日本人初の4団体王者 高山勝成「プロのリングに忘れ物がある」電撃復帰の理由とは

(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

ボクシング世界主要4団体のタイトルを制覇した高山勝成(36=寝屋川石田)のプロへの電撃復帰が発表された。

高山は2016年に世界タイトルを保持しながら現役を引退。

その後、東京五輪を目指しアマチュアに転向したが、東海予選で敗退し五輪への夢は敗れた。

再びプロのリングに帰ってきた高山にインタビューした。

復帰のきっかけ

高山は最軽量級のミニマム級を主戦場として、2000年のデビューから2016年の引退まで40戦31勝(12 KO)8敗1無効試合のキャリアを誇る。

一時期はJBCを離れ、海外を主戦場として戦っていた。日本人初のJBC公認のIBF王者にもなっている。

東京五輪の予選敗退後は引退したと思っていたが、衝撃のプロ復帰。

復帰への想いを「プロのリングに忘れ物がある。それを奪還するために復帰しました」と話した。

引退も考えたようだが「再び世界チャンピオンを目指す」と語った。

まだ体が動き戦えるからこそ、後悔しないために復帰を選んだようだ。

写真本人提供
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アマチュア復帰について

高山は、プロボクシングとアマチュアボクシングの協力関係を作った立役者だ。

日本はプロとアマの間に壁があり、数年前までプロボクサーの五輪出場は認められていなかった。

2016年リオ五輪からプロ選手の参加が認められたが、出場については各国の連盟に判断が任されていた。

高山も当初はアマへの復帰が認めらなかったが、署名活動や日本スポーツ仲裁機構へ申し立て粘り強く交渉した。

その甲斐あって、プロ選手として初のアマチュアボクサーとして選手登録(五輪出場選考会である全日本選手権予選選考会への出場)が認められた。

高山はアマでの経験を「一つの道を切り拓くことができました。プロとアマの壁を失くして、子供達の発展に繋げられたら嬉しいです」と話していた。

高山がいなかったらアマとプロの壁は壊せなかったかもしれない。高山の強い意志がボクシング界を大きく変えたのだ。

写真本人提供
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今後の目標

復帰はあくまで自分のためと話したが「次世代の子供達」「競技の普及と発展」も目的にあるようだ。

高山は高校に進学せず、17歳でプロボクサーになった。その後30歳で高校の入学試験を受け、私立菊華高校(愛知県名古屋市)に進学した。

33歳で高校を卒業し、現在は名古屋産業大学で教員を目指し勉強に励んでいる。

引退後は教師として、自身の経験を子供達に伝えていくようだ。

過去にはJBCから離脱して海外での試合やアマチュアへの復帰など様々な挑戦を続けてきた。

高山も「私の挑戦から僕も頑張ろうと強い気持ちを持ってもらえたら嬉しい」と話していた。

今後はミニマム級から階級を上げてライトフライ級でタイトルを目指す。

階級UPについて「自分がベストで動ける体重がライトフライ級」と自信をみせた。

この階級には寺地拳四朗(28=BMB)、京口紘人(26=ワタナベ)2人の日本人世界王者がいる。

高山は「国内に2人の世界王者がいて頼もしい。拳を交える機会があれば楽しみ」と語った。

高山は2月から本格的に練習を再開しており、5月に予定されている復帰戦に照準を合わせているようだ。

私は高山と同世代だが、ここまで現役を続けていくのには大変な苦労があったと思う。

自身の信念を貫き、リングに上がり挑戦を続ける彼から勇気をもらった。

新たなステージで戦う高山に期待したい。

写真本人提供
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