もうひとつの競技場問題。運動部と教育費のアンバランス。

(写真:アフロ)

今夏、2020年の東京オリンピック・パラリンピックの会場となる新国立競技場の計画は、高すぎる工事費が問題視されて旧計画が白紙撤回された。膨れ上がった巨額な工事費は税金の使われ方として適切ではないと多くの人が感じたことだろう。

立派な高校生用競技場

スポーツ大国のアメリカでも、競技場の建設費が税金の使われ方として適切かどうかが疑問視されている事例がある。オリンピック・パラリンピックやプロスポーツではなく、高校のアメリカンフットボール部のためのスタジアム建設予算だ。

テキサス州ヒューストンに近いケーティでは5800万ドル(約69億7500万円)の費用で、7つの高校が使用するアメリカンフットボールの競技場を建設することを決めた。1万2000人収容で、大きな電光掲示板がつくという。もともとは7000万ドル(約84億円)の予算で1万4000人収容の計画だったが、工事費がかかり過ぎることから納税者の合意を得られず、現在の計画となった。

テキサス州アレンには2012年に約6000万ドル(72億1000万円)をかけた高校運動部用の競技場が建設された。しかし、安全基準が満たされていないとして、さらに数万ドル以上をかけて改修工事を行っている。

教育と運動部活動の費用のバランスは

立派な競技場がオープンする一方で、建設費に使われた公費を教科教育予算に充てたほうがよいのではないかという反対意見もあることはある。

高校生用のアメリカンフットボール場の建設費とは別件ではあるが、いくつかの調査や報道が公立中学や高校の運動部予算と教科教育予算のアンバランスを指摘している。

2011年、テキサス州プレモント市では、財政難と学業成績が振るわないことからプレモントの公立校が閉校になる危機に瀕していた。2013年のアトランティック誌10月号The Case Against High-School Sportsによると、プレモントでは財政難のため、市内公立校の教職員数を削り、中学生を高校の校舎に移し、小学校の図画工作と音楽の専任教員を雇用できない状態にあった。その一方で、高校の運動部はアンタッチャブルな存在になっていて、縮小を検討されることがなかったという。

アメリカンフットボール部には一人あたり1300ドルの費用がかかっているのに、算数・数学には1人あたり618ドルしか費やしていないことが判明。教育長は、学校を存続させるために、ほとんどの運動部を一時的に休部するという荒療治を行った。

当然のことながら、運動部の生徒や保護者は休部のニュースに混乱。他校へ転校していく生徒も少なくなかった。プレモント高校に残った生徒は体育館でクラス対抗のスポーツをしたり、週末に学校外のスポーツに参加していたようだ。多くの運動部を休部するという犠牲を払ったが、15万ドルという金額を教科教育にまわすことができたという。

プレモント市だけではない。Educational Economics(Marguerite Roza, Urban Institute Press 2010)という書籍でも、米国太平洋岸北部の公立学校で、数学の予算が生徒1人あたり328ドルであるのに対し、チアリーディング部では1人あたり1348ドルの費用がかかっていると指摘された。

プレモント市では閉校の危機が回避され、現在ではいくつかの運動部は活動を再開した。しかし、最大の人気種目であった高校アメリカンフットボール部は休部中。同市の中学校では、保護者たちがインターネットやソーシャルネットワークサービスで、アメリカンフットボール部再開のための寄付を呼び掛け、1万ドル近くを集め、今年9月から7年生(中1)と8年生(中2)で編成したアメリカンフットボール部が活動を開始した。

税金の使われ方からも運動部活動のあり方を探る

運動部活動は生徒に多くのメリットがあるとされている。しかし、公教育や義務教育の場で、参加する生徒しか恩恵を受けられない運動部活動の費用のために、学習に必要な予算が削られるのは本末転倒だろう。

日本の運動部活動でも、限られた予算、限られた教員の労働時間をどのように使うかについてより議論されるべきだろう。部活動の指導で教員が疲弊して、教科指導に悪い影響が出ているのであれば、教員にかかる人件費を活かし切れていないことになる。

一般的な保護者は、家計のなかに占める教育費や塾や予備校などの費用には敏感になっていても、公立の中学校や高校が子どもの教育のために、どの分野にどの程度の費用をかけているのかは把握できていないのではないだろうか。税金の使われ方という視点からも、運動部活動のあり方を考える必要があるように思う。