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もうひとつのW杯、決勝前日記者会見 北キプロス代表の強さの理由、そしてCONIFA映画祭の提案

木村元彦ジャーナリスト ノンフィクションライター
カルパタリヤとのファイナルマッチに臨む北キプロス代表のカマリ監督 撮影木村元彦

決勝トーナメントが二試合行われ、ファイナルに駒を進めたのは北キプロスとカルパタリヤとなった。北キプロスは、その名の通りキプロス島の北部の未承認国家。元々キプロスはイギリス植民地時代から、ギリシア系とトルコ系の両民族の暮らす多民族の島であったが、独立後の1974年にギリシア軍の後押しを受けたギリシア系住民部隊が、本国との合併を狙ってクーデターを起こした。これに対して今度はトルコ本国の軍隊が、トルコ系住民の保護を名目にキプロスに派兵し、北部を占領する。トルコの実効支配は続き、ついには1983年に北キプロス・トルコ共和国としてキプロスからの独立を宣言する。しかしながら、この北キプロスを国家として承認しているのは、いまだにトルコのみである。

 対するカルパタリヤはウクライナ西部に暮らすマジャール(ハンガリー人)の代表チーム。ハンガリー王国、チェコスロバキアと統治が変わりながら、現在はウクライナの中で自らの文化を守っている。北キプロスもカルパタリヤも選手旗に色濃くそのアイデンティティーが反映されている。すなわち北キプロスの旗はトルコ国旗の赤と白を反転させたデザインで、カルパタリヤのそれは、赤白緑のハンガリー三色国旗をモチーフにしている。

実はこの2チームは同じグループリーグBに所属しており、その意味ではBは「死の組」とも言えた。前回優勝で連覇を狙ったアブハジアが、割を食う形でここを突破できなかった。アブハジアのパガバ副会長は「今回は不運が重なった」と嘆いていた。(ちなみに3位、4位決定戦はイタリア北部の固有のアイデンティティーを掲げる「パダーニア」対ルーマニアのハンガリー系住民の「セーケルランド」で、やはりヨーロッパのチームが上位というサッカーの現状を認識すると同時にかつてのハンガリー王国の広大さを改めて知る思いである)

ファイナル前日の両チームによる会見が宿舎であるThe Stayのシネマルームで行われ、CONIFAの組織委員会からもサーシャ事務局長、ポール・ワトソン理事が出席した。

 質問は大会そのものについても投げかけられ、第三回のワールドフットボールカップを迎え、サッカーそのもののレベル自体も上がっていることなどが語られた。

会見が終わると、北キプロスのカマリ監督を単独で捕まえた。北キプロスは前回のアブハジア大会でもそうであったが、特別に予算を組んで組織委員会が用意した宿舎とは別のホテルに分宿しているのである。未承認とは言え、国家としての威信をかけている。

ひととおり、FIFAに加盟できない中での育成や強化の仕方、抱負を聞いているとカマリは突然、「日本人の記者なら、私はナガトモを知っているぞ」と言い出した。北キプロス代表の背番号18アフメット・スフィリはトルコの名門ガラタサライに所属しており、長友佑都とは仲が良いという。「アフメットはトルコ代表のU21にも選ばれている。いい選手だぞ」北キプロスはおそらくは未来永劫FIFA加盟は難しいので、代表については唯一の承認国であるトルコ代表に預けるという強化の仕方である。クラブチームも選手はイスタンブールの名門への移籍が頻繁である。北キプロスが強いはずである。

 それにしても何のゆかりも無さそうな人物からいきなり日本人選手の名前が出て来るのが、サッカーの奥行きの広さでもある。

二年前にプリシュティナでコソボ代表を取材していたときもエースのラシカから「太田康介によろしく」といきなり言われて面喰ったが、オランダのフィテッセで同時期にプレーしていたのであった。

 会見場を後にしながら、シネマルームのここで毎夜映画が上映されていたことをふと思い出した。CONIFAに加盟しているチームがお互いの背景を理解し合おうということでそれぞれの民族や地域を描いた作品が、20時を過ぎた頃から紹介されていたのである。事務局の選定であろうか、クルドはバフマン・ゴバディ監督の「亀も空を飛ぶ」UKJは行定勲監督の「GO」。本大会には出場していないが、ロヒンギャやザンジバルの映画もラインナップされていた。残念ながら、試合と選手の取材に忙殺されて見る機会はほとんど無かったが、面白い試みであった。映画もまたサッカーと同様に不可視に置かれている存在を二時間で表出させるパワーがあることは言うまでもない。

今回はあくまでも同宿している選手向けで、一般には上映されなかったが、ゆくゆくは開催国(地域)が権利関係もクリアにした上でサポーター向けに大会前にCONIFA映画祭として公開すれば、対戦相手の試合を観る上でもより興味深くなるだろう。

改めてリストアップすると、アブハジアは「みかんの丘」、タミール・イーラムは「ディーパンの闘い」、サーミは「サーミの血」、西アルメニアは「君への誓い」、エラン・バニンは「マン島TTライダー」、UKJはサッカーも登場する「パッチギ!」、ベルリン映画祭で評価された「ディア・ピョンヤン」、ポーランドからカシューブ代表が参加するなら、「ブリキの太鼓」、チベットは「セブン・イヤーズ・イン・チベット」ではなくて「陽に灼けた道」、カビリアはやはり、「アルジェの戦い」か。でもその先も欲しい。そう、ジダンはカビリア代表で出場してくれないだろうか。最後はそんなことを考えた。

ジャーナリスト ノンフィクションライター

中央大学卒。代表作にサッカーと民族問題を巧みに織り交ぜたユーゴサッカー三部作。『誇り』、『悪者見参』、『オシムの言葉』。オシムの言葉は2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞、40万部のベストセラーとなった。他に『蹴る群れ』、『争うは本意ならねど』『徳は孤ならず』『橋を架ける者たち』など。

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