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3カ月前まで大学受験に備えていた18歳女子が全米テニス優勝 予選突破選手が4大大会を制したのは初

木村正人在英国際ジャーナリスト
テニスの全米オープンで初優勝したエマ・ラドゥカヌ選手(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

エリザベス英女王も祝福

[ロンドン発]米中枢同時テロから20年を迎えた11日、その時はまだ生まれていなかったイギリスのエマ・ラドゥカヌ選手(18)=WTAランキング150位=と、カナダのレイラ・フェルナンデス選手(19)=同73位=が全米オープン女子シングルス決勝で対戦。

ニューヨークのアーサー・アッシュ・スタジアムのコート脇には「2001年9月11日」のペイントがあり、試合前、大きな星条旗がコート上に広げられました。

ラドゥカヌ選手はフェルナンデス選手を6-4、6-3のストレートで下し、グランドスラム(四大大会)の初栄冠に輝きました。ラドゥカヌ選手は予選から出場しており、予選突破選手がグランドスラムを制したのは史上初の快挙です。

エリザベス英女王も「並外れたパフォーマンス」と祝福しました。

ラドゥカヌ選手はついこの間までグラマースクール(公立進学校)の女子高校生。3カ月前に大学進学のために必要なA(一般教育修了上級)レベルの評価を受け、1カ月前に数学A*(6段階で最も高い評価)、経済学Aの成績を知らされたばかりでした。

ラドゥカヌ選手はカナダのトロント生まれ、父はルーマニア人、母は中国人。フェルナンデス選手の父はエクアドル人、母はフィリピン系カナダ人。

日本人の母とハイチ人の父を持ち、グランドスラムをすでに4度も制した大坂なおみ選手(23)=同3位=に続けと、女子テニスは「多文化」時代を迎えました。

ベースラインからのラリーを制す

ラドゥカヌ選手は第1セット、ベースラインからの激しいラリーを制してフェルナンデス選手のサービスゲームをブレークし2-0とリード。

フェルナンデス選手はすぐにブレークバックしたものの、ラドゥカヌ選手の攻撃力が上回り、4度目のセットポイントでフォアハンドのウィナーを決めて試合の主導権を握りました。

第2セットもラドゥカヌ選手は5-2と引き離しましたが、リターンの際、スライディングで膝をすりむき、メディカルタイムアウトを取らざるを得ませんでした。

しかし、これで落ち着きを取り戻し、3度目のチャンピオンシップポイントでサービスエースを決め、コートに倒れ込みました。わずか2回の4大大会出場でグランドスラムを制しました。

2004年に17歳のマリア・シャラポワ選手がウィンブルドンで優勝して以来、最年少でのグランドスラム優勝となりました。

ラドゥカヌ選手は「彼女は信じられないようなテニスをして、世界のトッププレーヤーを打ち負かしてきました。試合のレベルは非常に高かった。これからもたくさんの大会で対戦して、できれば決勝で対戦したいですね」と対戦相手のフェルナンデス選手を称えました。

ラドゥカヌ選手は予選を突破して優勝するまで10試合すべてストレート勝ち。ラドゥカヌ選手は帰りの飛行機を予選が終わったあとに予約していたそうです。

“悪童”マッケンロー氏の辛辣コメント

知る人ぞ知る逸材だったラドゥカヌ選手が注目を集めたのは、ワイルドカード枠で出場した先のウィンブルドン選手権。イギリス人女性として実に42年ぶりに4回戦に進んだものの、呼吸困難とめまいのため試合途中で棄権を余儀なくされました。

グランドスラム7回優勝の“悪童”ジョン・マッケンロー氏は英BBC放送で「エマには気の毒だったね。大坂選手がウィンブルドンに出場しなかったため注目を集めすぎた。彼女には荷が重すぎた」と解説しました。

大坂選手がメンタルヘルスを理由に全仏オープンとウィンブルドンの出場を辞退したことを挙げ「ちょっとしたことで手に負えなくなってしまったようだ。彼女がこの経験から学んでくれることを願っている。前の試合が長引き、あれこれ考えすぎたのかもしれない」というマッケンロー氏の辛辣コメントはネット上で瞬く間に炎上しました。

辛口コメンテーターとして知られるピアーズ・モーガン氏はマッケンロー氏を擁護しました。

「マッケンローは真実を語った。ラドゥカヌは才能のある選手だが、プレッシャーに耐えられなかった。大敗が決まった時点で棄権した。彼女は“勇敢”ではなく“残念”だ。私が彼女だったら、ファンにマッケンローを罵倒するのは止めてと言うよ。彼のようにタフになってチャンピオンになる方法をアドバイスしてもらったら」

「もっと強くなって戻ってくる」

回復したラドゥカヌ選手は対戦相手に謝罪した上で、こう誓いました。

「素晴らしい観客の前で人生最高のテニスをしていたが、その経験が私を追いつめた。息が荒くなり、めまいがしてきた。医療チームは続行しないよう助言した」

「ウィンブルドンをコートで終えられないのは世界で最も辛いことのように感じたが、続行できる健康状態ではなかった。応援してくれた皆さんに感謝し、来年はもっと強くなって戻ってくる」

サッカーのイングランド代表でマンチェスター・ユナイテッドのFWマーカス・ラシュフォード選手(23)はツイッターでラドゥカヌ選手を励ましました。

「僕もU16の代表チームでウェールズと対戦しているとき同じ経験をした。今でも覚えている。何の理由もなく、そのあとは二度と起きなかった。あなたは自分自身を誇りに思うべきだ。祖国はあなたを誇りに思っている。あなたが元気になったのを知り、うれしく思う。前へ、そして上に進もう」

マッケンロー氏やモーガン氏はラドゥカヌ選手の精神力は「やわ」と指摘しましたが、決してそうではありません。

BBCによると、今年8月末に米南部に上陸したハリケーン「アイダ」の影響で練習が十分にできないことにコーチ陣が頭を痛めている時、ラドゥカヌ選手は「練習できなくても気にしないよ」とリラックスしていたそうです。

「私はストレスを感じることはあまりない。自分を信じているし、最後は精神的なものだから」とBBCに話しています。

「冷静さや精神的な強さは私の育った環境に起因するものだ。両親は幼い頃から、コート上では絶対にポジティブな態度でいるようにと教えてくれた」「自分の成績を誰かと比較することは幸せを奪うようなものだ。自分を信じれば、どんなことでも可能になる」

1カ月間、SNSやスマートフォンから自分を遮断

ファッション雑誌ヴォーグイギリス版は「芯の強さがあれば、どんなことでも達成できる」という言葉とともにラドゥカヌ選手のファッション特集を組みました。

それによると、両親は金融の仕事をしており、母はバレエやタップのレッスンに連れて行ってくれ、父はゴルフやモータースポーツを紹介してくれたそうです。

子供の頃、カートやモトクロスをやっている女の子はラドゥカヌ選手だけで、最初は「変わり者」であることに慣れなければならなかったそうです。5歳でテニスを始めた頃も所属していたチームは全員が男子でした。

周囲にポジティブな印象を振りまくラドゥカヌ選手ですが、今回は1カ月間、ソーシャルメディアやスマートフォンから自分を遮断して大会に臨みました。

今大会、大坂選手はフェルナンデス選手に3回戦で敗退しており、多文化を背景にする強力な若きライバルたちが続々と出現しています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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