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ムハンマド風刺画で斬首されたフランス教師は「表現の自由」の殉職者に祭り上げられた

木村正人在英国際ジャーナリスト
中等学校教員サミュエル・パティさんの棺の前で追悼演説したマクロン仏大統領(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

仏大統領「私たちは風刺画を放棄しない」

[ロンドン発]表現の自由を議論するため風刺週刊紙シャルリエブドのイスラム教預言者ムハンマドの風刺画を授業で見せた中等学校教員サミュエル・パティさん(47)が16日パリ近郊で首を切断されて殺害されたテロ事件で、パティさんの死を悼む国家追悼式が21日、ソルボンヌ大学で行われました。

エマニュエル・マクロン仏大統領はパティさんの棺の前でこう誓いました。「パティ先生、私たちは続けていきます。あなたが教えた自由を守っていきます。私たちは世俗主義を発展させていきます。私たちは風刺画や戯画を放棄することはありません」

「あなたは愚かさとウソ、他者への嫌悪といった恐ろしい謀略の犠牲になりました。イスラム過激主義者たちが私たちの未来を奪おうとしているため、サミュエル・パティは殺されたのです。あなたのような静かな英雄をイスラム過激主義者たちは持っていません」

「ササミュエル・パティは(殺害された16日の)金曜日に、テロリストを打ち破って私たちの国で自由市民のコミュニティーとして生きると願望する共和主義の顔になりました」。パティさんにはフランス最高勲章のレジオンドヌール勲章がマクロン大統領から授けられました。

この事件ではチェチェン系ロシア人容疑者(18)が現場に駆けつけた警官によって射殺されました。容疑者から300~350ユーロ(約3万7千~4万3千円)をもらって誰がパティさんかを指差したとされる14~15歳の生徒2人も含む数人について共犯の疑いなどで捜査が進められています。

10月初めの授業でイスラム教徒の生徒に退室する自由を認めた上でムハンマドの風刺画を見せたパティさんを非難する動画を女子生徒の父親がフェイスブックやユーチューブに投稿し、パティさんへの抗議を呼びかけました。容疑者は動画に触発されたとみられ、犯行前に父親と携帯電話で連絡を取っていたそうです。

風刺画の歴史はフランス革命にさかのぼる

2015年1月にはムハンマドの風刺画を掲載したシャルリエブドがイスラム過激派兄弟によって襲撃され、12人が死亡、11人が負傷するテロが発生。今年9月、シャルリエブドはテロの公判が始まったのに合わせて、テロのきっかけとなった風刺画を「このためにこうしたすべてが起きた」として再掲載しました。

その後、シャルリエブドの旧本社前で男女2人が男に刃物で切りつけられる事件が起きるなど、緊張が高まっていました。

偶像崇拝を禁止するイスラム教スンニ派ではムハンマドの風刺画は「宗教への冒涜」と受け止められます。デンマークのユランズ・ポステン紙は2005年、ターバンの中に爆弾を仕掛けたムハンマドの風刺画を掲載し、イスラム教徒の怒りに火をつけました。

シャルリエブドの風刺画はムハンマドが裸だったり、性的に描かれたりしていたため、イスラム過激派に狙われました。

仏風刺画の歴史はフランス革命にさかのぼります。国王ルイ16世とマリー・アントワネット王妃は動物に描かれました。ナポレオン3世の時代にはカトリック教会とバチカンがやり玉に挙げられ、聖職者の情けない姿が表現されました。

シャルリエブドがテロの後もムハンマドの風刺画を掲載したのは「恐れるのはテロリストの奴隷になるのと同じ。表現の自由を守るのはフランスの義務」というフランス革命以来受け継がれる風刺画の伝統が強く影響しています。

シャルリエブドはキリスト教もユダヤ教も笑いや諧謔(かいぎゃく)の対象にしており、イスラム教も例外扱いしていません。

「表現の自由」にも限界がある

1789年のフランス革命直後に制定された人権宣言は「思想および意見の自由な伝達は、人の最も貴重な権利の一つである。したがって、すべての市民は、法律によって定められた場合にその自由の濫用について責任を負うほかは、自由に、話し、書き、印刷することができる」と表現の自由を高らかに宣言しました。

と同時に「自由とは、他人を害しないすべてのことをなしうることにある。したがって、各人の自然的諸権利の行使は、社会の他の構成員にこれらと同一の権利の享受を確保すること以外の限界をもたない。これらの限界は、法律によってでなければ定められない」と権利行使の限界にも触れています。

1881年には「出版の自由に関する法律」が制定され、国家権力からの言論・出版の自由が確立されました。しかし1972年人種差別禁止法では人種差別的表現が禁止され、自分の意見を述べる場合、憎悪や嫌悪を引き起こす表現は避けることが確認されました。

「表現の自由」はフランス共和主義の礎です。とは言うものの、新型コロナウイルス・パンデミックで社会の分断が深まる中、イスラム教徒の感情を逆なでする「表現の自由」を強調するより、宗教・民族間の融和を呼びかけることの方が重要ではないのでしょうか。

コロナで移民居住区の職務質問強化

ロンドン大学ユニバーシティ・カレッジ・ロンドンのグローバル・シティー警察活動研究所、ベン・ブラッドフォード教授によると、フランスでは都市封鎖が始まった3月17日から4月16日にかけ1250万件以上の職務質問が行われ、76万件の罰金が科せられました。

コロナ対策の外出規制が薬物捜査の口実に使われました。貧困地区で警察の暴力が頻繁に報告され、移民が多いパリ郊外のセーヌ・サンドニでは都市封鎖中、最も多く職務質問が行われました。フランスの警察はイギリスやドイツに比べて強権的です。

セーヌ・サンドニでは2005年、北アフリカ出身の若者3人が警官に追跡され、逃げ込んだ変電所で2人が感電死し、1人が重傷を負った事件をきっかけに暴動が全国に拡大し、1万台の車が燃やされたことがあります。

フランスのイスラム社会にフラストレーションが溜まっていることは容易に想像できます。コロナによる経済低迷と失業問題も人の心に暗い影を落としています。そんな時にシャルリエブドに掲載されたムハンマドの風刺画を持ち出すのは火の中に爆弾を放り込むのと同じです。

マクロン大統領の支持率は38%で、不支持率の62%を大きく下回っています。2022年のフランス大統領選に向けて、右派ナショナリスト政党「国民連合」のマリーヌ・ルペン党首に激しく追い上げられています。マクロン大統領はフランスの伝統と文化を守る“戦争”で弱腰を見せるわけにはいかないのです。

イギリスの欧州連合(EU)離脱後の交渉でもマクロン大統領が強硬に唱える漁業権問題が大きな障害になっています。フランス政治の硬直化が今後、欧州の時限爆弾になる恐れは十二分にあると思います。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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