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東電が多核種除去設備を8年近く“試験”運転 「仮設」という指摘も

木野龍逸フリーランスライター
高性能多核種除去設備も使用前検査は未完(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 東京電力は、福島第一原子力発電所の汚染水に含まれる放射性物質のうちトリチウム以外の放射性物質を除去できるとしている「多核種除去設備」を、2013年2月の稼働開始から現在まで、試験運転のままで使用しています。法律に基づいた性能検査がいつ可能になるのか、見通しは立っていません。

既設ALPSが使用前検査を受けずに8年近く運転

福島第一原発には、多核種除去設備と名前のつく設備が3基あります。それぞれ「既設多核種除去設備」、「増設多核種除去設備」、「高性能多核種除去設備」と呼ばれています。

東電が8年近くも試験運転を続けているのは、このうちの「既設多核種除去設備(既設ALPS)」と呼ばれている汚染水の処理設備です。既設ALPSを通した後の水が、いわゆるトリチウム処理水です。実際にトリチウム以外のものが狙い通り告示濃度限度以下に除去できるかどうかは、東電が独自に確認中です。

原子力発電所では設備の仕様や性能について、原子力規制委員会が検査をして、検査の修了証を発行することで、本格的な運転ができるようになります。本格運転前の検査を、使用前検査と言います。

ところが、汚染水処理の要と言える設備のひとつである既設ALPSは、本格運転のために必要な性能確認に関する使用前検査を受けていません。既設ALPSは、2013年3月に試験運転が始まっています。

福島第一原発の作業は、「東京電力株式会社福島第一原子力発電所原子炉施設の保安及び特定核燃料物質の防護に関する規則」(平成25年原子力規制委員会規則第2号)という特殊な規則に基づいて原子力委員会が認可した、「実施計画」に沿って行われています。

実施計画では、例えば新設の工事や保守点検の計画、仕様や性能などが定められています。汚染水の貯蔵タンクも実施計画に沿って建設され、使用前検査を受け、供用されています。

でも既設ALPSの実施計画(2020年7月8日)を見ると、本格運転のために必須の性能確認のための使用前検査の記載がありません。代わりにあるのは、「汚染水を用いた通水試験(ホット試験)を実施している」という一文です。

【関連資料】

福島第一原子力発電所 特定原子力施設に係る実施計画

使用前検査が未完なのは「仮設の設備と同じ」

使用前検査が終了していないことについて、原子力関係者からは、「仮設の設備を運転しているのと同じ」と批判する声も聞かれます。

福島第一原発に3基ある多核種除去設備の稼働開始時期(PDF開きます)は、既設ALPSが2013年3月、増設多核種除去設備が2014年9月、高性能多核種除去設備が2014年10月です。

このうち増設多核種除去設備は、2017年10月に除去性能確認のための使用前検査が終了し、10月16日から本格運転しています(PDF開きます)。

増設多核種除去設備の実施計画を見ると、使用前検査のひとつである性能の「確認試験」を行ったことが記載されています。

残る2つのうち高性能多核種除去設備も使用前検査が終わっていませんが、トラブルが多いこともあってあまり稼働していません。けれども既設ALPSは稼働時間も長く、汚染水処理系統の中でも主要な役割を担っています。

原子力規制庁は筆者の取材に対し、これほどの長期間の試験運転は「通常であれば認められない」としつつ、「福島第一は(高濃度汚染水の)リスクを早く下げることが優先なので、今までは試験運転の中で(汚染水の)処理を進めていた。違法ということではない」と説明しています。

そして多核種除去設備で処理したあとのトリチウム水の処分方法が検討されている中で、「タンクに貯めておく分には濃度基準はないので構わないが、今後、処分方法が決まれば見ていく必要はある」という認識を示してます。

使用前検査がいつできるのかは見通しなし

ただ、東電は実施計画で、除去性能を確認する使用前検査の計画を示していないので、検査を終えて本格運転に移るのがいつになるのか、見通しは立っていません。

資源エネルギー庁原子力発電所事故収束対応室の奥田修司室長も、使用前検査がいつできるか、明確な回答はありませんでした。

ところでトリチウムを含む放射能含有水については、運転している原発や核燃料の再処理施設からも多量に放出されているという声も出ています。けれども使用前検査をしていない試験運転の状態の設備から放出している例は、「ないのではないか」(前出・奥田室長)とのことです。

現在、トリチウム水の処分方法が注目を集め、経済産業省は海洋放出を念頭に置きながら地元への説明を続けています。最終的には関係者すべての合意がないままの放出もありえる様相を呈してきていますが、いまだに試験運転のまま既設ALPSを使い続けている実態については、正確な情報が説明されていません。

海洋放出を考えるのであれば、関係者への説明の前に設備の試験を完了し、本格運転ができるようにすべきではないでしょうか。少なくとも本格運転がいつできるのかという見通しくらいは示すのが、真摯な姿勢、丁寧な説明だと思います。

規制当局が多核種除去設備について試験運転でもよしとしたのは、あくまでも事故後の緊急事態を乗り切るためのものです。それを延々と続けるのは法律の抜け穴を利用しているようにも見えてしまいます。しかもその情報を対外的に説明しないのは、不誠実というほかありません。

3基の原子炉がメルトダウンするという世界最大級の原子力事故から10年が経とうとしていますが、福島第一原発では未だに、応急処置が続いているのが実態と言えそうです。

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フリーランスライター

編集プロダクション、オーストラリアの邦人向けフリーペーパー編集部などを経て独立。1990年代半ばから自動車に関する環境、エネルギー問題を中心に取材し、カーグラフィックや日経トレンディ他に寄稿。技術的、文化的、経済的、環境的側面から自動車社会を俯瞰してきた。福島の原発事故発生以後は、事故収束作業や避難者の状況等を中心に取材中。ニコニコチャンネルなどでメルマガ配信。連載記事「不思議な裁判官人事」で「PEP(政策起業家プラットフォーム)ジャーナリズム大賞2022 特別賞」受賞。著作に「検証 福島原発事故・記者会見3~欺瞞の連鎖」(岩波書店)他。

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