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「建国の父」はトランプ氏と同じほど差別主義者? アメリカを分断させる文化戦争とキャンセル・カルチャー

木村正人在英国際ジャーナリスト
トランプ氏を加えたラシュモア山国立記念碑のコラージュ、トランプ陣営のツイートより

「歴史を一掃し、子供たちを洗脳する容赦なきキャンペーン」

[ロンドン発]3日、米サウスダコタ州のラシュモア山国立記念碑のふもとで開かれた独立記念日(4日)式典で演説したドナルド・トランプ大統領が、アメリカの歴史的な偉人の記念像を取り除く運動を批判すると、参加者から同意を表明するかたちのブーイングが起きました。

ラシュモア山には4人の米大統領ジョージ・ワシントン、トーマス・ジェファーソン、セオドア・ルーズベルト、エイブラハム・リンカーンの顔が刻まれています。最初にブーイングが起きたのは、奴隷制というアメリカの「負」の歴史を非難する運動にトランプ氏が触れた時です。

「今夜ここで会うと、祖先が必死で戦い、確かにするために血を流した全ての祝福を脅かす危険が高まっている。アメリカは、われわれの歴史を一掃し、英雄を中傷し、価値観を消し去り、子供たちを洗脳する容赦のないキャンペーンを目撃している」

2度目のブーイングはアメリカ独立の「建国の父」たちもこうした運動の対象にされていることにトランプ氏が触れた時でした。

「われわれの遺産を消し去ろうとする人々は、アメリカ人が自分たちのプライドと偉大な尊厳を忘れ去り、自分自身やアメリカの運命を理解できないようになることを求めている」

「1776年(独立宣言のあった年)の英雄を引き倒すことで、われわれが祖国に対して感じ、私たちがお互いに感じる愛と忠誠心の絆を解消しようとしている。彼らの目標はより良いアメリカではなく、アメリカの終わりなのだ」

撤去された南軍司令官リー将軍像

自分たちの祖先が築いた歴史を非難されたり、攻撃されたりした時、保守的な人たちほど激しい拒絶反応を引き起こします。アメリカは今、白人警官による黒人暴行死事件に端を発した黒人差別撤廃運動「Black Lives Matter(黒人の命は大切だ)」によりさらに分断が深まっています。

アメリカの歴史と奴隷制は切っても切り離せません。そしてアメリカの国土はもともと先住民から奪ったものです。

南北戦争(1861~1865年)と奴隷解放宣言(1863年)を経て奴隷は解放され、米憲法修正13条として奴隷制の廃止が明記されます。しかし南部では黒人差別が合法化され、1950~60年代の公民権運動を経て、ようやく人種差別を禁じる公民権法が制定されました。

「Black Lives Matter」運動で奴隷制というアメリカの「負」の歴史に改めてスポットライトが当てられ、南北戦争で南部連合の軍司令官を務めたロバート・E・リー将軍、南軍の将校や英雄の記念像、南軍兵士の追悼記念碑が次々と取り除かれたり、撤去が決まったりしました。

「奴らの武器は“キャンセル・カルチャー”」

これに対して、連邦の彫像や記念碑を損傷したり改ざんしたりした者を少なくとも10年間、投獄する大統領令に署名したトランプ氏は演説の中でこう強調しました。

「奴らの政治的な武器の一つは“キャンセル・カルチャー”だ。人々を仕事から追放し、反対者を辱め、同意しない者に全面的な服従を要求する。まさに全体主義であり、われわれの文化と価値観と完全に異質であり、アメリカには居場所はない」

「われわれの壮大な自由への攻撃は止められなければならない。それはすぐに止められるだろう。 私たちはこの危険な運動をさらし、祖国の子供たちを守り、この過激な攻撃を終わらせ、愛するアメリカの生活様式を守るだろう」

米メディアは「トランプ氏が独立記念日に分断を煽る文化戦争のメッセージ」(ニューヨーク・タイムズ紙)などと一斉に報じました。新型コロナウイルス対策に失敗、死者は13万人を超え、失業保険を申請する手続きをとった人は過去3カ月で4500万人を超えました。

トランプ氏は批判の矛先をかわすために、新型コロナウイルスの流行をすぐに公開しなかった中国の隠蔽体質、中国擁護の言動を続けた世界保健機関(WHO)、香港国家安全法問題、対中貿易赤字や中国通信機器大手、華為技術(ファーウェイ)の次世代通信規格5G参入問題を批判したものの、“反中外交カード”は不発。

11月に迫る米大統領選の世論調査で民主党の大統領候補ジョー・バイデン前副大統領に大差をつけられたトランプ氏にとって切れるカードは「文化戦争」しか残っていません。

ラシュモア山の4人のうちワシントンとジェファーソンは多数の奴隷を所有していました。

トランプ氏は「この記念碑は決して冒涜されない。これらの英雄は決して改ざんされず、彼らの遺産は破壊されず、その偉業が忘れられることは絶対にない。ラシュモア山は私たちの祖先と自由への永遠の賛辞として永遠に残る」と断言しました。

日本は「歴史」「伝統」「文化」戦争

アメリカの「文化戦争」は、日本の場合、安倍晋三首相ら自民党内のいわゆる真正保守が主張してきた「歴史」「伝統」「文化」という文脈で読み解くと非常に分かりやすくなります。天皇、靖国神社、旧日本軍の従軍慰安婦、徴用工、歴史教科書問題は日本では激しい国民感情を引き起こします。

歴史を他人事と切り離せる人はともかく、自分の曽祖父母、祖父母、両親が戦争と植民地支配に深く関わった人たちは中韓や国内左派から日本の近代史を非難、攻撃されると強い怒りの感情を覚えるのです。「捕鯨」もそうしたキーワードの一つです。

アメリカでは白人警官に8分46秒にわたって首根っこを膝で押さえつけられて死亡した黒人男性ジョージ・フロイドさん=当時(46)=が奴隷制の悪夢を思い起こさせたように、「Black Lives Matter」運動による彫像や追悼記念碑撤去は米南部のルサンチマンを刺激した可能性があります。

奴隷制は二度と繰り返してはならない歴史上の過ちです。「Black Lives Matter」運動の歴史に対する糾弾は燎原の火のごとく欧州に広がりました。最大の問題はトランプ氏が米大統領選でこれを逆手に取り、白人至上主義の怒りの炎に油を注ごうとしていることです。

アメリカの文化戦争は保守(共和党)vsリベラル(民主党)を軸に、人工妊娠中絶、同性婚、世俗派と信仰派を巡って激しく対立するようになりました。しかし危険なのは「Black Lives Matter」運動に反資本主義、警察弱体化を唱え、暴動を扇動する過激左派が入り込んでいることです。

キャンセル・カルチャーの標的にされたJ・K・ローリング

イギリスでも最大野党・労働党のジェレミー・コービン前党首時代に過激左派が党を牛耳り、反ユダヤ主義、反資本主義が広がりました。コービン派の若者は極めて排他的で、異なる意見に耳を傾けないばかりか、「移民規制は人種差別主義者」と容赦のない攻撃を始めるのです。

SNS全盛の時代、前後の文脈や時代背景を無視して糾弾することを「キャンセル・カルチャー」と言うそうです。「ハリー・ポッター」シリーズの英作家J・K・ローリングさんが「トランスフォビック(恐怖症)」と攻撃されているのも「キャンセル・カルチャー」の一つでしょう。

歴史・伝統・文化や人間の性の問題は白と黒、善悪二元論だけで割り切ることができる単純な問題ではありません。筆者はトランプ氏が匂わせる白人至上主義のレトリックには断固として反対します。しかし反資本主義にも警察弱体化の過激論理にも反対します。

歴史と記念碑、顕彰と追悼の問題を一緒くたにして乱暴な道徳観で一刀両断にする「Black Lives Matter」運動のロジックには全面的には賛同できません。アメリカの文化戦争も日韓歴史問題と同様に分断や溝をさらに深めていく危険性を十分にはらんでいると思います。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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