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ロシアのウクライナ全面侵攻という最悪シナリオは防げるか 新「鉄の女」がG7外相会合をリードする

木村正人在英国際ジャーナリスト
新「鉄の女」リズ・トラス外相(筆者撮影)

「G7はウクライナへの侵略を断固として阻止する姿勢を示す」

[ロンドン発]17万5千人ものロシア軍が早ければ来年早々にもウクライナに侵攻する懸念が膨らむ中、先進7カ国(G7)外相会合が10~12日、英北西部リバプールで開かれる。インド、オーストラリア、韓国、南アフリカに加えて今回初めてマレーシア、タイ、インドネシアなど東南アジア諸国連合(ASEAN)の参加国も招かれた。

議長国のリズ・トラス外相は「自由を損ねようとする侵略者には立ち向かう」と宣言。ロシアがウクライナに侵攻する可能性について「ロシアがそのような行動をとることを阻止する。ロシアがそのような行動を取ることは戦略上の過ちだ。G7は志を同じくする主要経済国が結束して、ウクライナへの侵略を断固として阻止する姿勢を示す」と語る。

トニー・レダキン英国防参謀長は「ウクライナへの全面侵攻という最悪シナリオがもたらす衝撃は第二次世界大戦以降、欧州では経験したことがない規模になる」とウラジーミル・プーチン露大統領の冒険主義を牽制した。トラス外相は経済的、外交的な制裁を明確にする一方で、軍事的な対応についてはあいまいな態度に始終している。

「すでにウクライナと協力して国防・安全保障能力の向上に取り組んでいる。ロシアからのエネルギー供給だけに依存しないようエネルギーの多様性を高める支援もしている。ロシアがウクライナを侵攻した場合、非常に深刻な事態になる。ロシアに深刻な結果をもたらす。志を同じくする同盟国と協力してこの点を明確にするための活動を行っている」

新「鉄の女」が唱える「自由のフロンティア」

旧ソ連から「鉄の女」と恐れられた故マーガレット・サッチャー首相を意識し始めたトラス外相は8日、有力シンクタンク、英王立国際問題研究所(チャタムハウス)の演説で権威主義国家のロシアや中国を念頭に「今こそ自由世界は反撃し、経済とテクノロジーの力を使って恐怖ではなく自由を促進する時だ」と呼びかけた。

「自由のネットワークを構築し、自由のフロンティアを開拓する。自由を愛する国々が互いに貿易を行い、安全保障上のつながりを構築し、パートナーに投資し、より多くの国を自由の軌道に引き込めば私たちはより安全で自由になる。私たちのアイデアを支持し、影響力を高め、目的に賛同する人々を鼓舞すれば自由のグローバルネットワークとして前進できる」

7日にはジョー・バイデン米大統領とプーチン大統領がオンライン形式で会談した。バイデン大統領はロシアがウクライナに侵攻すれば経済制裁や同盟国への軍事支援強化で対抗すると警告した。これに対してプーチン大統領は北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大に改めて強い反発を示した。

バイデン大統領は8日、ウクライナのウォロディミル・ゼレンスキー大統領と電話会談し、「ウクライナの主権と領土保全に対する揺るぎないコミットメント」を再確認した。東欧のNATO加盟国とも電話会談を行った。バイデン大統領がプーチン大統領に譲歩するのではという旧ソ連圏諸国の懸念を払拭するためだ。

「ロシア人とウクライナ人の歴史的統一について」

プーチン大統領は今年7月「ロシア人とウクライナ人の歴史的統一について」というエッセイを発表している。ロシア語で約5300語である。その中でプーチン大統領は「ロシア人とウクライナ人は一つの民族であり、統一性を持っている」と確信する理由について説明している。

「近年ロシアとウクライナの間に出現した壁、本質的に同じ歴史的・精神的空間の一部の間にある壁を共通の大きな不幸、悲劇と認識している。われわれの結束を弱めようとしてきた勢力の意図的な働き、すなわち『分割統治』の結果でもある。ロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人は欧州最大の国家であった古代ロシアの後継者だ」

「1918年、ウクライナの独立が宣言された。しかし宣言された主権は長くは続かなかった。数週間後、ウクライナのパンや原材料を必要としていたドイツやオーストリア・ハンガリーと別の条約に署名したが、占領の口実にされた。そのような決定がキエフの支配体制にとって致命的なものとなったことを思い出すべきだ」

「大きなロシア国家ではなく、三位一体の国家を目指してロシア人、ウクライナ人、ベラルーシ人という3つの独立したスラブ国家の立場を国家レベルで明記したのがソ連の国策だった。ソ連が崩壊した時、ロシアとウクライナの多くの人々は文化的、精神的、経済的に密接な関係が続くだろうと心から信じていた」

「ウクライナのロシア人は自分たちのルーツ、先祖代々の世代を否定するだけでなく、ロシアが自分たちの敵であると信じることを強いられている。ロシアは『フラトリサイド(第三者の謀略で兄弟同士が殺し合うこと)』を止めるためにあらゆることをしてきた。ウクライナの真の主権はロシアとのパートナーシップによってのみ可能だ」

ウクライナ大統領「プーチンは時間を持て余している」

ゼレンスキー大統領は「プーチンは時間を持て余しているに違いない」と皮肉ったが、購買力で見た国民1人当たりの実質国民総生産(GDP)でウクライナはベラルーシの後塵を拝している。歴代政権が旧ソ連崩壊後の経済改革に失敗してきたことがウクライナ問題の根っこにある。

IMFデータをもとに筆者作成
IMFデータをもとに筆者作成

プーチン大統領のエッセイは続く。「1991年から2013年までの間、ウクライナは天然ガス価格の下落で820億ドル以上の予算を節約してきが、今日では欧州へのガス輸送のため15億ドルのロシアからの支払いにしがみついている。両国の経済関係が維持された場合、ウクライナにとってのプラス効果は数百億ドルにもなる」

「ウクライナには強力なインフラ、ガス輸送システム、造船、航空、ミサイル、計測器などの先端産業、世界水準の科学、デザイン、工学の学校など、大きな可能性があった。この遺産を受けて、独立を宣言したウクライナの指導者たちは、ウクライナの経済はトップクラスになり、生活水準は欧州でも最も高い水準になると約束した」

「かつてウクライナが誇りにしていたハイテク産業の巨人は横たわっている。この10年間で機械産業の生産量は42%も減少した。ウクライナでは電力生産量が30年間でほぼ半減していることからも脱工業化と経済の全体的な劣化の大きさがわかる。ウクライナは現在、アルバニアやモルドバより貧しい。欧州で最も貧しい国だ」

プーチン大統領の主張を鵜呑みにするわけにはいかないが、これがグローバリゼーションの負け組になったウクライナが抱える不都合な一面であることは間違いない。ウクライナ経済を浮揚させることができるのかどうか、トラス外相が唱える「自由のフロンティア」の試金石となる。

政権交代したドイツの対露政策は変わるのか

ロシアからバルト海の海底を通ってドイツに天然ガスを運ぶガスパイプライン「ノルドストリーム2」は全長1230キロメートル。ロシア、ドイツ、デンマーク、フィンランド、スウェーデンの5カ国の排他的経済水域(EEZ)を横断する。ノルドストリーム2の完成により、パイプラインシステムの総容量は1100億立法メートルに倍増する。

この計画についてトラス外相は「ロシアのガスやエネルギーへの依存度を下げることは絶対に必要だ。非市場主義経済への依存を減らし、悪意のあるアクターへの依存を減らし、自由世界が生き残り、繁栄に必要な戦略的独立性を確保するための全体的な戦略の一部であるべきだ」と主張する。

「ロシアがウクライナに対して行っているこのような攻撃の場合、ノルドストリーム2の計画を進めることは問題だ。ドイツ、フランス、イタリア、欧州連合(EU)と協力して自由民主主義国がロシアの天然ガス供給に代わる選択肢を持てるようにしたい。再生可能エネルギーや小型モジュール式原子炉のような技術の導入も重要だ」

ロシアはドイツに原油や天然ガスを輸出し、ドイツはロシアに機械や自動車、自動車部品を輸出している。ドイツの外相にはロシアに厳しく、ノルドストリーム2に反対してきた緑の党のアンナレーナ・ベーアボック共同党首が就任した。アンゲラ・メルケル首相時代はロシアに宥和的な姿勢を取り続けてきたドイツが政権交代で対露強硬に転換するのか。

米英の圧力が強まる中、G7外相会合ではドイツの出方に注目が集まっている。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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