[ロンドン発]国際海上輸送の12%をさばく海の要衝、エジプト北東部スエズ運河で今月23日、正栄汽船(愛媛県今治市)所有の世界最大級コンテナ船「エバーギブン」(全長400メートル、総トン数約22万トン)が運河を完全にふさぐ形で座礁した事故で、懸命の離礁作業が続けられています。

この事故で200~300隻の船が紅海で立ち往生しています。正栄汽船の檜垣幸人社長は26日の記者会見で「コンテナ船は満船状態で重量が重く、動かすのが難しい。潮の干満差は90センチ程度で浮力を利用して動かすことができない。スエズ運河庁は浚渫の方が早く離礁できると考えている」と説明しました。

同船はTEU(20フィートコンテナ換算)で1万8349本のコンテナを積んでおり、浚渫で離礁できない場合はバージや起重機船を用意してコンテナを下ろし、船全体の重量を軽くしてから離礁させる方針です。

米誌フォーブスによると、エバーギブンは毎日96億ドル(約1兆522億円)の海上輸送をブロックしていると推定されています。運航がすぐに再開されればサプライチェーンの遮断による損失も少なくて済むものの、長期化した場合、膨らんだ損失の賠償責任はどうなるのでしょう。

まずエバーギブンのオーナー(船主)やオペレーター(運行会社)の関係を見ておきましょう。

船主:正栄汽船

100隻以上を保有。1万TEU以上のコンテナ船が25隻、それ以下は20隻程度。大半が定期用船で、半分は自社で船舶管理、残りは船舶管理会社に委託管理を任せている。

船舶管理会社:ベルンハルト・シュルテ・シップマネジメント(BSM)

正栄汽船から船員配乗やメンテナンスの一括管理を任されている。

用船者:台湾の海運会社「長栄海運(エバーグリーン・マリン)」

正栄汽船所有の船を長期用船している。

檜垣社長の説明ではエバーギブンは今月13日、マレーシア・タンジュンぺラパス港を出港。23日にスエズ運河に到着し、2人のパイロット(水先人)が乗り込んで運河を航行中、砂嵐に遭って座礁したとみられるそうです。「船員のミスはなかったのではと予想しているが、断定はできない」と話しています。

一方、長栄海運は「用船の場合、回復作業で発生した費用、対第三者、修理費用の責任は船主にある」と主張しています。BSMは「汚染や貨物の損傷の報告はなく、優先事項は船舶を安全に再浮上させ、スエズ運河の海上交通を再開することだ」と発表しました。

日本海事新聞によると、正栄汽船が船主としての過失責任を問われる最大のポイントは予見可能性です。しかし座礁当時、エバーギブンにはパイロット2人が乗船していました。今のところ風速15~20の突発的な砂嵐が発生した可能性が強く、予見可能性を認めるのは難しそうです。

仮に予見可能性が認定された場合、結果回避義務が発生します。風速15~20メートルの強風を操船で回避できたかどうかが問われます。

パイロットが乗船していたものの、米ブルームバーグは「スエズ運河の独自の方針では、たとえパイロットが座礁した船の舵を取っていたとしても咎められないことを示唆している」と指摘しています。

「共同海損(航海中に生じた損害を船主や用船者、荷主などで分担し合う制度)と呼ばれるプロセスが宣言された場合、支払いは非常に複雑になり、数年かかる」(ブルームバーグ)そうです。

正栄汽船の「船体保険は日本の三井住友海上、東京海上日動火災保険、損害保険ジャパンの3社。油濁事故や人身事故に関わる賠償責任保険は海外のP&I(船主責任保険)クラブを起用」(檜垣社長)しています。P&Iの補償範囲は浚渫費用や失われた収益も含まれるそうです。

浚渫作業だけで離礁できず、コンテナを船から下ろさなければならなくなった場合、巨額の費用が発生します。船自体の保険は通常1億~2億ドルの範囲でカバーされ、離礁にかかる費用は数千万ドル(ブルームバーグ)とみられます。

しかし他の船がスエズ運河で立ち往生したり、南アフリカの喜望峰を回ったりして発生したコストはどうなるのでしょうか。

仮に船主に過失があったと認定された場合でも、スエズ運河の停滞で第三者の船に生じた遅延による損失は「当事者が予見しにくいことから『間接損害』『結果損害』や『純粋経済損失』とみなされ、一般的に損害賠償は認められにくい」という、海難事故に詳しい青木理生弁護士の見方を日本海事新聞は伝えています。

檜垣社長やBSMが言うように今はエバーギブンを早急に離礁させ、スエズ運河の航行を再開させるのが喫緊の課題です。しかし今回の事故はグローバルサプライチェーンがいかに脆弱かを改めて見せつけました。

(おわり)