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70%感染力が強い新種は一気に17の変異を起こしていた 空便も物流も止まり「孤島」と化した英国の悲劇

木村正人在英国際ジャーナリスト
感染力が強い変異株の出現で封鎖された英仏海峡(写真:ロイター/アフロ)

変異株は長期感染者から発生?

[ロンドン発]感染力が最大70%も強い新型コロナウイルスの変異株の出現は発生源のイギリスだけでなく欧州を大混乱に陥れています。ウイルスの感染と変異を監視するサイト、ネクストストレインによると、デンマーク、オランダ、オーストラリア、南アフリカでもこの変異株は報告されているそうです。

科学雑誌サイエンスのカイ・クプファーシュミット記者はこの変異株が一度に17の変異を起こしたことに驚きを隠せません。新型コロナウイルスの変異はこれまで平均14日間で1度の塩基変異を起こすと考えられてきましたが、1度に17もの変異を起こしたとなると信じられないスピードです。

17の変異のうち8つが、標的となる細胞表面の受容体(レセプター)結合と細胞侵入の中心的な役割を果たすスパイクタンパク質に関係していました。長期感染者に投与された治療薬から逃れるためウイルスが一気に突然変異した可能性も考えられますが、詳しいことは分かっていません。

抗菌剤は細菌にとっては猛毒のため、細菌はあの手この手を使って生き延びようとします。その結果、薬剤耐性を持つ細菌が出てくるのと似た現象が起きているのかもしれませんが今のところ、仮説の一つに過ぎません。ただ確かなのは新型コロナウイルスが驚くべきスピードで進化し始めたということです。

英保健相「新しい変異株は制御不能」

マット・ハンコック英保健相は20日、英衛星放送スカイニューズで変異株についてこう警鐘を鳴らしました。

「制御不能だ。ワクチンの集団接種計画が終了するまで非常に大きなチャレンジになる。政府は迅速に断固たる行動を起こすべきだ。3度目のロックダウン(都市封鎖)に入った警戒レベル4の住民は感染していると想定して行動する必要がある」

しかし19日、ロンドンやイングランド南東部、東部のロックダウンが発表されたとたん、クリスマスを実家で過ごそうという“コロナ集団疎開”が発生し、ロンドンの主要ターミナル駅はスーツケースを持った人たちでごった返し、幹線道路も帰省ラッシュで混み合いました。

電車の中も混雑し、マスクを着用しているとは言うものの、2メートルの安全距離を取れる状態ではありませんでした。この大移動が英全土に新型コロナウイルスの変異種を一気に広げてしまう恐れは十分にあります。

英国立衛生研究所(NIHR)バイオサンプルセンターの運営責任者(CEO)トニー・コックス氏は自らのツイッターに、ロンドンの北西約80キロメートルにあるミルトン・キーンズのコロナ検査センターでいかに新しい変異株の検出数が増えたかを示すグラフを投稿しています。

変異株は9月に出現し、11月にはロンドンで約4分の1を占めるようになり、12月中旬には3分の2近くに達しました。コロナ規制を実施しているにもかかわらずケント州の感染率が低下しなかったことから調査を始め、クラスター(感染者の集団)がロンドンとエセックス州にも広がっていることを見つけました。

「合意なき離脱」の大混乱の予行演習

欧州連合(EU)離脱後の協定交渉が難航を極める中、ジャン・カステックス仏首相は「新たな衛生リスク」に対処するためとして20日深夜から48時間、イギリスへの往復を停止すると表明。ドーバー港とユーロトンネルも閉鎖を発表し、物流が止まる「合意なき離脱」の悪夢が前倒しのかたちで実現してしまいました。

クリスマスなどピーク時には英仏海峡を1日約1万台のトラックが移動しています。フランスからイギリスへの貨物輸送はそのまま認められています。しかしトラック運転手が復路、イギリス側で立ち往生するのを避けるためフランス側に留まるのではという懸念が膨らみます。

英食品飲料連盟(FDF)のイアン・ライト最高経営責任者(CEO)は「貨物輸送の停止はイギリスへのクリスマス用の生鮮食品の供給とイギリスの食品と飲料の輸出に深刻な混乱を引き起こす恐れがある」と英BBC放送に話しています。

クリスマス商戦や「合意なき離脱」に備えて小売業者は商品を買いだめしているとみられており、食料不足やパニック買いという最悪の事態は回避されるのでしょうか、予断を許しません。

アイルランド、ドイツ、フランス、イタリア、オランダ、ベルギーはイギリスへの航空便を停止。ユーロスターの運行も止まりました。ボリス・ジョンソン英首相は21日、緊急事態対策委員会を開いて対策を協議します。ジョンソン首相はもっと早く3度目の都市封鎖に踏み切るべきだったと最大野党・労働党から批判されています。

混乱に拍車をかける「合意なき離脱」は避けた方が賢明なのは言うまでもありません。ウイルスは思いもしない動きや変化を見せます。私たちは未知の新型コロナウイルスに対して謙虚であるべきだと改めて思いました。

(おわり)

参考:新しい変異株が猛威ふるう英で3度目の都市封鎖「もうワクチンしかない」世界はウイルス制圧戦争に突入した

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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