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プーチン氏の誕生日に顔面パンチを食らわせたウクライナ軍 補給路・クリミア大橋を大破

木村正人在英国際ジャーナリスト
クリミア大橋爆破の瞬間をとらえた映像(ロブ・リー上級研究員のツイッターより)

■狙われたクリミア半島とロシア本土を結ぶ「プーチン橋」

[ロンドン発]ウラジーミル・プーチン露大統領の70歳の誕生日(10月7日)をあざ笑うかのように、8日朝、クリミア半島とロシア本土を結ぶクリミア大橋が大爆発を起こし、大破したことがメッセージアプリ、テレグラムへの投稿で明らかになった。激しく燃える列車と崩落した道路(橋梁)が映し出されている。クリミア大橋は「プーチン橋」とも呼ばれる。

米フィラデルフィアに拠点を置く超党派シンクタンク、外交政策研究所(FPRI)のロブ・リー上級研究員がアップした映像ではクリミア大橋の道路部分が突然、爆発を起こし、橋梁が少なくとも2カ所で崩落した。鉄道部分でも貨物列車の車両が燃え上がっている。クリミアのガソリンスタンドではガソリンを買いだめする行列ができている。

クリミア大橋(鉄道道路併用橋)はクリミア半島とロシア本土を結ぶケルチ海峡フェリーの代替手段として建造された。プーチン氏がクリミア併合を強行した後の2015年5月、着工され、道路部分は18年5月に開通、プーチン氏がトラックの1台を運転して開通を祝った。鉄道部分は19年12月に開通した。全長18.1キロメートル。

ロシア国営通信タス通信は、「クリミア共和国」のオレグ・クリュチコフ首長補佐官のテレグラムから「燃料貯蔵タンクが燃えている。高架橋のアーチは損傷していない。原因や結果について話すのは時期尚早だ。消火作業は進行中である」との投稿を引用した。ロシア連邦道路公社の広報担当者はクリミア大橋を渡る車両の移動が停止していると説明している。

■最も落とすのが難しい鉄筋コンクリートの橋梁

米シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)の非常勤研究員ミック・ライアン元オーストラリア陸軍少将は「今回のクリミア大橋への攻撃について攻撃方法やその影響範囲を把握するのは時期尚早だ。しかしプーチンの誕生日に顔面パンチを食らわせたことは確かだ」と連続ツイートした。

ライアン氏のツイートを見ておこう。「このような大橋の橋梁を落とすには、多くの爆薬と優れた破壊設計が必要だ。工兵は常にこの種のことを計画しているが、最も落とすのが難しいのが鉄筋コンクリートの橋梁だ」「必要な爆薬の量は数人で運べる量ではない。数台のトラック、またはミサイルや爆弾が橋の適切なポイントを狙えば、橋梁を落とすことができる」

「ウクライナ軍は作戦の設計に優れており、彼らの前進に先立ち作戦を立てている。短期的にクリミア奪還計画の一部か、あるいは他の前線から注意をそらすための陽動作戦の一部の可能性がある。ロシア軍にとってクリミアへの補給路は船や南部ザポリージャ州のメリトポリ経由のルートが残っているが、メリトポリを死守する重要性がさらに増す」

「授業なら講師が『それでウクライナ軍の次なる作戦目標は何だと思う?』と尋ねるポイントになる。なぜなら今回の攻撃を受けてロシア軍が南部に再展開する可能性があり、ウクライナ軍にとってはロシア軍の他の弱点や反攻の機会になる。これはウクライナ軍にとって影響力作戦の大勝利である」

■プーチン氏とロシア軍の信頼は失墜した

ライアン氏は「実際にはウクライナ軍がやっていなくても、ロシア軍は最近併合した南部ヘルソン、ザポリージャ、東部ドネツク、ルハンスク4州を守れないということをロシア、そして世界中の人々にさらけ出すことになる。先の航空基地攻撃後にクリミアからロシア人の脱出が相次いだが、脱出ラッシュはさらに大きくなる」と解説する。

「プーチンと彼の軍隊に対する信頼はますます失墜する。これから数時間、数日後にもっと詳細が分かると思う。しかし、今回の攻撃はウクライナ軍の全体的な軍事戦略における他の出来事と関連していることは確かだ。ロシアにとって悪い月が、さらに悪くなっている」。ウクライナ軍にとり東部と南部での反攻で戦果をあげたのに続く、大戦果だ。

クリミアはウクライナ軍が攻撃できる範囲ではない“聖域”とされてきた。しかし7月31日にウクライナ本土から約170キロメートル離れたクリミア半島セバストポリ市のロシア黒海艦隊司令部が改造ドローンによって攻撃された。8月9日には前線から最短でも200キロメートル以上離れたサキ軍用空港が攻撃され、ロシア空軍の戦闘機9機以上が破壊された。

プーチン氏は14年のクリミア併合後、半島の軍事基地化を進め、ロシア本土からモルドバ東部の親露派支配地域「沿ドニエストル共和国」を結ぶ「陸の回廊」を構築する兵站拠点にしてきた。クリミア大橋を攻撃すればプーチン氏の面子を潰すだけでなく、ロシア本土からの補給路を断てるため、次の攻撃目標は「クリミア大橋」と指摘する声が多く出ていた。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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