性脳症に苦しんでいた。

 良識ある大人ならば、子どもたちが数十年後に苦しむかもしれないリスクをできるだけ避けたいと願うのは当然のこと。しかし、アメリカンフットボールのぶつかりあう魅力、作戦の妙、見ごたえある選手のパフォーマンスなど、簡単には手放せない。子どもたちの脳にどのような影響を与えるか、科学的に解明されていない面もあるとはいえ、いかに危険要因を取り除くかが、アメリカンフットボールの今後にかかっている。

 米国では、タックルを年齢で制限する法案が提出される以前から、法によって、スポーツ時の脳震盪と頭部衝撃から子どもを守ることは、なされている。

 各州の法で、学校や子どものスポーツ団体は、子どもと保護者に、脳震盪の危険について啓蒙し、情報を提供しなければいけないと定めている。また、スポーツ指導に携わる人にも脳震盪について学ぶよう義務付けている。

 脳震盪が疑われる場合は、ただちに練習や試合から退かせ、医療従事者の診断を受けさせる。脳震盪と診断されたら、プロトコルに従って復帰まで段階を踏んだトレーニングをしていくことも浸透してきた。

 脳震盪の情報提供を義務付ける州法をさらに強化しようと踏み込んだ議員たちの思いが、12歳以下、14歳以下のタックル禁止法案という形になって表れたのだろう。

 私は、脳震盪の情報提供の義務付けがあるので、法律でタックルを禁止する必要はないと思っている。それに、タックルの代わりにフラッグフットボールや他のスポーツ種目を選ぶ自由は常に保護者と子どもに与えられている。身体の小さいうちに、安全なタックルを身につけたほうがよいという考え方もある。頭部に衝撃を受けやすいスポーツはアメリカンフットボールだけではない。サッカー、スケートボード、スノーボード、アイスホッケーなどの種目も当てはまる。アメリカンフットボールのタックルだけを法で規制しても、全ての子どもを守ることにはならないと思う。

 しかし、正直な気持ちを吐露すると、私にはコンタクトスポーツをする子どもがおり、頭を打ったと聞けば、数十年後、子どもが後遺症に苦しむのではないか、と不安を感じることもある。年少者のタックルが法で禁止されれば、このような漠然とした不安から逃れられるのではと思わないこともない。

 今、米アメリカンフットボール界には、リスクを減らしていかなければ、競技人口を維持し、ファンをつなぎとめていくことができないという危機感がある。カリフォルニア州では州法で、高校アメリカンフットボールでのタックルの練習時間を制限。その他にも安全なタックルやプレーを身につけるために、あえてヘルメットを外して練習する方法などが研究されている。安全意識は高まっており、悪質な反則タックルは、競技の存続にかかわってくる。だから、法によってタックルのあるアメリカンフットボールを制限するという法案の提出そのものは、それほど、違和感は感じなかった。

 違和感はなかったが、ひとつの疑問が浮かんできた。アメリカンフットボールと直接に関係ないことは重々承知のうえだが、州法でタックルを禁止してまで、子どもを守ろうとするのに、なぜ、米国は銃の規制をもっと強化して、子どもを守らないのだろうか、ということだ。

 5月下旬、インディアナ州の中学校で発砲事件が起きたとき、アメリカンフットボールの競技経験者である教員が銃を持った人間にタックルをして、子どもたちを守ったという。4月にもワシントン州の高校で、高校生が発砲したときに、社会科の教員がタックルをして、ケガ人を出さなかったそうだ。

 一定の年齢に達するまでタックルを禁止する法案を提出した議員の信念は十分に理解できる。けれども、タックルのあるアメリカンフットボールをしない選択肢は保護者と子どもに常に与えられている。学校で発生する銃撃の被害は、個人の意思と選択で避けられるものではないのだから。

 

 

  

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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