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「鉄道の日立」に衝撃 複数の英高速鉄道車両クラス800に亀裂

木村正人在英国際ジャーナリスト
英サウサンプトンに到着した日立製作所の高速鉄道車両クラス800(写真:Splash/アフロ)

[ロンドン発]8日早朝、日立製作所が製造した複数の高速鉄道車両クラス800に亀裂が見つかったため、運行するイギリスのグレート・ウエスタン鉄道(GWR)とロンドン・ノース・イースタン鉄道(LNER)などは安全点検のため運行を停止しました。混乱は月曜日も続きそうです。亀裂が見つかったのは車両下にあるジャッキングポイントの溶接部です。

クラス800は運用が始まって約3年半、866両すべての納品が終わっており、イギリスの社会インフラになったと日立製作所は自負しています。クラス800をベースにした標準車両AT300の拡販攻勢をかけています。クラス800は世界の鉄道市場に殴り込みをかけた「鉄道の日立」のまさにフラッグシップと言える車両なのです。

スコットランド議会選を取材した筆者はクラス800のLNER「AZUMA(あずま)」に乗って7日早朝にスコットランドのエディンバラからロンドンに戻りました。快適な4時間半だっただけに、ニュースに衝撃を受けました。グレート・ウエスタン鉄道はロンドンとウェールズを結んでいます。ロンドンとスコットランド、ウェールズを結ぶ大動脈が止まりました。

ディーゼル・電気両用のハイブリッド車両で最高速度は時速200キロメートルのクラス800は2017年10月、ロンドンとウェールズを結ぶGWRの路線で営業運転を開始した際、遅延や空調から水が漏れるトラブルに見舞われ、惨憺たるデビューを飾りました。この車両には神戸製鋼所がデータを改ざんしていたアルミニウムが使われています。

クラス800は4月26日にも安定増幅装置に深さ最大15ミリメートルの亀裂が見つかり、5両の運行を一時停止して修理したばかり。今回の亀裂は別の箇所で見つかり「かなり深い」そうです。182車両のアルミニウム部分に金属疲労の兆候がないか調査していると英紙デーリー・テレグラフは報じています。

GWRは「複数の車両から亀裂が見つかった」と話しています。金属疲労は時間が経つにつれ悪化し、保守点検で見逃せば大事故につながる恐れもあります。労働組合の運輸従業員協会(TSSA)のマニュエル・コルテス書記長は次のようにコメントしました。

「鉄道工学のスタッフが事故につながる前にこれらの亀裂を発見したことは歓迎すべきニュースだ。これらの亀裂の原因を完全に調査することが絶対に不可欠だ。この車両は100%安全と確信するまでサービスを再開することを許可してはならない。車両は比較的新しく、乗客や納税者ではなくメーカーが修理の費用を負担する必要がある」

日本ではどうなのでしょう。

深刻な事故につながりかねない「鉄道重大インシデント」の統計を見てみても車両障害は最近では年1回しか報告されていません。2017年12月、「のぞみ34号」で走行中に異臭や異音がし、台車枠の側ばりに亀裂が発見されました。車両は10年前に製造され、亀裂は実に長さ146ミリメートル、幅16ミリメートルに及んでいました。溶接や過度の研削が関与したと推定されています。

新幹線としては初の「鉄道重大インシデント」に認定されました。のぞみの最高速度は時速300キロメートルです。クラス800は時速200キロメートルとは言え、これは日本で言う「鉄道重大インシデント」が2週間もしないうちに同じクラス800で立て続けに、しかも同時多発的に起きたということではないのでしょうか。

クラス800はイギリスでデビューしてまだ4年も経過していません。

クラス800が、神戸製鋼所がデータを改ざんしていたアルミニウムを使用し、今回、アルミニウム部分の金属疲労を調べているというのも非常に気がかりです。当時、日立製作所の正井健太郎常務は「きちんと検証をしており、安全性に問題ない。今回の問題は残念だが、安全な製品を届けることがメーカーの責務だ」と説明していました。

欧州の鉄道市場には仏アルストム、独シーメンス、カナダのボンバルディアの3強がひしめき、アルストムがボンバルディアの鉄道関連事業を買収したばかりです。そこに切り込んだ日立製作所の海外鉄道事業に大きな影響を与える恐れがあるような気がしてなりません。どうか筆者の杞憂であることを祈ります。

それにしてもイギリスでは富士通の会計システム「ホライゾン」が最大736人にのぼるとみられる準郵便局長の大量冤罪事件を引き起こしており、「モノづくり日本」の輝かしい栄光は一体どこに行ってしまったのでしょう。

【日立製作所のイギリスにおける鉄道事業】

2009年12月、ロンドンとアシュフォードを結ぶ約100キロメートルの区間で日立製作所が製造した高速鉄道用の車両(クラス395)が運転開始

2012年7月、ロンドンとエディンバラなどを結ぶ都市間高速鉄道で車両866両(クラス800、当初は596両)の製造と27年半の保守事業を8200億円で受注

2013年11月、英北部ニュートン・エイクリフに国外初の車両工場に着工

2014年4月、鉄道事業の意思決定を行う本社機能をロンドンに移転

2014年10月、オランダの鉄道運行会社アベリオから234両の車両納入と長期保守に関する優先交渉権を獲得。標準型車両はアルミ素材を採用して軽量化と部品数の削減を図る

2015年7月、イギリスで初めて鉄道運行管理システムを受注

2015年11月、イタリアの複合企業フィンメカニカの鉄道車両と信号の事業を買収

2016年4月、英鉄道運行会社ファーストグループと都市間車両95両の納入や保守業務に関する契約を結ぶ

2016年12月、北部ニュートン・エイクリフの車両工場で第1号車両が完成。日立製作所が受注した866両のうち9割を製造

2017年6月、エリザベス英女王が日立製作所の高速鉄道の新型車両(クラス800)に乗車

2017年10月、日立製作所がイギリスで製造した都市間高速鉄道の車両(クラス800)がロンドンとウェールズを結ぶ路線で営業運転を開始。車両には神戸製鋼所がデータを改ざんしていたアルミニウムが使われる。遅延や空調から水が漏れるトラブル

2018年7月、スコットランドの鉄道(運行会社はオランダのアベリオ)で使われる近郊輸送用の新型車両AT200を公開

2018年10月、日立製作所の高速鉄道がロンドンの主要駅パディントン駅で試運転中に架線に甚大な損傷を与える

2019年5月、ロンドンとスコットランドを結ぶLNERで「AZUMA」が営業運転を開始

2019年7月、英鉄道運行会社アベリオUKから英中東部を走る都市間高速鉄道の新型車両165両(33編成)を受注。22年に運行開始予定

2020年2月、英政府がイングランドの主要都市を南北に結ぶ高速鉄道計画「ハイスピード(HS)2」の建設を進めると発表。日立製作所はカナダのボンバルディアと第1期の車両受注を目指して応札

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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