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コロナ危機を終わらせるワクチンの開発者は自動車工場で働くトルコ移民労働者の息子夫婦だった

木村正人在英国際ジャーナリスト
ビオンテックの共同創設者兼CEO、ウール・サヒン氏(写真:ロイター/アフロ)

わずか10カ月足らずでパンデミックの出口が見えた

[ロンドン発]世界中で約5123万人が感染、約127万人の犠牲者を出した新型コロナウイルス・パンデミックの出口が見えてきました。第3相試験でCOVID-19(新型コロナウイルス感染症)予防に90%以上有効だった米製薬大手ファイザーと独バイオ医薬ベンチャー、ビオンテックのワクチン(BNT162b2)。

研究に着手してわずか10カ月足らず。研究に2~5年、非臨床試験2年、第1相試験1~2年、第2相試験2~3年、第3相試験2~4年、承認審査に1~2年で計10年はかかると言われていたコロナワクチンの”ワープスピード”開発を成功させたのはトルコ系ドイツ人夫婦と旧東ドイツ出身の研究者でした。

ビオンテックの共同創設者兼CEO(最高経営責任者)ウール・サヒン独マインツ大学医療センター教授(55)は「グローバルな第3相試験の最初の中間分析はワクチンがCOVID-19を効果的に防ぐ可能性がある証拠を提供します。これはイノベーション、科学、グローバルな共同作業の勝利です」と胸を張りました。

「10カ月前に旅立った時、私たちが達成したいと思っていたものができました。私たちは今、第2波の真っ只中にあり、多くはロックダウン(都市封鎖)を強いられています。それだけにパンデミックを終わらせ、私たち全員が正常に戻るために、この一里塚はどれほど重要か」

米FDAが求める有効性50%をはるかに上回る90%

サヒン教授はCOVID-19症例が計164件に達するまでデータ収集を続けると説明しました。米食品医薬品局(FDA)への緊急使用許可は今月第3週に申請される予定です。90%以上の有効性はFDAがコロナワクチンに求める50%の有効性をはるかに上回っています。

第3相臨床試験は7月27日に開始され、4万3538人が登録。うち3万8955人が11月8日の時点で2回目の投与を受けています。評価可能な症例数は94人。1回目の接種から3週間後に2回目を接種し、その1週間後に効果が確認されたそうですが、詳細なデータの公開はこれからです。

しかしワクチンを摂氏マイナス80度で保管および輸送する必要があるため、広範囲に配布できるかどうかが大きな課題となります。

父親は自動車工場で働く「ガストアルバイター」

英紙デーリー・テレグラフなどによると、サヒン教授はシリア国境に近いトルコの地中海都市イスケンデルンで生まれました。父親はケルンにあるフォード自動車の工場で「ガストアルバイター(移民労働者)」として働き、4歳だったサヒン教授は母親と他の家族とともに西ドイツに移り住みました。

当時「ガストアルバイター」に対する風当たりが強まり、サヒン教授の家族に市民権が与えられる可能性はほとんどありませんでした。自動車工場で働く「ガストアルバイター」の息子が医学の道を目指すのは並大抵のことではありません。それでもサヒン教授はケルン大学とザールラント大学で医学を学びます。

専門はがん治療。ホンブルクのザールラント大学で腫瘍学者として働いている時に妻のオーザム・トリジャ博士(53)=がん免疫療法協会=と知り合い、結婚しました。トリジャ博士はイスタンブールから移住してきたトルコ人医師の娘で、ドイツ生まれです。結婚式当日も2人とも研究室に行くのを欠かしませんでした。

2人はがんの免疫治療に取り組み、派生型遺伝暗号を使うのに熱中しました。それがコロナワクチンの開発に生かされました。2008年に設立、米ナスダックに上場するビオンテックの株価は昨年10月の13.82ドルから7.6倍の104.8ドルに跳ね上がり、時価総額は250億6800万ドル(約2兆6300億円)に達しました。

2人は現在ドイツで最も裕福な100人の中に名を連ねています。それでも学究肌で研究熱心なサヒン教授は普段はジーンズを着用、名前を書いた自転車用ヘルメットとバックパックを抱えてビジネス会議に参加しているそうです。

ファイザーの責任者は東ドイツ出身

デーリー・テレグラフ紙によると、ファイザーのワクチン研究開発責任者であるカトリン・ヤンゼン氏はドイツ生まれですが、鉄のカーテンの向こう側にいました。ヤンゼン氏の家族は1961年、ベルリンの壁が建設される少し前に東ドイツから西ドイツに逃れてきました。ヤンゼン氏はおばに薬を飲まされ、眠っていたそうです。

子供の頃、喉の感染症や咳に苦しんだヤンゼン氏は薬を飲めば気分が良くなることに驚き、薬に興味を持つようになったそうです。独マールブルクのフィリップス大学で博士号を取得した後、アメリカに移り、コーネル大学とマサチューセッツ総合病院で働いた後、ジュネーブのグラクソ分子生物学研究所に移りました。

独製薬大手メルクでヒトパピローマウイルス・ワクチンの開発を手伝い、その後、旧ワイスで肺炎球菌ワクチン開発に携わりました。ワイスは2009年、ファイザーに買収されました。ヤンゼン氏はマンハッタンのアパートからテレビ電話会議サービスZoom経由でワクチンを開発する650人のチームを率いているそうです。

ワクチン開発が早ければ米大統領選の形勢逆転も

米紙ニューヨーク・タイムズによると、ファイザーのアルバート・ブーラCEOは、コロナワクチンの開発に再選の望みをつないだドナルド・トランプ米大統領と話すたび、いつワクチンができるのか詳細を明かすようプレッシャーをかけられたそうです。

ワクチン開発が早ければ株価は上昇し、景気も回復、米大統領選の趨勢に大きな影響を与えたのは間違いありません。

BNT162b2はメッセンジャーRNA(mRNA)ワクチンとして知られ、ウイルスの遺伝暗号を使用して免疫系を刺激します。新型コロナウイルスの外側にあるスパイクタンパク質をつくる遺伝暗号を生成。それらが体内に注入されるとスパイクタンパク質のコピーがつくられ、実際のウイルスと同じように免疫系をトリガーします。

ヒトの免疫システムはスパイクを認識して破壊する方法を学習し、新型コロナウイルスのスパイクに実際に遭遇したときにCOVID-19を引き起こす前にウイルスを殺すことができるようにする仕組みです。

「最大の過ちは決定的な瞬間に決意を緩めることだ」

ファイザーは今年末までに5千万回分、来年末までに約13億回分を供給する考えです。イギリスは2千万人に十分な4千万回の予約注文を行っていると報じられました。

11月5日から2度目の都市封鎖に入っているイギリスのボリス・ジョンソン首相は「1つの重要なハードルがクリアされましたが、さらにいくつかのハードルがあります。私たちが今犯す恐れのある最大の過ちは決定的な瞬間に私たちの決意を緩めることでしょう」と気が緩むのを引き締めました。

医学研究を支援する英団体ウェルカム・トラストのディレクター、ジェレミー・ファラー博士は次のように述べています。

「このワクチンは第1世代のCOVID-19ワクチンに期待していたよりも効果的である可能性があります。1年も経たないうちにこのニュースが届いたことは驚くべき成果であり、並外れた世界的な研究の証です。効果的なワクチンはこのパンデミックの根本を変え、私たちを正常な感覚に近づけます」

「パンデミックを制御するのを助けるためにはワクチンを最前線の高リスクグループや医療・介護従事者に優先的に回して、私たちは現在の都市封鎖を尊重し続けなければなりません」

【イギリスのワクチン接種の優先順位】

(1)介護施設の高齢者と職員

(2)80歳以上と医療従事者(マンチェスターでは12月1日から接種開始)、ソーシャルワーカー

(3)75歳以上

(4)70歳以上

(5)65歳以上

(6)65歳未満の高リスクグループ(がんなど)

(7)65歳未満の中リスクグループ(糖尿病、喘息)

(8)60歳以上

(9)55歳以上

(10)50歳以上

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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