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「パンダ饅頭」「インド風カレーまん」は日本のお菓子? 非難殺到の英料理番組に今こそ日本は戦略的広報を

木村正人在英国際ジャーナリスト
日本ウイークに作られたパンダの中華饅頭(ブリティッシュ・ベイクオフの放送より)

課題は「蒸しまん」「カワイイケーキ」

[ロンドン発]市民12人が参加してケーキやクッキー、パン作りの腕前を競う英チャンネル4の人気番組「ザ・グレート・ブリティッシュ・ベイクオフ」で日本ウイークを企画したところ、参加者が中華饅頭やインド風カレーまんを作り、視聴者から「日本や中国を馬鹿にしている」「人種差別」と非難が殺到しています。

10年前に放送が始まった「ブリティッシュ・ベイクオフ」は英国内で視聴率トップ10に入る超人気番組。16年のシーズン7は最高の1385万人の視聴を記録しました。10月27日夜に放送されたシーズン11のエピソード6では「日本」がテーマとして取り上げられました。

これまでに勝ち残った7人に与えられた課題は日本の「蒸しまん」「抹茶ミルフィーユ」「カワイイケーキ」。批判が最も集中したのは「蒸しまん」です。そもそも「蒸しまん」はイギリスでは中華料理の「豚まん」として知られています。

お醤油を味付けに使った参加者もいましたが、日本とは全く関係のないパンダの顔を蒸しまんにあしらった女性やインド料理の食材を使いカレーまんを作った男性も。

「カワイイケーキ」はこんな感じです。

参加者の大半が日本のアニメや「チキンカツカレー」を少し知っている程度で、日本の菓子作りの知識が不足していました。

「日本ウイーク」ではなく「アジアウイーク」

これに対して、イギリスを中心に活動する女優、森尚子さん(39)が怒りの連続ツイート。「蒸しまんは実際には中国料理です。中華炒め、魚醤、コリアンダーは日本とは関係ありません。たぶん『日本ウイーク』ではなく『アジアウイーク』と呼ぶべきでした」

「番組が日本ウイークと題したことに私は少々困惑しています(そして悲しんでいます)。これではフランスウイークだと言って、コーニッシュパスティやウェルシュケーキ(英ウェールズの菓子)、シュトゥルーデル(伝統的なオーストリア料理)を焼くようなものです」

「訂正します。私は少々困惑しているのではなく、気分を害しました。私の気持ちはもうカワイイ(Kawaii)ではありません。コワイ(Kowai)です」

「今の時代(最近の状況)では、このようなエピソードを制作する前に適切な調査と事実確認が行われていると普通の人は考えるでしょう。少なくともそうなっていることを望んでいます」

「これは私たち日本人と私たちの文化だけでなく、中国人と中国の文化を侮辱しました。そして日本と中国の違いを知り、蒸しまんは中国料理であることを理解している多くの素晴らしい番組視聴者を馬鹿にしたのです」

「パンケーキに抹茶パウダーを加えただけでは日本のものとは言えません。焼かないで。お願いだから」。クロワッサンはイギリス料理ではなく、アップルクランブルケーキが日本料理ではないのと同じように、蒸しまんは日本料理ではないというのが森さんの主張です。

「時代遅れで退屈なステレオタイプのカワイイはコワイ」

森さんは審査員のセレブシェフが最近、日本を訪れたと聞いていたのでドラ焼き、蒸しパン、餅、せんべいが紹介されるのではと、「日本ウイーク」の放送を心待ちにしていました。

しかし実際に番組を視たら「“中国も日本も東アジア全体”を一緒くたにした時代遅れの怠けた焼き菓子を見せられた。時代遅れで退屈なステレオタイプのカワイイは皮肉にもコワイと発音ミスされていた」と総括しています。

森さんのツイートに呼応するように、SNS上では「日本ウイークなのに参加者は中国料理とインド料理を作っている」「もうアジアウイークと呼んで」「蒸しまんのルーツは中国」「日本の菓子文化に大きなマイナス」という書き込みが相次ぎました。英通信・放送規制当局オフコムにもクレームが寄せられました。

米白人警官による黒人男性暴行死事件に端を発した人種差別撤廃運動「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」やイスラム教預言者ムハンマドの風刺画を巡るイスラム過激派テロで世界中が人種に敏感になっている時だけに、英メディアは最高で780万人が視聴(視聴率35%)した人気番組を巡る騒動を一斉に報じました。

「無知で人種差別主義。日本ウイークで批判されたブリティッシュ・ベイクオフ」(英紙インディペンデント)

「アジア料理を一般化している」(英大衆紙サン)

「人種差別の境界ぎりぎり」(英大衆紙デーリー・メール)

イギリスで大衆化した日本食

在英20年の飲食業コンサルタント、津村由紀子さんは筆者に「海外でも日本食と中国料理の違いに気付いて批判する人が出てきたので、きちんと見てくれているんだと思いました。これは日本食が浸透してきた証拠です」と言います。

津村さんが渡英してきた当初、日本食と言えば、高級感のあるすしと天ぷらで一般にまで浸透しているとは言えませんでした。しかし今では大衆向けスーパーマーケットチェーン、テスコでも醤油やのり、みりんが手に入り、家庭で作って食べられるようになりました。

ロンドンでは日本の回転すしを持ち込んだ「ヨー! スーシ」や中国系イギリス人が創業した日本風アジア料理店チェーン「ワガママ」が人気を集めています。

「日本のシェフは伝統的な日本食へのこだわりが強すぎるのに対して、彼らは日本人では思いつかないようなカジュアルなメニューやエレクトリックな内装を考案して成功しました。ビジネス上手なんです」と津村さん。

今こそ戦略的外交を

日本は毎年ロンドンでジャパン祭りを開催。安倍晋三前首相が主導した戦略的対外発信の拠点としてジャパン・ハウスが2018年に超高級ショッピング・ストリート、ハイ・ストリート・ケンジントンにオープンしました。

欧州連合(EU)を離脱したイギリスは10月23日に日本との包括的経済連携協定(EPA)に署名したばかり。イギリスは環太平洋経済連携協定(TPP)への加盟に意欲を燃やしています。

イギリスの対EU貿易が減れば、対日貿易が増える可能性は極めて大きいと言えるでしょう。日本にとってはまたとないチャンスです。

グローバル化の時代、今回のような食を含めた文化のミスプレゼンテーションはよくあることです。日本政府は手をこまぬいてこのチャンスを逃してはいけません。

2006年に英BBC放送で「リック・ステイン(イギリスの著名シェフ)と駐英日本大使」というドキュメンタリー番組が放送されたことがあります。

ステイン氏が釣り上げた魚を自分でおろし、すしにしてゲストに振る舞う番組を視た当時の大使、野上義二氏が「日本料理の真髄を知ってほしい」とステイン氏を日本に招いて、マグロの卸売市場や刺身包丁の使い方までつぶさに見学してもらいます。

食文化大国フランスならいざ知らず、食文化不毛の地とも言えるイギリスの人に日本料理の繊細さを伝えるのは至難の技です。しかし野上氏は森喜朗元首相まで巻き込んでステイン氏を徹底的に接待します。ステイン氏は大衆料理や懐石料理を自分の舌で味わいながら日本料理の真髄に触れていきます。

そしてステイン氏は最後に料理長として日本人シェフ2人の協力を得ながら在英日本大使館の晩餐会でゲストをもてなします。野上氏はチャーミングな外交で著名シェフ、ステイン氏を通じてイギリス人の心を鷲掴みにしました。

日本の菓子作りやすし職人の修行体験と訪日観光客のインバウンドを組み合わせると日本を訪れる観光客を増やすのに役立つかもしれません。

コロナ危機が落ち着いたら、日本政府は、日本ウイークに参加した「ブリティッシュ・ベイクオフ」のメンバーと参加者を日本に招待して、日本の菓子作りを体験してもらって番組にするぐらいの度量が必要だと思うのですが、皆さんはどう思われますか。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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