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新型コロナワクチン9月供給に向け準備 米3億回分、英1億回分 英オックスフォード大が第2/3相治験へ

木村正人在英国際ジャーナリスト
新型コロナウイルスのイメージ(C)米CDC

米政府が1290億円資金提供

[ロンドン発]英製薬大手アストラゼネカが21日、英オックスフォード大学の開発する新型コロナウイルスワクチンについて今年から来年にかけ10億回分の生産能力を整え、4億回分の受注契約を結んだと発表しました。9月供給開始に向け準備しています。

これまでのワクチン開発には最短でも4年の歳月を要してきただけに、恐るべきスピードです。

アストラゼネカ社は21日、米生物医学先端研究開発局(BARDA)から10億ドル(約1075億円)の投資を受けたと表明。世界的に公平にワクチンを供給するため、ワクチン開発プロジェクトに資金提供するCEPIやGAVIアライアンス、世界保健機関(WHO)とも協力しています。

米保健福祉省も21日、米国内のボランティア3万人を対象にしたワクチンの第3相臨床試験を実施するために12億ドル(約1290億円)を提供し、見返りとして3億回分のワクチン供給を受ける予定だと発表しました。

英政府はこれに先立つ17日、ワクチン開発に取り組むオックスフォード大学とインペリアル・カレッジ・ロンドンに対し新たに8400万ポンド(約110億円)の資金提供を発表。アストラゼネカ社は1億回分のワクチンを供給する計画で、9月までに最大3000万回分を用意するそうです。

同社のパスカル・ソリオCEO(最高経営責任者)は「このパンデミックは世界的悲劇であり、全人類にとっての課題だ。私たちはウイルスを打ち負かさなければならない。でなければ世界中で多くの人が多大な苦痛を受け、長期にわたって経済的・社会的な傷跡が残る」と話しています。

組換えウイルスワクチン

天然痘ワクチンの開発者エドワード・ジェンナーにちなむ同大学ジェンナー研究所は弱毒化アデノウイルスベクターに新型コロナウイルスのスパイクタンパク質遺伝子をエンコードした組換えウイルスワクチン(ChAdOx1 nCoV-19)を開発。アストラゼネカはライセンス契約を締結しています。

スパイクタンパク質は新型コロナウイルスの突起部で、人のウイルスレスプターであるACE2と結合します。組換えウイルスワクチンを接種することで新型コロナウイルスのスパイクタンパク質を認識させ、免疫応答を誘発するのが狙いです。

ワクチンの第1/2相試験は4月に始まり、英イングランド南部の複数の試験センターで健康なボランティア計1000人(18~55歳)以上に接種して安全性・免疫原性・有効性を評価。試験のデータはまもなく発表されますが、ワクチンが効かない可能性ももちろんあります。

オックスフォード大学は22日、第2/3相試験を開始することを明らかにしました。対象は大人と子供を含む最大1万260人。第2相試験では5~12歳、56~69歳、70歳以上の3グループに接種し、年齢によって免疫応答が異なるかどうかを調べる計画です。

第3相試験では18歳以上の人々に対してワクチンが新型コロナウイルスに対してどのように機能するかを評価します。

臨床研究は順調

オックスフォードワクチングループの責任者アンドリュー・ポラード教授は「臨床研究は非常に順調に進んでおり現在、ワクチンが高齢者の免疫応答をどれだけ誘発するかを評価し、広範囲にワクチンが効くか否かのテストを始めつつあります」と話しています。

マウスやアカゲザルを使った動物実験の結果が査読前論文として5月13日に公開され、ワクチンで免疫応答が誘発され、肺炎は観察されなかったと報告されています。

これに対してエジンバラ大学のエリナー・ライリー教授(免疫・感染症)は次のように述べています。

「ワクチンは中和抗体を誘発し、ワクチン接種された動物は接種されていない動物よりも重篤な症状を示しませんでした。しかし中和抗体価は低く、感染を防ぐには不十分です」

「さらに鼻の分泌物でウイルスの増殖を防げませんでした。臨床試験で同様の結果が得られた場合、ワクチンは部分的な防御を提供する可能性は高いですが、コミュニティー感染を減らすことはほとんどないでしょう」

つまりマウスやアカゲザルを使った動物実験ではこのワクチンは肺炎になるのを防いだということになります。

アイルランドのユニバーシティ・カレッジ・ダブリンのクラース・キルクヘイマー博士はこう語ります。

「米BARDAの大規模な投資は素晴らしいニュースです。この投資は完全に無私なものではなく、米国民に大きな利益をもたらすことは明らかですが、ワクチンの効果的な世界供給も強化することを期待します。公平で十分に調整された国際的なワクチン接種への資金提供が必要です」

「すごいスピードに尊敬と危惧」

英大学キングス・カレッジ・ロンドンの大津欣也教授(循環器学)は筆者にこう解説します。

「スケジュール通りとは言え、改めてすごいスピードだと驚いています。驚きには尊敬と危惧の両方の意味を含みますが」

「サルの実験では感染性は抑制できなかったものの、中和抗体もできて肺炎を防げたということ、過剰免疫反応を起こさなかったのはいいことです」

「しかし人、特にこれから数を増やして臨床試験を行う時に何が起こるか分かりません。ワクチンは健康な人に打つので安全性が大切です。リスクとベネフィットのバランスを見なければいけません」

「また効果がどのくらいもつのか。アデノウイルスですからそれに対する抗体ができるため2回目は打つことはできません。それまでにこのような一時しのぎのワクチンではなく本物のワクチンができるかどうかです」

「このワクチンは感染予防ではなく重症化予防のワクチンということになりますね」

「日本では抗体検査を広げたら感染者数が分かるのですが、今は0.6%と低いです。PCR検査の陽性率が6%ですから、その差が何を表しているのか。抗体の感度の問題なのか、それとも抗体以外の免疫系が日本人では働いているのか、まだ分かりません」

「日本人は世界でまれなほどワクチンの安全性に対して敏感です。子宮頸がんなどを予防するHPV(ヒトパピローマウイルス)ワクチンも根拠のない恐怖心から先進国では唯一打てていません」

「新型コロナウイルスの死者数が少ないことを見ても日本ではワクチン接種は難しいかもしれません。これから緊急事態宣言が解除された後、感染が再び広がっていくかどうかにもよると思いますが」

ワクチンに4つの課題

免疫学の第一人者である大阪大学免疫学フロンティア研究センターの宮坂昌之招へい教授は次のような見方を示しています。

「ヒトに近いアカゲザルで中和抗体ができたことはいいことですが、現状だと問題がいくつかあります」

「一つは、ワクチン接種で予防に十分なほどの量の中和抗体ができていたかが不明です。二つ目に、このウイルスに対しては抗体だけではなくてヘルパーT細胞、キラーT細胞の働きが大事ですが、この点が調べられていません」

「三つ目に、得られた免疫がどのぐらい持続するかも大事な点ですが、この点もまだわかっていません。もしワクチン接種によってできる免疫が数カ月であれば、同じ年にまた感染する恐れがあるということになります」

「四つ目にアカゲザルでは新型コロナウイルス感染により重症化しないので、果たしてワクチン接種により重症化やサイトカインストームが防げるかがわかりません。これらの点が今後の解決すべき課題となります」

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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