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「体罰」を告発した学生選手は、いかにツイッターを使ったのか。

谷口輝世子スポーツライター
(写真:ロイター/アフロ)

残念なことに、米国の学生スポーツでも一部の指導者が虐待的な指導をしている。過去には、選手が撮影した動画によって不適切指導が明らかになったケースもあった。

激しく罵る、深刻なケガをしているのにも関わらず練習や試合出場を強要する、ボールをぶつけるなどだ。

米国の強豪校の運動部に入ってくる学生は、競技成績優秀者に与えられるアスレチックスカラシップ(奨学金)を得ている者が少なくない。彼らは、この奨学金によって、私立高や大学の高額な授業料を全額または、部分的にまかなっている。奨学金によって学校でスポーツする機会を得て、さらにプロ入りへの夢を追いかけるのだ。

しかし、プロ入りの夢と、学業と運動の両立のために与えられた奨学金は、稀に指導者から選手への脅しのツールに使われることがある。

コーチの指示に従わないと、プロのスカウトに悪い評判を流すことをほのめかす。退部することは奨学金の打ち切りを意味しているとして、退部やコーチへ異議を唱えることを踏みとどまらせる。

昨年5月、米国学生スポーツのダークサイドにひとりで立ち向かった青年がいた。イリノイ大学アメリカンフットボール部のスターだったサイモン・ツヴィヤノヴィッチ選手がツイッターでコーチの不適切な指導を告発したのだ。

彼は名前と大学名を明らかにして「ツイッターは私のメディアです」とし、ケガのために選手生活続行を断念して、チームを離れた後に一連のツイートを始めた。ツイートの内容は以下のようなものだ。

同大学アメフト部のティム・ベックマンコーチが深刻なケガの報告を無視していたこと。奨学金で選手たちを操ろうとしていたこと。

また、虐待的指導を告発することは「弱々しいこと」で「チームプレーヤー」として避けるべきという考えがカルチャーとしてあること。

アメフト部がライセンスのないアスレチックトレーナーを雇用し、選手の身体を軽視していることなどを綴り、投稿した。

ツヴィヤノヴィッチさんのツイートに、地元シカゴの新聞が取材を始めた。Ex-Illini Simon Cvijanovic accuses Tim Beckman, football staff of mistreatment

メディア報道を受け、同大学の全運動部を統括するマイク・トーマスアスレチックディレクターが「調査をする」と発表したが、アスレチックディレクター当初はコーチ寄りでツヴィヤノヴィッチさんの思い込みと捉えていたようだ。

しかし、かつてアメフット部に在籍していたピーター・ボナホームさんが「彼は今、真実を語っている」と援護ツイート。

トレド大学でベックマンコーチの指導を受けた元キッカーのアンドリュー・ウェバーさんが「私たちも全く同じ問題を抱えていた。立ち上がってくれたことに感謝する」とツイートした。

2015年9月28日号のスポーツイラストレイテッド誌によると、この実名アカウントによる援護ツイートがあった辺りから流れが変わり始めたという。シカゴの地元紙がケガをしたときに奨学金の打ち切りをほのめかされた選手が他に6人いたと報道したことも大きかった。

全米大学体育協会NCAAはイリノイ大学に対して、より詳しく調査するために、学内ではなく、外部の第三者によって調査を行うよう要求。

最初のツイートから3カ月あまり。アメリカンフットボールシーズン開幕直前の8月下旬に、イリノイ大学は、ベックマンコーチが医療従事者の判断に介入し、ケガをしていてもプレーするよう選手に重圧をかけたとして、同コーチの解任を発表した。Illinois fires Tim Beckman one week before season amid external review

ツヴィヤノヴィッチさんのツイートは一歩間違えれば、ただの思い込みやコーチへの単なる個人攻撃として葬り去られる危険もあった。

しかし、ツヴィアノビッチさんのツイート、それを裏付ける援護ツイートと、それを取り上げて追加取材をした報道、全米大学体育協会NCAAから大学へのより詳しい調査の要求によって、不適切指導が炙り出された。

ツヴィヤノヴィッチさんが選手を辞める決断をした後だったからこそ、ツイートを続けることができたのかもしれない。

学生選手にとってはSNSは使い方次第。

過去には運動部の学生が不適切なツイートをして試合出場停止処分を科されたこともある。

しかし、ツヴィヤノヴィッチさんは短い言葉で、大学スポーツを変えていこうと訴え続け、非常にうまくツイッターを利用した。

米国は日本よりも自分の意見を発言しやすい社会だと筆者は感じる。しかし、ツヴィヤノヴィッチさんの宛ての返信ツイートには「勇気を出してよくやってくれた」などの賞賛の言葉が並んでおり、ひとりの学生が大人である指導者に立ち向かうことの困難や、彼が発言し続けたことの重みを表しているように思う。

ツヴィヤノヴィッチさんのツイッターアカウント @IlliniSi

スポーツライター

デイリースポーツ紙で日本のプロ野球を担当。98年から米国に拠点を移しメジャーリーグを担当。2001年からフリーランスのスポーツライターに。現地に住んでいるからこそ見えてくる米国のプロスポーツ、学生スポーツ、子どものスポーツ事情をお伝えします。著書『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかーー米国発スポーツペアレンティングのすすめ 』(生活書院)『帝国化するメジャーリーグ』(明石書店)分担執筆『21世紀スポーツ大事典』(大修館書店)分担執筆『運動部活動の理論と実践』(大修館書店) 連絡先kiyokotaniguchiアットマークhotmail.com

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