「月7万円ベーシックインカム」ぶち上げた竹中平蔵氏はエビデンス示せ 弱者救済より社会保障削減が狙い?

「月7万円のベーシックインカム」をぶち上げた竹中平蔵氏(写真:つのだよしお/アフロ)

12兆6500億円の大盤振る舞い

[ロンドン発]小泉政権で構造改革を進めた元総務相で人材派遣会社パソナグループ取締役会長の竹中平蔵東洋大学教授が「月7万円のベーシックインカム(BI)」をBS-TBS番組「報道1930」でぶち上げ、ネット上で改めて論争を巻き起こしています。

グローバリゼーションにより貧富の格差を拡大、そこに新型コロナウイルスによる未曾有の経済的な打撃が加わり、ベーシックインカムを巡る議論が世界中で巻き起こっています。

竹中氏は菅義偉首相の有力なブレーンの1人に数えられています(ノンフィクションライター、森功氏著『総理の影 菅義偉の正体』より)。竹中氏の発言は菅首相の「自助・共助・公助」と行政のデジタル化を推進するための観測気球なのでしょうか。

ベーシックインカムとは最低限度の生活を保障するため国民全員に同額の現金を配る制度です。新型コロナウイルスの流行で、緊急経済対策として国民に一律10万円の特別定額給付金を配ったことで日本でもベーシックインカムが現実味を持ち始めました。

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特別定額給付金は総額12兆6500億円の大盤振る舞いでした。

竹中氏「実現すれば、生活保護や年金給付が必要なくなる」

竹中氏は今年6月と7月、「週刊エコノミスト」の特集記事でベーシックインカムについて考え方を披露しています。特集記事から竹中氏の発言を見ておきましょう。

・一定の所得がある人は税金を払い、それ以下の場合は現金を支給する(負の所得税)

・マイナンバー取得を義務付け、所得が一定以上の人には後で返してもらう。実現すれば、生活保護や年金給付が必要なくなる

・それらを財源にすることで、大きな財政負担なしに制度を作れる。ベーシックインカムは事前に全員が最低限の生活ができるよう保証する

・これまでは大学を出て大企業に入れば安泰だったが、これからはチャレンジし続けなくてはならない。チャレンジにはリスクがつきもので「究極のセーフティーネット」が不可欠

・今後、新型コロナの第2波、第3波が来れば、例えば毎月5万円を給付する必要が出てくるかもしれない。その際にはマイナンバーが重要になる

・社会主義国が資本主義にショック療法で移行した時のように、一気にやる必要がある。今がそのチャンス

竹中氏も学者ならエビデンスを示せ

研究論文では「潜在的な利害関係」は編集者に公開しなければなりません。利害関係は論文それ自体の信憑性評価に大きな影響を及ぼすからです。竹中氏がパソナ会長としてではなく、学者として発言しているのなら、まずエビデンスを示す必要があります。

竹中氏の発言ではベーシックインカムの支給金額が5万円から7万円に引き上げられているものの、それは勘弁してほしいと思われた方も多いのではないでしょうか。

厚生年金保険・国民年金事業の概況(2018年度)によると、厚生年金保険の平均年金月額は14万3761円、国民年金は5万5708円です。年金月額が7万円より少ない人は竹中氏のベーシックインカム論に賛成するかもしれませんが、それより多くもらっている人は反対するはずです。

生活保護の被保護者調査(今年6月)によると、生活保護を受けている人は205万5531人。厚生労働省が定める最低生活費から自分の収入を差し引いた差額分が生活保護費として支給されています。

しんぶん赤旗によると、安倍前政権が決定した生活保護費の段階的削減として今のままなら10月から75歳単身世帯の生活保護費は月約7万5000円が約7万2000円に減額されるそうです。

竹中氏の「月7万円のベーシックインカム」は75歳単身世帯の生活保護費とほぼ同額で、所得が一定以上の人はいったん月7万円を受け取っても後で返す仕組みです。社会的弱者の救済より社会保障費の削減を狙った発言と批判されても仕方ないような印象を受けました。

「ベーシックインカムの議論には質の高い調査が必要」

イギリスではコロナによる影響で家賃を支払えずに違法に立ち退きを迫られる入居者が50%も増える一方で、不動産市場は金融と不動産税制の緩和で過熱しています。もはや「狂気の強欲資本主義」と表現するしかありません。

世論調査会社ユーガブ(YouGov)によると今年4月時点でベーシックインカムを支持する人は51%、反対は24%にとどまりました。

英大学ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の上級客員研究員マルコム・トーリー氏は「ベーシックインカムの議論には質の高い調査が必要だ」とLSEのサイトに寄稿しています。それによると――。

「この数年間、雇用不安の高まりにより、ベーシックインカムの考え方への関心が高まっている。雇用と収入の両方を悪化させたコロナ危機はベーシックインカムへの関心をさらに強めている」

「英エセックス大学社会経済研究所のシミュレーションによると、イギリスの場合、管理インフラが整ったら生産年齢の成人について週当たり196.59ポンド(2万6414円)のコロナ対策ベーシックインカムスキームが短期的には実現可能だ」

(筆者注)これを4倍すると月額約10万5656円になる。

「コロナ対策ベーシックインカムが子供の貧困を59%、生産年齢の成人の貧困を66%削減する」

「恒久的なベーシックインカムに移行する場合、生産年齢の成人は週当たり60ポンド(約8000円)。国家基礎年金への上乗せは無条件に30ポンド(約4000円)。育児手当は10ポンド(約1350円)上乗せする。このスキームのコストは年2600万ポンド(約35億円)であり、事実上ゼロになる」

「ジニ係数は10分の1、子供の貧困は4分の1減る。それは有用な社会的および経済的効果を持っている」

フィンランドの実験では月6万9000円で失業者のうつ病減る

最低限度の生活を保障するため市民全員に現金を配りましょうというベーシックインカムの社会実験が世界で初めてフィンランドで開始されたのは2017年11月のこと。

1年間、25~58歳の失業者2000人に月560ユーロ(約6万9000円)を配りました。その結果、ベーシックインカム受給者の就業日数はわずか6日間増えた(平均就業日数は78日間)だけでしたが、生活の満足感が向上し、精神的緊張、うつ病、悲しみ、孤独を感じる人が少なくなりました。

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次に主な国々の例を見ていきましょう。

【各国の例】

スイス

2016年6月に無条件ベーシックインカムを巡る国民投票が実施され、77%が反対。

アメリカ

今年6月、カリフォルニア州ストックトン市など11市長が「所得保障のための市長連合」を設立。発端は白人警察官による黒人男性暴行死事件が火をつけた黒人差別反対運動「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切だ)」。

ストックトン市のマイケル・タブス市長は昨年初めから125人の住民に月500ドル(約5万2700円)を配る実験を開始。スローガンは「貧困の解決策は所得保障によって直接それをなくすことだ」という米公民権運動の指導者マーティン・ルーサー・キング・ジュニア牧師の言葉。連合は25市長に広がる。

フェイスブック共同創業者の1人、クリス・ヒューズ氏が共同議長を務める。ヒューズ氏はトップ1%への所得税率を現在の34%から50%に引き上げて年3000億ドル(約31兆6300億円)の財源を確保し、年5万ドル(約527万円)未満の収入しかない労働者9000万人に月500ドルずつを給付するベーシックインカムの導入を唱えている。

筆者の取材に応じるクリス・ヒューズ氏(筆者撮影)
筆者の取材に応じるクリス・ヒューズ氏(筆者撮影)

ヒューズ氏は18年4月当時、筆者の取材に「ベーシックインカムは経済を成長させる機会を提供することになる。あくまで一時的なソリューションだが、アメリカ経済を再び浮揚させる原動力になるはずだ」と語った。

スペイン

子供の貧困率が欧州連合(EU)の中で最も高い。今年6月から低所得者85万人を対象に月462~1015ユーロ(約5万6800~12万5000円)を請求できる事実上のベーシックインカムスキームを導入。年間予算は30億ユーロ(約3690億円)。「勤労意欲を奪い、逆に『貧困の罠』になる恐れがある」という批判もある。

ドイツ

ベルリンを拠点とする慈善団体とドイツ経済研究所が3年間にわたって120人に月1200ユーロ(約14万7500円)を配る社会実験を開始。ベーシックインカムを支給された人がすべてのお金を使うのか、それとも一定の額を節約するのか、仕事を辞めるのか、それとも減らすのか、他の人に寄付するのかなどについて調べている。

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日本でもコロナ緊急経済対策としてではなく、恒久的にベーシックインカムを導入する場合、緻密なシミュレーションと実証研究が必要なのは言うまでもありません。

(おわり)