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人種差別を許すな 東京五輪で続々とひざまずくアスリートたち 政府もSNS上の虐待や差別撤廃に取り組め

木村正人在英国際ジャーナリスト
PKを外し、人種的な攻撃にあったラッシュフォード選手を支援する市民(写真:ロイター/アフロ)

オリンピック憲章規則50条を緩和

[ロンドン発]札幌ドームで21日に行われた東京五輪のサッカー女子のイギリス対チリ戦で、チームGB(英五輪代表)の選手たちが試合開始前にピッチ上で片ひざをつき、人種差別の撤廃を訴えました。

味の素スタジアムであったスウェーデン対アメリカ戦でも両チームの選手たちが試合開始前に片ひざをつきました。こうした運動が東京五輪・パラリンピックでどこまで広がるか注目されるところです。

英イングランドサッカー協会(FA)は15日、チームGBの女子サッカーチームが試合のキックオフ前にフィールドにひざまずく方針を確認していました。

いかなる政治的・宗教的・民族的デモンストレーションも禁止した「オリンピック憲章規則50条(ルール50)」に抵触しないと国際オリンピック委員会(IOC)が認めたからです。

1968年のメキシコ五輪では、男子200メートルで金メダルを獲得したアメリカのトミー・スミス選手と銅メダルのジョン・カーロス選手が表彰台で「ブラックパワー」を示すポーズをとり、厳しい批判にさらされたことがあります。

昨年5月、米白人警官による黒人男性暴行死事件で改めて火がついた人種差別撤廃運動「ブラック・ライブズ・マター(BLM)」をきっかけに、サッカーのイングランド・プレミアリーグやUEFA欧州選手権(EURO2020、コロナ危機で1年延期)でもキックオフの前にひざまずいて連帯の意思を表明するようになりました。

IOCは今回、ルール50を緩和して(1)人や国、組織をターゲットにしない(2)他の選手の妨げとならない(3)表彰式や開閉会式、競技の最中や選手村では行わない――ことを条件にジェスチャーによる意思表明を認めました。

チームGB女子サッカーのヘゲ・リーセ監督(元ノルウェー女子代表)は「ひざまずくことは、社会における差別・不公正・不平等に対する平和的な抗議の重要な象徴であることは明らかだ。IOCがこの表現の重要性を認めたことをうれしく思う。オリンピック運動の中心にある理念を十分に考慮して、選手、役員、IOCに最大限の敬意を払ってこれを行う」と話しました。

サッカーではイングランド、スコットランド、ウェールズ、北アイルランドの4つに分かれるイギリスですが、五輪・パラリンピックではチームGBとして団結し、英国旗ユニオン・ジャックを背負って戦います。女子チームと違って、まとまらない男子チームは東京五輪には参加しませんでした。

サッカーの試合ではいまだに、サルの鳴き声を真似るなど、黒人選手に対する根強い差別と偏見が残っています。

英政府はネット上の人種差別的な荒らしを取り締まる

ボリス・ジョンソン英首相は「EURO 2020の決勝で敗れたイングランド選手に向けられた虐待に愕然とした」とソーシャルメディアのプラットフォーム企業に対してネット上の差別や虐待への取り組みを強化するよう求めました。

フーリガンの悪名を世界中に轟かせたイギリスではサッカーに関連した粗暴行為で有罪判決を受けた人物について最大10年間、競技場への出入りを禁止することができます。この規定をネット上での差別や虐待にも拡大して適用する方針です。

ネット上にこうした卑劣な書き込みが存在する場合、プラットフォーム企業に対応を迫る法律を導入し、義務を怠った場合、多額の罰金を科せるようにしようとしています。企業には人種差別的な荒らしに関するデータを警察に提供するよう求めています。

ロンドン警視庁のクレシダ・ディック警視総監は筆者の取材にこう答えました。

「EURO2020決勝のあと、イングランドの選手たちに向けられた言葉は卑劣で恐ろしいものだった。現在、サッカー犯罪取り締まりユニットが捜査中だ。すでに数人が逮捕されている。表現の自由はもちろん重要だ。しかしオンラインや街頭での嫌悪犯罪や人種差別による虐待行為は厳しく罰せられる」

「オンライン上の加害者はイギリスの管轄権の外にいることもあるが、外国の当局と協力して捜査に当たっている。英政府との協議も行われており、プラットフォーム企業に悪質なコンテンツを取り除いたり、警察に証拠を提供するなど協力を求めている」

「間もなく英議会におそらく世界でも初めてのオンライン危害法案が提出され、協議される。オンライン上のプライバシーや表現の自由を守りながら、嫌悪犯罪や人種差別を取り締まる法律だ。これはイギリスだけにとどまらず、グローバルな問題だ。オンライン上の虐待や人種差別は極めて有害で、人を傷つける」

PK外し、人種差別的な攻撃にさらされた3選手

EURO2020では黒人選手への差別や偏見が一掃されていないことが浮き彫りになりました。1966年の FIFAワールドカップ・イングランド大会で初優勝して以来、主要大会で決勝に進出したことがないイングランドが決勝まで勝ち残り、33戦無敗を誇るイタリアと対戦しました。

イングランドは前半2分、目のさめるような先制点を決めたものの、次第にイタリアにボールを支配されるようになり、後半22分に同点ゴールを決められました。延長戦でも決着はつかず、PK戦でイングランドのマーカス・ラッシュフォード、ジェイドン・サンチョ、ブカヨ・サカの3選手が連続で外し、悲願のEURO初優勝はなりませんでした。

敗因はPKを外した3選手の「肌の色」にはありません。しかし一部のサポーターのフラストレーションは3選手にぶつけられ、SNS上で人種差別的な攻撃が吹き荒れました。サカ選手はツイッターで「SNSのプラットフォーム企業には、私たちが受け取った嫌悪と悪意に満ちたメッセージが子供や大人に送られることがないよう取り組んでほしい」と訴えました。

サカ選手のインスタグラムにはオランウータンの絵文字が使用されました。いかなる差別も嫌悪もサッカーだけでなく、社会にはびこることを許していいわけがありません。インスタグラム責任者アダム・モセリ氏は「インスタグラムで人種差別的な絵文字やあらゆる種類の悪意のある表現を送信することは絶対に許されない」とツイートしました。

ラッシュフォード選手のホームタウンにある壁画は落書きされました。ラッシュフォード選手はコロナ危機で夏休みも貧困家庭の子供たちに無償給食の支援を続けるよう訴え、エリザベス女王から大英帝国勲章が贈られました。壁画は作者によってすぐに修復され、ラッシュフォード選手への支持と人種差別の撤廃を訴えるため何百人も壁画の前に集まりました。

「ブラック・ライブズ・マター」は政治運動か

人種や宗教への差別や偏見の撤廃を訴えて、多くのスポーツ選手が行動を起こすようになりました。

人種差別に抗議してスポーツ選手がひざまずくようになったのはアメリカンフットボールのコリン・キャパニック選手がきっかけです。2016年、黒人に対する警察の暴力に抗議して、試合前の国歌斉唱中に起立を拒否してひざまずき、論争を巻き起こしました。黒人を抑圧する国の旗に誇りを示すのが耐えられないというのが理由でした。

イングランド・プレミアリーグは「黒人を他の人と異なる方法で扱うことは容認できないというメッセージを送るのが目的で、政治運動を支持するものではない」とBLM運動に入り込んだ過激な政治的主張とは一線を画しています。

BLM運動は、単なる人種差別撤廃運動にとどまらず、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム原理主義組織ハマスを支持する反イスラエルの動きと、アングロ・サクソンに源流を持つアメリカ、イギリス、カナダ、オーストラリアの過去の植民地支配や開拓者の入植に対する贖罪を求めたりする運動と一部で重なっています。

このためイスラエル寄りの英保守党の政治家からBLM連動と連動したFAやプレミアリーグのひざまずき行為への批判が寄せられてきました。

プリティ・パテル英内相はEURO2020初戦でひざまずいたイングランドの選手たちをブーイングしたサポーターについて尋ねられ「率直に言って、それは彼らにとっての選択だ」との意見を保守系メディアに対して述べました。

その一方で、選手たちやBLM運動について「政治的なジェスチャーに参加する人を私は支持しない。BLMの抗議運動は警察に大きな打撃を与えた」と批判ともとれる発言をしています。世界中のリベラルと保守の間で「文化戦争」が起きています。しかし国内政治や国際社会は分断するのではなく、差別撤廃のため団結すべきだと思います。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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