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2024年アメリカに女性の黒人大統領が誕生する!? バイデン氏の副大統領候補にカマラ・ハリス上院議員

木村正人在英国際ジャーナリスト
バイデン氏の副大統領候補に選ばれたハリス氏 (今年3月)(写真:ロイター/アフロ)

「性別・人種・年齢面でバイデン氏を補完」

[ロンドン発]11月の米大統領選を前に、インド出身の母とジャマイカ出身の父を持つカマラ・ハリス上院議員(55)=カリフォルニア州選出=が12日、民主党候補指名を固めているジョー・バイデン前副大統領(77)の副大統領候補に選ばれました。

女性で、しかも有色の副大統領が誕生すればアメリカ史上初。高齢のバイデン氏が当選して大統領になっても2期目は82歳になり、副大統領に大統領候補の座を譲るとみられています。このため、2024年の大統領選では史上初の女性の黒人大統領が誕生する可能性が出てきました。

ハリス氏は「バイデン氏は人生を通じ祖国のために戦ってきたのでアメリカ人を団結させることができます。大統領として彼は私たちの理想に応えるアメリカを築きます。副大統領候補として参加できて光栄です。彼を大統領にするために必要なことをします」とツイートしました。

英シンクタンク、国際戦略研究所(IISS)アメリカのマーク・フィッツパトリック前本部長(現研究員)は筆者に次のような見方を示しました。

「ハリス氏は上院議員として進歩的で賢明な政策を推進してきました。彼女は非常に賢明でエネルギッシュ。バイデン氏の大統領選キャンペーンにとって大きな財産になるでしょう。彼女は性別・人種・年齢などいくつかの面でバイデン氏を補完しています」

「彼女が共和党のマイク・ペンス副大統領と討論する日を今から待ちきれません。(検察官出身の)彼女はペンス副大統領を引き裂くでしょう。彼女は経験豊富な議員です。バイデン氏に何か起きた場合、彼女は大統領職を引き継ぐ準備ができています」

「中国に対しては民主党の人権外交を踏襲」

フィッツパトリック前本部長は続けます。

IISSマーク・フィッツパトリック氏(筆者撮影)
IISSマーク・フィッツパトリック氏(筆者撮影)

「彼女は私の第一の選択ではありませんでしたが、アメリカが人種間の緊張に苛(さいな)まれている現状では最良の選択です。副大統領職はしばしば表面的ですが、バイデン氏のような高齢の大統領候補にとって副大統領候補の選択はこれまでで最も重要になる可能性があります」

「バイデン氏自らが副大統領を(8年間も)務めたため、副大統領の役割と、大統領と副大統領が緊密に協力することがいかに重要であるかを知っています。2人がそのようなチームになること、そして自分が彼女を頼ることをバイデン氏は確信していると思います」

「トランプ大統領が彼女に子供じみた侮辱的なニックネームをつけるのは間違いないでしょう。そのニックネームは女性蔑視や人種差別を響かせる可能性が強いと思います。そして、それは裏目に出るはずです」

外交経験がないハリス氏の外交政策、特に対中政策についてもフィッツパトリック前本部長に尋ねてみました。

「外交政策に彼女はフォーカスしてきませんでしたが、彼女は人権問題で中国に立ち向かうなど、民主党主流の立場を取っています。彼女はトランプ大統領の貿易戦争には同意しないものの、中国の不公正な貿易慣行には反対しています」

「新型コロナウイルスを『中国のウイルス』または『武漢ウイルス』と呼ぶなど、中国に対する人種差別的な攻撃を彼女は非難しています」

バイデン氏に2つの大敵

では、なぜハリス氏が副大統領候補に選ばれたのでしょう。実はバイデン氏は共和党のドナルド・トランプ大統領(74)を支持する保守層に加えて、民主党内にもバーニー・サンダース上院議員(78)=バーモント州選出=を支持する急進左派勢力という2つの大敵を抱えています。

性差別的な言動を繰り返し、白人警官による黒人暴行死事件に端を発した差別撤廃運動「Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)」で逆に「文化戦争」を煽ったトランプ大統領への対抗軸として「女性」「有色(非白人)」というキーワードがクローズアップされています。

ハリス氏は2018年に出版した自伝『私たちの真実(筆者仮訳、The Truths We Hold)』に「私の名前、カマラはインド文化の象徴である『蓮の花』を意味しています。蓮は水の中で成長し、花は水面から立ち上がり、根は川底にしっかり植わっています」と記しています。

母は乳がん研究者、父は経済学者。2人は公民権運動を通じて恋に落ち結婚。離婚したあと、ハリス氏はインド出身の母の強い影響を受けます。オークランドやハワード大学という黒人文化の中で育ったハリス氏ですが、自分のアイデンティティーについては「アメリカ人」と明言しています。

2019年時点の有権者の人口構成をみると、白人7割弱、有色3割強。共和党支持者は白人8割強、有色2割弱なのに対して、民主党支持者は白人6割弱、有色4割強と逆転します。ハリス氏の抜擢は女性と有色の有権者をバイデン陣営が意識したのは間違いありません。

「Black Lives Matter」と「文化戦争」のエスカレートで有色有権者はハリス氏支持に流れる可能性があります。オバマ前政権で国連大使や国家安全保障担当大統領補佐官を務めたスーザン・ライス氏(55)も有力視されていましたが、外交畑でバイデン氏と得意分野がだぶるため敬遠されたのかもしれません。

「私たちをトランプから救うため『最高の警察官』を選んだ」

ハリス氏はサンフランシスコ地方検事やカリフォルニア州司法長官を務めるなどキャリアのほとんどを検察官として過ごした穏健な実務家。「進歩的な検察官」をアピールしてきましたが、民主党内の急進左派から「十分、進歩的ではない」と攻撃されています。

サンダース陣営の報道担当だったブライナ・ジョイ・グレイ氏はツイートで「私たちはアメリカ史上最大の抗議運動の真っ只中にいる。民主党は私たちをトランプから救うために『最高の警察官』でバイデン氏の犯罪法案の立案者を選んだ」と副大統領候補指名を皮肉りました。

2017年に黒人女性として2人目の上院議員になり、検察仕込みの鋭い舌鋒で人気を集めたハリス氏は昨年1月、民主党の候補者指名争いに参戦。一時は討論会でバイデン氏をやり込めたこともありました。急進左派の政策を支持してみせたものの中途半端に終わり、同年12月に撤退。バイデン氏支持を表明しました。

トランプ陣営の上級顧問カトリーナ・ピアソン氏は「少し前までカマラはバイデン氏を人種差別主義者と呼び、謝罪を求めていた。”いんちきカマラ”は民主党を支配する反警察の過激主義者をなだめるために検察官としての経歴と彼女自身の道徳を放棄するだろう」と批判しました。

トランプ大統領は新型コロナウイルス対策の遅れで被害を無用に拡大させ、経済は失速。大統領の“大量自殺点”でバイデン氏が勝利する確率は今のところ89%(英誌エコノミスト)に達しています。面白みと存在感に欠けるバイデン氏の選挙戦略はひたすらトランプ氏の自滅を待つことです。

バイデン陣営にとってハリス氏は、「民主党は『Black Lives Matter』で反警察を煽り、法と秩序を脅かしている」というトランプ陣営の攻撃に対する強力な防波堤になるでしょう。しかしバイデン氏が急進左派の取り込みに失敗すると、大統領選はまだ一波乱あってもおかしくないと思います。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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