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スクープ! 出前接種可能なオックスフォード大400円ワクチン、英で12月29日承認へ 30億回分生産

木村正人在英国際ジャーナリスト
コロナワクチンを開発するオックスフォード大ジェンナー研究所を訪れるウィリアム王子(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

通常の家庭用冷蔵庫でも安全に保管できる

[ロンドン発]英オックスフォード大学と英製薬大手アストラゼネカの新型コロナウイルス感染症(Covid-19)に対するアデノウイルスベクターワクチンについて、英医薬品・医療製品規制庁(MHRA)が12月29日に緊急使用を承認する見通しであることが関係者の話で分かりました。

英国民医療サービス(NHS)では現在、フル回転で接種中の米ファイザーと独ビオンテックのm(メッセンジャー)RNAワクチンに加えて、新年から通常の家庭用冷蔵庫(摂氏2~8度)でも安全に保管できるオックスフォードワクチンを使って介護施設や自宅で療養中の高齢者についても“出前接種”を始める方針です。

オックスフォードワクチンについては今月8日、医学雑誌ランセットに第3相試験の中間分析結果として、1回目に半用量、2回目(4週間後)は全用量を接種した場合、有効性は90%、2回とも全用量を接種した場合は62.1%。平均すると70.4%の有効性を示したという査読後の論文が発表されています。

重症例、入院例ゼロ

イギリス、ブラジル、南アフリカで行われた1万1636人に対する第3相試験の結果、131人が発症しましたが、オックスフォードワクチンについては最初の接種から21日以上が経過した時点で重症例や入院例はありませんでした。入院した10人はプラセボ(偽薬)を接種されたグループで、このうち2人が重症化(1人は死亡)しました。

168人の被験者から175件の有害事象が報告され、オックスフォードワクチンの接種組は84件、プラセボ組では91件でした。

アストラゼネカは世界10カ国以上で生産の準備を進めており、すでに30億回(2回接種するので15億人)分を供給する国際協定を結んでいます。

94.5~95%の有効性が確認された米ファイザーと独ビオンテック、米モデルナのmRNAワクチンはそれぞれ摂氏マイナス70度、摂氏マイナス20度の冷凍庫で保管しなければなりませんが、オックスフォード大学のワクチンは管理が簡単で、途上国などグローバルな展開が期待できます。

しかもオックスフォード大学のワクチンは3ポンド(約421円)弱、ファイザーとモデルナのワクチンはそれぞれ15ポンド(約2106円)と28ポンド(約3932円)で、費用も格安です。

変異株の出現で「医療崩壊寸前」

イギリスでは最大71%の感染力が強い変異株の出現で、ロンドンやその南東にあるケント州のNHS病院は「医療崩壊寸前」の状態に陥っています。

ロンドンにあるNHS病院関係者は筆者に「クリスマス、お正月にかけて非常事態一歩手前の体制に入ります。予測されるピークは新年1月の第2週、それまでに通常の手術は大幅に削減されます」と漏らし、天を仰ぎました。

「11月に実施された2回目のロックダウン(都市封鎖)にもかかわらず、ロンドンではものすごい数の陽性患者が出て、メディカルディレクターも驚きを隠せませんでした。ボリス・ジョンソン英首相は医療責任者の声に耳を傾けず、封鎖を解除して感染を広げてしまいました」

「その挙げ句、クリスマス直前になってロンドンなどで3度目の都市封鎖に踏み切ったのですから、現場は呆れ果てています。市民もクリスマスが台無しになり怒り心頭に発しているでしょう」

「入院患者の数が全く減りません。感染者が多くなると入院患者も多くなり、院内感染が手に負えなくなっています。無症状の感染者が感染を広げているため、現場は悲鳴を上げています。感染力の強いウイルスを止めるのは難しい」

「プライベート(民間)病院と契約してコロナ以外の一般患者を搬送しようとしています。こんなに速く感染が広がるとは予想もしていませんでした。歴史があるNHSの建物は古くて空調によって感染が起きる可能性があります」

ケント州の病院では患者を収容できなくなり「医療崩壊」寸前の状態に陥っています。ロンドンにあるイギリス最大の病院の一つ、バーツ・ヘルスNHSトラストではコロナの入院患者が1週間で150人から300人に倍増したため、救急搬送の受け入れや手術の中止を余儀なくされました。

3度目のロックダウンの効き目がなければ、ロンドンでも「医療崩壊」が起きる恐れがあります。

第1波の時は何が起きるのか分からず、NHSの医療従事者に200人以上の犠牲者が出るなど、医療現場はパニックに陥りました。がんなどの手術はすべてキャンセルされました。しかし今は感染防護具も十分あり、医療のキャパシティーを減らすことは許されません。

コロナ病棟の医師や看護師、スタッフは週2回、30分で結果の出るだ液による検査を受け、陽性反応が出ると病院でPCR検査を受けています。

ワクチンセンターはフル回転

イギリスでは12月8日以降、ファイザーワクチンの集団予防接種が始まっています。21日時点で50万人が1回目の接種を終えています。

17日昼、筆者はロンドン北部のザ・ハイヴ・スタジアム(バーネットFCの本拠地)に設けられたワクチンセンターを訪ねました。地元のクリニカル・ディレクター、ミーナ・ターカー医師は「ファイザーワクチンは非常に不安定で、拠点病院の冷凍庫でしか保存できません。そこで地元でも接種できるようにと、わずか10日間でサッカースタジアムのバーにセンターを開設しました」と話してくれました。

サッカースタジアムに設けられた臨時のワクチンセンター(筆者撮影)
サッカースタジアムに設けられた臨時のワクチンセンター(筆者撮影)

NHS病院の冷凍庫でワクチンは摂氏マイナス70度で保管されていますが、2日かけて解凍すると、ワクチンセンターの冷蔵庫で保存できるのはわずか3日半です。それを過ぎると効かなくなります。このためワクチンを一滴でも無駄にしないようにフル回転、休みもクリスマスもなし、年末年始ぶっ通しで集団接種が進められています。

「イギリスでは科学、医学、政治だけでなく市民の間でも、この未曾有の危機を乗り切るためにはワクチンを集団で接種するしかないというコンセンサスはできています。万人に公平な医療をという理想のもとに設立された原則無料のNHSに対する市民の信頼も厚い。このスピードとスケールで集団予防接種ができるのもNHSの存在が大きい」

前出の病院関係者は言います。

スーパーでは生鮮食料品が売り切れ

変異株の上陸を避けるため、アイルランド、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギーなど50以上の国がイギリスへの航空便を停止しました。ロンドンとパリ、ブリュッセルを結ぶ国際高速鉄道ユーロスターの運行も止まりました。

最終盤になっても難航を極める欧州連合(EU)離脱後の協定交渉でイギリスの排他的経済水域(EEZ)内の漁業権維持をゴリ押しするフランスが人の移動だけではなく、20日深夜から48時間にわたってフェリーやユーロトンネルを閉鎖するなど物流までシャットアウトしました。

変異株の出現で48時間にわたって封鎖されたドーバー海峡(筆者撮影)
変異株の出現で48時間にわたって封鎖されたドーバー海峡(筆者撮影)

その結果、ドーバー海峡は閉鎖され、フランスに貨物を輸送する途中だった大型トレーラー6千台以上が立ち往生しました。「合意なき離脱」シナリオに備えた英政府の「ブロック作戦」が即座に発動されました。ドーバー海峡に向かう大型トレーラーは高速道路M20に誘導され、車内で待機。運転手にはボランティアの手で簡単な食料や飲料水が無料で配られましたが、高速道路上なのでトイレもシャワーもありません。

筆者がドーバー港で取材したところ、大型トレーラーの運転手は「何の前触れもなくドーバー海峡が封鎖されるなんて一体どういうことだ。せめて港内で待たせろ」と誘導係の女性警官に食ってかかっていました。

フランスによる国境封鎖と、クリスマス前ということもあって売り切れ状態の生鮮食料品コーナー(筆者撮影)
フランスによる国境封鎖と、クリスマス前ということもあって売り切れ状態の生鮮食料品コーナー(筆者撮影)

ロンドンにある筆者の自宅近くのスーパーでもクリスマス直前ということもあって、多くの生鮮食品が売り切れ状態。フランスの国境封鎖が明らかになった翌日にはまだ夜も明けないうちからスーパーに列ができたところもありました。もうすぐクリスマスなのに外出もできなければ、食料や飲料水も不足するようになると本当に心配です。

南アフリカでも感染力が非常に強い変異株が検出され、イギリスでも南アフリカを旅行した2人がこの変異株に感染していることが分かり、英当局は警戒を強めています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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