「習近平訪日で第5の政治文書」中国の甘い罠に惑わされるな カギ握る親中派の二階氏

菅義偉首相誕生の流れをいち早く作った自民党の二階俊博幹事長(写真:Natsuki Sakai/アフロ)

「中国とは長い冬の時代もあったが、今や誰が考えても春」二階氏

[ロンドン発]菅義偉首相誕生の流れをいち早く作った自民党の二階俊博幹事長は17日、石破派のパーティーの講演で、コロナ危機で延期された中国の習近平国家主席の国賓訪日の早期実現に期待感を示しました。二階氏は自民党切っての親中派です。

日本のメディアから二階氏の発言を拾ってみました。「今年、日中首脳会談が日本で行われれば、第5の文書が結ばれることになっていた」「世界の平和と繁栄を日本と中国が中心となって共に成し遂げる、いわゆる『共創』という決意を固めることになっていた」

「(日中首脳会談が)穏やかな雰囲気の中で実現できるよう心から願っている」「中国とは長い冬の時代もあったが、今や誰が考えても春。訪問を穏やかな雰囲気の中で実現できることを、心から願っている」

二階氏は、今年7月に発表された米有力シンクタンク、戦略国際問題研究所(CSIS)の報告書『日本における中国の影響力』の中で、菅内閣の発足に伴って退任した今井尚哉首相補佐官とともに「二階・今井派」と紹介されるほどの親中派としてアメリカでも有名です。

二階、今井両氏は中国と習氏のインフラ経済圏構想「一帯一路」に関し安倍晋三首相(当時)にソフトアプローチをとるよう進言。二階氏は中国との友好バロメーターであるパンダを5頭も地元の和歌山に受け入れ、昨年4月には安倍首相の特使として習氏と会談しています。

カジノを含む統合型リゾート(IR)事業を巡り、中国企業から約760万円の賄賂を受け取ったとして東京地検特捜部に起訴された秋元司衆議院議員も二階派の所属。今年3月、秋元氏が二階派会合に復帰して「無罪を勝ち取りたい」と発言した際、二階氏から「説明責任を果たし、頑張りなさい」と励まされました。

「片言の英語を話せるようになって世界旅行がしたい」菅首相

安倍前首相はドナルド・トランプ米大統領との相性も良く、首脳ゴルフを重ねて親密な関係を構築しました。

「めどがついたらフィリピンのセブに行って3カ月くらい、語学学校に入って。それで片言の英語を話せるようになって1、2年ゆっくり世界を旅行したいね」(NIKKEI The STYLE)という英語力の菅首相に安倍前首相のような芸当を期待するのは無理というものでしょう。

アイザック・ニュートンの「万有引力の法則」では2つの物質間に働く引力は2つの質量の積に比例し、物質間の距離の2乗に反比例すると考えられています。国際貿易でも国内総生産(GDP)が大きくなればなるほど貿易額は大きくなり、距離が遠くなればなるほど小さくなります。

中国とアメリカの間に位置する日本ですが、距離とこれからの成長力を考慮すると、経済的な万有引力は日米間より日中間の方がどんどん大きくなっていきます。

しかし東アジアの安全保障を考えた場合、中国が建国100周年の2049年までに台湾を力づくでも統一するシナリオに備えなければなりません。沖縄県・尖閣諸島など島嶼防衛のため陸上自衛隊は奄美大島、宮古島、石垣島に地対艦・地対空ミサイルの配備を進めています。

中国との「ミサイル・ギャップ」を埋めるためアメリカは中距離ミサイルのアジア配備を急いでおり、その有力な候補地は日本の琉球諸島と西太平洋のパラオです。

アメリカの中距離ミサイルには核兵器も搭載できるため、今後、政策課題として浮上してくると日本国内で拒絶反応が起き、激しい論争を巻き起こす可能性があります。

また、在日米軍駐留経費の負担問題ではジョン・ボルトン米国家安全保障問題担当大統領補佐官(当時)が回顧録『それが起きた部屋』の中で、昨年7月に来日した際、日本側の負担を約4・5倍に増やし年間80億ドル(約8400億円)を要求するトランプ大統領の意向を谷内正太郎国家安全保障局長(当時)に説明したことを明らかにしています。

「第5の政治文書」という甘い誘い

菅首相の苦しい胸の内を見越して中国が二階氏を通じて投げてきた甘い誘いが「第5の政治文書」です。この誘いは昨年、G20大阪サミットに合わせて習氏が来日する際にも取り沙汰されたことがありますが、何も起きませんでした。

日中両国間には4つの政治文書があります。

(1)1972年、日中共同声明(国交正常化。台湾は中国の不可分の領土であるという復交3原則を中国側が提示)

(2)1978年、日中平和友好条約(中国側はソ連を念頭に「反覇権」を要求)

(3)1998年、日中共同宣言(日中平和友好条約20周年。江沢民国家主席が中国の国家元首として初来日するも歴史発言を繰り返し、日中間の大きなズレが浮き彫りに)

(4)2008年、日中共同声明(政治的相互信頼の増進をはじめ戦略的互恵関係を包括的に推進する)

習氏の来日に合わせて「第5の政治文書」を結ぶことにどんな思惑があるのでしょう。

2012年の尖閣諸島の国有化で日中関係は極度に悪化しました。14年には日本の谷内国家安全保障局長と中国の楊潔チ外相が会談し「日中間の4つの基本文書(政治文書のこと)の諸原則と精神を遵守し、日中の戦略的互恵関係を引き続き発展させていく」ことを確認しました。

尖閣問題については「東シナ海の海域において近年緊張状態が生じていることについて異なる見解を有していると認識し、対話と協議を通じて、情勢の悪化を防ぐとともに、危機管理メカニズムを構築し、不測の事態の発生を回避する」ことでも意見の一致をみました。

18年当時の日経新聞によると、中国の推進派は、習氏の「一帯一路」や外交思想「人類運命共同体」の概念を「第5の政治文書」に盛り込む意向でした。今回は二階氏によると「世界の平和と繁栄を日本と中国が中心となって共に成し遂げる、いわゆる『共創』の決意」だそうです。

香港、中印国境、南シナ海でゴリ押しする中国

しかし中国は新型コロナウイルスの混乱に乗じて「核心的利益」である領土保全や主権が関わる問題では衝突も恐れず国益を追及する「戦狼外交」を香港、中印国境、南シナ海でゴリ押ししているのが現実です。

中国が二階氏を通じて習氏の国賓訪日の早期実現のメッセージを送ってきたのは「日米分断」を図るためです。中国は欧州連合(EU)と9月14日、6月22日に続くテレビ首脳会議を開き、「欧米分断」を世界中に印象付けました。

中国にとって今は成果を上げることより対話を継続することに意味があるのです。中国の最終的な狙いは国際社会の中で自らが孤立するのではなく、アメリカを孤立させ、アジアから駆逐することにあります。

習氏の国賓訪日について茂木敏充外相は18日の記者会見でこう話しました。

「習主席の訪日については現段階で検討するという段階にはない。これまで国家主席が来日した際に4つの文書を出している。そういった成果文書を作るかどうか議論は行ってきたが、現段階において訪日、さらにその際の文書をどうするかということは検討していない」

「第5の政治文書」を結べば日本は東シナ海の安定を確保できるのでしょうか。日米同盟の結束が緩めば、中国は南シナ海と同じように東シナ海の実効支配に乗り出してくるのは確実です。国際海洋法の解釈は中国と欧米では異なるため、結局は軍事的なプレゼンスがモノを言います。

日米中の三角形の、日米間の距離を広げて日中間の距離を縮める外交が最悪の選択肢であることは民主党政権が教えてくれました。日米間の結束を強化しながら、日中間の距離をどう保っていくのか――11月に米大統領選を控える中で菅首相には安倍前首相以上に慎重なバランス感覚が求められています。

(おわり)