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人気投票、おひねり、ライブ配信……。Fリーグに新風を吹き込むY.S.C.C横浜の企画力。

北健一郎スポーツジャーナリスト
元フットサル日本代表の稲葉洸太郎がプレーする/Y.S.C.C.横浜

 今、日本のフットサル界で異彩を放っているチームがある。Y.S.C.C.横浜。2018シーズンから新設されたFリーグのデイビジョン2、通称F2に新規参入を果たした。

 12節を終えて首位に立つチームが掲げるのは「プログレッシブ(革新的)」。スローガンの通り、ピッチ内外で積極的な仕掛けを行って、ファンを楽しませている。

人気投票型チケットセールス

毎試合チケットの個人売り上げランキングが発表される/Y.S.C.C.横浜
毎試合チケットの個人売り上げランキングが発表される/Y.S.C.C.横浜

 Y.S.C.C.横浜の仕掛けはチケットを買うところから始まっている。

 スポーツ界ではおそらく初の試みとなる「指名制チケット」。これはチケットを購入する際に「誰から買うか」を入力して申し込み、どの選手がどれだけ売り上げたかをランキングで発表するというもの。

 毎試合、人気投票を行っているといえばわかりやすい。しかも、チケットの売り上げに応じた額が還元されるため、選手たちは自分のSNSなどで購入を積極的に呼びかける。

 ホームアリーナの平沼記念体育館では、応援グッズを無料で貸し出している。初めて見に来たライトなファンでも、チームカラーである水色のメガホンを片手に応援できる。

 キックオフ前には、横浜にゆかりのある著名人の始球式と横浜市歌の斉唱。ちなみに、選手たちのシューズを赤で統一しているのは、横浜の名所である「赤い靴はいてた女の子像」をイメージしたものだ。

試合中はMCやマスコットが常に盛り上げる/Y.S.C.C.横浜
試合中はMCやマスコットが常に盛り上げる/Y.S.C.C.横浜

 試合中はMCがノンストップで実況中継し、DJが音楽をかけてムードを盛り上げる。サポーターの応援とあいまって、アリーナが静かになっている時間は皆無だ。

 試合後にも、Y.S.C.C.横浜ならではの光景がある。選手によるお見送りの際に、観客がお目当ての選手や、その試合で活躍したと思った選手に「ポチ袋」を渡している。歌舞伎のおひねりをイメージしたシステムで、それも選手の収入になる仕組みだ。

 ホームゲームは全試合フェイスブックでライブ配信を行なっている。1台のカメラによる簡易的な映像だが、試合を見に行けない人にとってはありがたいだろう。

 チケットダービー、グッズ貸し出し、おひねり、ライブ配信……。積極的な企画が実って、観客席数は400人ほどとコンパクトながらも、ほとんどの試合でチケットは売り切れ、スタンドは異様な熱気に包まれている。

仕掛け人はIT経営者の顔を持つGM

ホームアリーナのスタンドがは水色に染まる/Y.S.C.C.横浜
ホームアリーナのスタンドがは水色に染まる/Y.S.C.C.横浜

 新しいチャレンジを行うクラブを牽引しているのがGMを務める渡邉瞬だ。企業のオフィスへ野菜を配達するサービスを展開する「OFFICE DE YASAI」の取締役の顔を持つ、35歳は言う。

「また行きたいな、楽しいなと思ってもらえるようにやっています。フットサルもビジネスも、サービスを作ってお客さんに喜んでもらうところは共通しています」

 もともと、渡邉は神奈川県リーグのNUファンターズでプレーしていた。NUファンターズは2013年にY.S.C.C.横浜のフットサル部門と合併。監督を経て、Fリーグ参入にあたって、GMに就任した。

 渡邉が常に意識しているのは「ユーザー目線」だ。プレー中にも関わらずMCがしゃべる、DJが音楽を流すという演出には一部から「試合を真剣に見たい」という批判が寄せられることもある。そうした声は理解できる一方で、今は“雑音”が必要だとも考えている。

「僕自身、フットサルが好きなので試合を見ていても飽きないんですけど、あまり見たことがない人に聞くと、試合をずっと見ていると飽きる、疲れるというんです。大事なのは、初めて来た人に楽しかった、また来たいと思ってもらうこと。そうしないと、広がりが生まれず、好きな人だけのものになってしまう」

 試合を盛り上げる“演出”はピッチの外にとどまらない。ピッチの中、つまりプレーの中身についても、監督や選手と「どうやって楽しませるか」を意見交換している。

 9月29日に行われた7節のデウソン神戸戦で象徴的なシーンがあった。試合終盤、2-0とリードしているY.S.C.C.横浜がパワープレーをしたのだ。GKをFP(フィールドプレーヤー)にしてゴールをガラ空きにして5人で攻めるパワープレーは、通常、リードされたチームがリスクをかけて点を取りに行くためのものだ。ただ、Y.S.C.C.横浜の考えは違う。

「2-0でリードしていて、試合がまったりしていたので、パワープレーをやって盛り上げようと。お客さんも、フットサルならではのものを見たいと思うんです。勝敗はもちろん大事なんですけど、エンターテインメントとして楽しんでもらう。監督ともそこは徹底的に話しています」

 そうしたファンを盛り上げる仕掛けはポジティブに作用している。元日本代表の稲葉洸太郎は昨シーズンまでF1のフウガドールすみだでプレーしていたが、怪我の影響もあって退団。次のクラブを探していたところ、渡邉からすぐにオファーをもらった。

「渡邉さんから、チームのビジョンとか、どんなことを仕掛けようとしているのかを聞いて、ちょっと面白そうだなと。大げさかもしれませんが、自分は『現状をぶち壊したい』というタイプ。このチームだったら新しい風を吹かせられるんじゃないかと思ったんです」

 日本代表としてフットサルW杯で日本人選手最多得点記録を持つレジェンドの表情は実に楽しそうだ。

「他のアリーナとは違うというか、すごく雰囲気がいい。ブラジルの体育館のような一体感があって、プレーしていても楽しいです。ウチは攻撃にしても守備にしてもアグレッシブにやるというのがあって、それはこのアリーナに引き出してもらっているところもある」

JリーグとFリーグの「兄弟ダービー」

攻撃的なフットサルでF2では首位に立っている/Y.S.C.C.横浜
攻撃的なフットサルでF2では首位に立っている/Y.S.C.C.横浜

 F2で首位に立ち、ホームアリーナは満員。それでも、「まだまだです」と渡邉に満足した様子はない。

「横浜には、たくさんのエンターテイメントがあります。スポーツだけに絞っても横浜F・マリノスさん、横浜FCさん、DeNA横浜ベイスターズさん、横浜ビー・コルセアーズさんがある。他のスポーツは僕らよりも当たり前のように面白いことをやっていますから」

 2007年にスタートしたFリーグは人気が伸び悩んでいる。トップカテゴリーであるF1でも平均観客数は1000人ほどで、アリーナには空席が目立つ。そうした中で、Y.S.C.C.横浜のアグレッシブな仕掛けは、先輩クラブにとっても大きな刺激になるのは間違いない。

「新参者だからこそ、どんどんアクションを起こしていきたい。アリーナだからこそできることを、やっていきたい。1日中楽しんでもらえる空間づくりを、どんどん仕掛けていきたい」

 Y.S.C.C.横浜は12月15日、ホームゲーム最終戦でボルクバレット北九州と戦う。この試合ではエキシビションマッチとして、JリーグのY.S.C.C.横浜とFリーグのY.S.C.C.横浜による「兄弟ダービー」が開催される。

 奇想天外なアイデアをどんどん仕掛けていくFリーグの革命児から目が離せない。

12月15日のホームゲーム最終戦でJリーグとFリーグの「YSダービー」が行われる/Y.S.C.C.横浜
12月15日のホームゲーム最終戦でJリーグとFリーグの「YSダービー」が行われる/Y.S.C.C.横浜

渡邉瞬(わたなべ・しゅん)

1983年11月3日生まれ。神奈川県横浜市出身。学生時代はY.S.C.C.横浜の前身となるNUファンターズでGKとしてプレー。大学卒業後、(株)日本能率協会コンサルティングでコンサルタントとして従事後、起業。企業のオフィスへ野菜を配達するサービスを展開する「OFFICE DE YASAI」を立ち上げる。 2013年にNUファンターズとY.S.C.C.横浜のフットサル部門が合併。監督を経て、Fリーグ参入にあたってGMに就任。

スポーツジャーナリスト

1982年7月6日生まれ。北海道出身。2005年よりサッカー・フットサルを中心としたライター・編集者として幅広く活動する。 これまでに著者・構成として関わった書籍は50冊以上、累計発行部数は50万部を超える。 代表作は「なぜボランチはムダなパスを出すのか?」「サッカーはミスが9割」など。FIFAワールドカップは2010年、2014年、2018年、2022年と4大会連続取材中。 テレビ番組やラジオ番組などにコメンテーターとして出演するほか、イベントの司会・MCも数多くこなす。 2021年4月、株式会社ウニベルサーレを創業。通称「キタケン」。

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