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「日銀・黒田バズーカの弾薬は尽きた」菅義偉首相を待ち受ける「ドル安・円高」の試練

木村正人在英国際ジャーナリスト
衆参両院で第99代首相に指名された自民党の菅義偉総裁(写真:つのだよしお/アフロ)

[ロンドン発]16日、安倍晋三首相(65)は「国民の皆さまと共にチャレンジすることができたのは私の誇り」と目を潤ませて首相官邸を後にしました。そして自民党の菅義偉総裁(71)が衆参両院本会議の首相指名選挙で第99代首相に選出されました。

菅氏は「役所の縦割り、既得権益、先例主義。こうしたものを打倒して規制改革をしっかり進めていきたい。国民のために働く内閣をつくっていきたい」と宣言しています。

その一方で、再任閣僚8人、閣内横滑り3人、再入閣4人、初入閣は5人どまりと文字通り安倍政権を継承するかたちとなりました。

安倍前首相に比べて海外では知名度が低い菅新首相を海外はどうみているのでしょう。海外メディアや日本ウォッチャーは一様に、菅氏が名門政治家一族の安倍氏や麻生太郎副総理兼財務相とは違って秋田県のいちご農家出身の「叩き上げの政治家」で無派閥であることを強調しています。

「菅氏の対中政策に大きな関心」

米戦略国際問題研究所(CSIS)のサイトでマイケル・グリーン上級副所長とニコラス・セチェーニ上級研究員は次のように解説しています。

「菅氏の対中政策にも大きな関心が寄せられています。東シナ海での中国の威圧を抑止するため防衛能力を強化し続ける一方で、二国間関係を安定させるため北京とのさらなる対話の道筋を模索しようとするかどうかです」

「差し迫った問題は、香港国家安全維持法を強行するなど中国の弾圧が顕在化する中で、延期された習近平国家主席の訪日を実現させるかどうか。菅氏は昨年、アメリカでのネットワークを構築するためワシントンを訪れましたが、安倍氏と比べ外交的人脈は細いことを自覚しました」

グリーン上級副所長らは「菅氏は外交について前任者の安倍氏に相談することになる」と分析し、世論調査で野党支持率は自民党に大きく引き離されており、菅氏は安定と継続をもたらせるという自民党の認識は正しいように見えると結論付けています。

「ドル安・円高が大きな試練となる」

米外交雑誌フォーリン・ポリシーは「菅氏は継続を約束したが、経済ではおそらく実現できない」と不吉な見方を示しています。

「安倍氏はアベノミクスという経済政策をもとに支持率を上げました。しかし実際には約束したより少ない財政緩和を行い、構造改革は彼のレトリックが示唆するほど革命的ではなく、日銀に超緩和策を働きかけたものの、近年ではより穏やかな措置になっています」

「20年間の緩和策の後、日銀は追加の弾薬は尽きたと信じています。一方、米連邦準備理事会(FRB)の緩和策は新型コロナウイルスによる経済危機を闘うため金融政策を大幅に拡大するなど始まったばかりです。アメリカの財政赤字は平時では前例のないレベルに近づいています」

「これはドル安と円高を招きます。菅氏にとってそれは大きな試練になるでしょう。円高で日本の輸出競争力が低下すると、菅氏は難しい決断に直面するかもしれません。安倍路線の継承を約束はできても、同じ結果を出せるとは限りません」

「菅氏はタカ派ではなく、現実主義者」

アジア太平洋の政治・安全保障問題を専門とするオンライン雑誌ザ・ディプロマットは英調査会社オックスフォード・エコノミクス在日代表の長井滋人氏の「菅氏はライバルよりタカ派ではなく、現実主義者だ」との分析を紹介しています。

長井氏によると「菅氏が首相としてどのようなパフォーマンスを見せるかはまだ分かりませんが、より実際的なアプローチをとり、自民党内の他の人より妥協する用意があるかもしれません。しかし党によって設定された政策に反対できず、党は韓国への態度を軟化させていません」。

「日本の中国依存度は韓国依存度よりはるかに大きい。日本の首相にとっての課題は常に中国とアメリカの関係のバランスを取ることです。菅氏のリーダーシップの下、日本はアメリカの重要な同盟国であり続けると同時に、対中関係を良好に保つことを試みるでしょう」

ザ・ディプロマットの他に記事によると、アメリカは東アジアにおける中国の中距離ミサイル能力に対抗するため中距離ミサイルを日本の琉球諸島か西太平洋のパラオに配備することを検討しています。

中国は、真っ先に菅氏擁立に動いて流れを作った親中派の二階俊博自民党幹事長や、連立を組む公明党を通じて揺さぶりをかけてくることは十分に予想されます。

「菅氏は究極の政治的な策士」

米有力シンクタンク、ブルッキングス研究所のミレヤ・ソリス上級研究員は「菅氏のスキルは鋭い政治的な本能を持っていることです。彼は究極の政治的な策士とみなされてきました。彼は広いネットワークを持っています」と指摘しています。

「彼の官僚操縦術は効き目があり過ぎると言う人がいるでしょう。上級官僚の人事権を掌握することで官僚制度をコントロールすると改めて主張しました」

「彼は先頭に立つ人とみなされてきませんでした。常に舞台裏で操る人とみなされてきました。菅氏は多くの政治的資産を持っていますが、これから実力を証明する必要があります」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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