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「トランプは習近平に大統領選のため農産物を買ってと嘆願した」資本主義は敗れ、中国の社会主義が勝利する

木村正人在英国際ジャーナリスト
トランプ米大統領(右端)とボルトン氏(左端、昨年2月)(写真:ロイター/アフロ)

トランプ氏の“デタラメ外交”

[ロンドン発]イラク戦争は正しかったと今でも信じて疑わない超タカ派ジョン・ボルトン前米大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が23日出版予定の回顧録『それが起きた部屋(筆者仮訳、The Room Where It Happened)』でドナルド・トランプ大統領の“デタラメ外交”ぶりを告発しています。

米紙ニューヨーク・タイムズなどが592ページの著書を事前に入手して報じました。自分では気付かないうちに相手国に利用される者を「役に立つ馬鹿(useful idiot)」と言いますが、トランプ大統領が「役に立つ馬鹿」そのものなら、ボルトン氏は「危険な馬鹿」と言って差し支えないでしょう。

北朝鮮やイランは「ならず者国家」として軍事行動も辞さない強硬派のボルトン氏は共和党出身の大統領ロナルド・レーガン、ジョージ・ブッシュ父子の各氏に仕えました。2018年4月に大統領補佐官に就任、トランプ氏との意見対立から昨年9月に解任されています。

ボルトン氏は気難しいメモ魔として知られ、日々の会議の長さや仮眠も含めトランプ外交の舞台裏を著書の中で暴露しています。

ボルトン暴露本のポイント

ボルトン氏の回顧録のポイントは次の通りです。

・昨年6月、20カ国・地域首脳会議(G20大阪サミット)に合わせた米中首脳会談で「農民票は重要」と強調した上で、中国が大豆や小麦を購入すれば今年11月の米大統領選での再選が確実になると習近平国家主席に「嘆願」した

・習氏が中国で強制収容所を建設している理由を説明すると、トランプ氏は「それが正しいのは明白だ。収容所の建設を進めるべきだ」と応じた

・イランと交渉したジョン・ケリー元国務長官(民主党)をローガン法(政府の許可がないのに個人的に敵対国と交渉することを禁止)違反で起訴すべきだと何度も司法長官を悩ませた

・2018年6月にシンガポールで開かれた初の米朝首脳会談の最中に、マイク・ポンペオ国務長官は「トランプ氏はいつも、でまかせばかりを言っている」と書いたメモをボルトン氏に手渡した

・その1カ月後、ポンペオ氏はトランプ氏の北朝鮮外交について「成功する可能性はゼロ」と吐き捨てた

・日米同盟が話題に上った際、トランプ氏は真珠湾攻撃を持ち出し、いら立ちをあらわにした。安倍晋三首相に対し、核合意離脱で緊張が高まるイランとの仲介を求める

・イギリスが核保有国であることを知らないようだった

・フィンランドはロシアの一部かと尋ねた

・ベネズエラを侵略するのは「クールだ」

・ジャーナリストについて「こうした人々は処刑されるべきだ。奴らは卑劣だ」

・トランプ氏への大統領ブリーフィングは時間の無駄だった

・トランプ氏はボルトン氏に「レックス・ティラーソン前国務長官がニッキー・ヘイリー米国連大使(当時)を性差別的なわいせつさで紹介したことがある」と話したことがあるが、トランプ氏のでっち上げだとボルトン氏自身は疑った

「戦争をしたいだけの気難しい退屈な馬鹿」

これに対してトランプ氏はツイッターで「訳が分からないジョン・ボルトンの“非常に退屈な”(ニューヨーク・タイムズ紙)本はウソとデタラメに満ちている。(略)戦争をしたかっただけの気難しくて退屈な馬鹿。追放して良かった。なんて悪党だ」と反撃しました。

米司法省は16、17の両日、「ボルトン氏の著書はアメリカの国家安全保障を損なう」と首都ワシントンのコロンビア特別区連邦地裁に出版差し止めを申し立てました。しかしアメリカの裁判所は表現の自由を最優先にする傾向が強く、出版差し止めは難しいという見方が出ています。

ボルトン氏側は国家安全保障に関わるような機密事項は事前に削除されている上、著作もすでに世界中に配送されていると主張。出版差し止めは意味がなく、申し立ては「口では大きなことを言っておきながら実際には何もできない」と揶揄(やゆ)されています。

「ボルトン氏の暴露本はデタラメ」と非難しながら、同じ口で「機密だから国家安全保障を損なう」と差し止めを求めるこの矛盾。要するにトランプ氏の頭の中にあるのは大統領選での再選だけ。全く脈絡のない言動を繰り返し、その場しのぎの政策や外交を連発しているのです。

システミック・クライシスに陥ったアメリカ

アメリカは新型コロナウイルスへの対策が遅れ、死者は世界最大の11万7700人。国内では警察官による黒人殺害事件が相次ぎ、人種差別に対する不満が吹き荒れています。しかし白人至上主義を強く漂わせ、対立を煽ってきたトランプ氏を大統領に選んだのはアメリカの有権者です。

新自由主義とグローバリゼーションを突き進めたアメリカは貧富、教育、医療の格差が広がり、トランプ氏は取り残された白人アンダークラスの恨みを利用し、メキシコ系やイスラム系移民、黒人を次々とスケープゴートとして怨嗟の窯の中に放り込んでいるのです。

筆者はアメリカの黒人に対する警察官の残虐行為には強く抗議しますが「Black Lives Matter(黒人の命が大切なのだ)」というスローガンには100%は同意できません。肌の色を強調しているからです。アメリカの自由と平等は完全にシステミック・クライシスに陥っています。

習近平の思想は「21世紀のマルクス主義」

中国共産党の高級幹部を養成する中央党校の機関紙「学習時報」は15日付1面で習氏の思想を「21世紀のマルクス主義」と称賛する何毅亭副学長の論文を掲載しました。毛沢東時代の個人崇拝を彷彿(ほうふつ)とさせます。

カール・マルクスとフリードリヒ・エンゲルスは「19世紀のマルクス主義」、ウラジーミル・レーニンと毛沢東、トウ小平が「20世紀のマルクス主義」を構築したとするなら、習氏は「21世紀のマルクス主義」というわけです。

何副学長の手放しの習氏礼賛は続きます。「中国流の社会主義は明確な結論をもたらすだろう。社会主義は確かに資本主義よりも優れている。現代の強力な社会主義国家の建設による決定的な成果が示される」

「今日、中国の社会主義の大成功は、500年に及ぶ世界の社会主義の歴史の中で最も素晴らしい章を描いている。世界の2つのイデオロギー、2つの教義、2つのシステムは社会主義に大きく傾いている」

アメリカの自由と平等、そして自由経済と民主主義の終着点がトランプ大統領の誕生だとしたら、世界は「21世紀のマルクス主義」に支配される危険に満ち満ちています。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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