野茂英雄氏と、メジャーリーグのグローバリズム時代。

(写真:ロイター/アフロ)

先日、米スポーティングニュース誌電子版が「野球史で最も重要な人物40人」を発表し、野茂英雄氏が37位で選出された。

1位はベーブ・ルース。

ルースはメジャーの本塁打記録を作り、そのホームランによってメジャーリーグで最初のマーケティングシンボルになった。

2位はジャッキー・ロビンソン。

1947年にアフリカ系米国人のロビンソンが人種の壁を破ってドジャースと契約。後の米国公民権運動に先駆けとなるものだった。

3位はケネソー・マウンテン・ランディス。

メジャーリーグの初代コミッショナーで、「ブラック・ソックス事件」で八百長行為にかかわった8人に永久処分を科し、その後も野球から賭博を排除することに尽力した。

スポーティングニュース誌が選出した40人は、野球史のひとつの時代を作った人物たちだ。メジャーリーグに統計学的評価の概念を与えたビル・ジェームス氏は13位、側副じん帯再建術「トミー・ジョン手術」を生みの親であるフランク・ジョーブ博士は14位だった。

同誌は野茂氏について「村上雅則氏以来の日本人メジャーリーガーとして、イチロー、松井秀喜、ダルビッシュ有ら、日本選手のメジャーリーグ入りに道を開いたパイオニアとなった」と選出理由を述べている。

野茂氏は日本選手たちにメジャーリーグ入りの道を開いたパイオニアであるだけでなく、「メジャーリーグのグローバルビジネス時代」を象徴する選手でもあった。

1994年のオフ、近鉄に在籍していた野茂氏がメジャー移籍希望を表明した時、私はスポーツ紙に入社したばかりの1年目の記者だった。前例のない事態を把握して報道しようと懸命な上司や先輩の最後尾から、ことの成り行きを眺めているだけだった。

それでも、野茂氏が力のある投手であると同時に、とても意志の強い人であることは十分に分かった。球史に稀にしか登場しない選手であり、人だったからこそ、日本のプロ野球から飛び出してドジャースと契約できたと思う。

私は1998年に米国に仕事の拠点を移し、それから数年間、メジャーリーグ側から日本人メジャーリーガーの存在を捉えようとしていた。

そして「野茂氏がメジャーでプレーをし始めた1995年、メジャーリーグ側も日本からの選手と契約する時機に到達していた」という考えに至った。なぜ、そのように考えたのか。

日本よりもはるかに多くの選手をメジャーリーグに送り出しているドミニカ共和国やベネズエラについて調べた。

ドミニカ共和国出身者のメジャーリーガーの人数をメジャー昇格した年度で調べると以下のようになる。

1950年代   2人

60年代    22人

70年代    38人

80年代    64人

90年代    155人

2000年代   213人

ベネズエラ出身者は以下の通り。

1930年代   1人

40年代    1人

50年代    4人

60年代    10人

70年代    10人

80年代    28人

90年代    62人

2000年代   130人

(baseball-reference.comを利用してカウント)

ドミニカ共和国出身とベネズエラ出身のメジャーリーガーは、80年代から90年代にかけて2倍以上に増えていることが分かる。

この背景を次のように考えた。

1、米国とキューバの国交断絶でキューバから選手を獲得できなくなったこと。

2、メジャーリーグでは1976年から選手がフリーエージェント権を行使できるようになったこと。

選手がフリーエージェント権を行使すれば、だんだんと獲得競争が始まり、年俸が高騰していく。各球団は年俸を抑え、よい選手を獲得するにはどうしたらよいのかと戦略を練る。その答えのひとつがラテンアメリカから素質のある少年たちを安い値段で獲得することだった。(ここ最近は、少年たちの獲得競争が激化しており、ラテンアメリカの少年選手たちも高い契約金を得られるようになっている)

この戦略こそ、メジャーリーグのグローバリズムと言えるのではないか。

日本人の野茂氏と契約した背景には、1と2に加え、もうひとつの要因があった。

3、90年代、NBAがスーパースター、マイケル・ジョーダンを全面に押し出し、通信技術の発達とともに米国以外の国からもファンを獲得することにも成功し始めていた。

94年半ばからのストライキでファン離れを懸念したメジャーリーグもNBAの成功を追いかけたかったに違いない。その目論見通りか、メジャーリーグは、経済力のある日本から野茂氏を迎えることで、日本のメジャーリーグファンを増やした。

野茂氏との契約を決めたドジャースには80年代にメキシコからフェルナンド・バレンズエラ投手と契約することで、メキシコのファンを得るという成功体験があった。しかも、ジャッキー・ロビンソンとともに人種の壁を破った球団でもある。

今年は英国がEUから離脱し、米国ではトランプ氏が大統領選で勝った。どちらも、反グローバリズムのうねりと大きく関係していると見られている。

だからといって、メジャーリーグやファンが外国出身選手を排除することはない。メジャーリーグのファンは米国外で育成されたことによる異質さと優秀さを兼ね備えた選手をいつも待ち望んでいる。それが、野茂氏であり、イチローであり、数年後には日本ハムの大谷がその需要を満たすことになるだろう。

その一方で、メジャーリーグ機構は国際ドラフトの導入を労使交渉のテーブルにあげている。高騰しているラテンアメリカのトップ選手の獲得コストを抑えようとしている。また、メジャーリーグ機構は、日本からポスティング制度で選手を獲得する場合の譲渡金の上限も設定した。“グローバルな大企業”であるメジャーリーグと、”サプライヤー”である他国の野球界との関係はどのように変化していくのか。

(ちなみにメジャーリーグ機構は野茂氏がドジャースと契約した1995年から開幕ベンチ入りに占める外国出身選手の人数と割合を発表するようになった。98年の開幕時には外国出身者は全体の20%を占め、2005年には29.2%に達した。05年以降はほぼ横ばい)

どこまでがグローバリズムの影響なのか、私には分からないが、この20年間に米国内の経済格差はさらに広がった。低所得世帯にとって、メジャーリーグ観戦は手軽な娯楽ではなくなった。貧困に苦しむ家庭では、子どもを野球チームに入れるだけの費用を捻出することさえ、簡単なことではない。そういえば、米国人の若い選手で、貧しさからスーパースターにまで這い上がってくるような人が減ったような気もする。その穴を外国出身の選手が埋めていると言えるかもしれない。(こういった負の側面は、もちろん、野茂さんには何の関係もないことだ)

時代は大きく転換しつつある。プロスポーツであるメジャーリーグは社会の動向とは無縁ではいられない。これからどのような時代が到来するのか。その象徴となるのは、どのような選手なのだろうか。