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高齢者の大量死を防げ「介護崩壊」と「医療崩壊」老人ホームと病院はなぜ新型コロナに弱いのか

木村正人在英国際ジャーナリスト
自宅で新型コロナウイルスと戦う高齢者を訪ねる医師(伊ベルガモ)(写真:ロイター/アフロ)

190人もの死者を出した伊ミラノの老人ホーム

[ロンドン発]新型コロナウイルスに直撃されているイタリア北部ミラノ最大のピオ・アルベルゴ・トリヴルツィオ老人ホームで3月以降、190人もの死者が発生したため、警察が捜査を始めました。地元メディアは入所者の「虐殺」が起きたと報じています。

現地からの報道によると、同老人ホームのスタッフは、経営側が医師や看護師のマスク着用を禁じていたと証言。医師と労働組合は、経営側が感染リスクを軽視し、入所者の死因を見誤ったと糾弾しています。

遺族は同老人ホームの医療スタッフが入所者をおびえさせないよう防護服の着用を禁止されていたという報道に対する回答を求めています。マスクは老人ホームからもっと必要な場所に移されたと報じたメディアもあります。

これに対して同老人ホーム側は安全配慮義務を順守しており、死者の数は例年と変わらないとして過失責任を全面否定、入所者1000人以上分の検査キットがなかったと弁明しています。

遺族たちが集まって「トリヴルツィオの犠牲者のための正義と真実委員会」が設立され、原因究明のため証言を集めています。同委員会はフェイスブックでこう訴えています。

「多くの人が亡くなっただけでなく、入所者の実際の健康状態に関する情報も得られず、適切なケアを受けているかどうかも分かりません。私たちは愛する人を救うために可能な限りのことをしたいのです」

スタッフの3分の1も感染

同老人ホームのスタッフの3分の1に相当する約200人が新型コロナウイルスの症状があるか、PCR検査で陽性反応が出ているそうです。この中には、集中治療室(ICU)で人工呼吸器を装着されている38歳の理学療法士もいます。

ミラノのあるロンバルディア州の老人ホーム全体で1822人が死亡しましたが、PCR検査のキャパシティーに限りがあるため、一体、何人が新型コロナウイルスによる肺炎で死亡したのかはっきりしたことは分かりません。

多くの高齢者がPCR検査を受けずに亡くなっているため、老人ホームでの死亡は欧州全体で相当な数にのぼるとみられています。自宅でひっそり息を引き取る人もいます。ロンバルディア州の医師会は、同州ベルガモの老人ホームに入所している6000人の約1割が死亡したと推定しています。

イタリア全体で9割近い老人ホームで医療従事者用の保護具が不足。スタッフが感染したため、人員不足に苦しんでいる老人ホームも少なくありません。ウイルスを封じ込める方法についても周知徹底が図られていません。

いくら厳しい都市封鎖(ロックダウン)を敷いても、2メートルの安全距離をとることができない病院や診療所の医師、看護師ら医療従事者と老人ホームのスタッフは危険にさらされています。彼らは患者や入所者に至近距離で接しないことには仕事になりません。

患者や入所者も高い感染リスクにさらされています。

このためフェイスシールドやゴーグル、N95マスク、防護服、手袋などの防護具が欠かせませんが、医療現場でもこうした防護具が不足しているのが現実です。老人ホームにまでとても行き渡りません。しかもPCR検査には手間も金もかかり、実施能力に限界があります。

日本では大阪大学病院(大阪府吹田市)でさえ防護具が足りなくなり、雨がっぱも品切れで、急遽(きゅうきょ)ポリ袋で代用品を作っているそうです。ワクチンも治療方法もない今、十分な防護具とPCR検査の実施能力がなければ新型コロナウイルスとは戦えず、犠牲者を広げてしまいます。

欧州では老人ホームや自宅でのコロナ死相次ぐ

英ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)の研究グループがイタリア、スペイン、アイルランド、ベルギー、フランスの老人ホームを調査したところ、新型コロナウイルスによる死亡の42~57%が施設に集中していました。

LSEの研究報告より筆者作成
LSEの研究報告より筆者作成

ベルギーではコロナ死全体の42%に当たる1405人が老人ホームでの死亡。施設全体の90%で感染が確認されました。スペインではコロナ死全体の57%に当たる8345人が老人ホームで死んでいました。

フランスはコロナ死全体の44.6%に相当する6177人が老人ホームの入所者で、4889人が施設で死亡、1288人が病院で亡くなっていました。

イタリアでは577施設を対象にした調査で53%が老人ホームで命を落としていました。アイルランドではコロナ死の54%に当たる156人が老人ホームの入所者でした。

英経営コンサルタント、カンデジックは英イングランド・ウェールズでも6000人が老人ホームで亡くなったと推定しています。

米紙ニューヨーク・タイムズによると、全米の2500以上の高齢者施設で感染を確認。これらの施設で2万1000人以上の入所者とスタッフが感染しており、3800人以上が死亡しているそうです。

長寿大国・日本でも老人ホームでの感染が相次いでいます。「医療崩壊」だけでなく、欧州と同じ「介護崩壊」がいつ起きても不思議ではありません。

老人ホームにも医療機関並みの防護具を支給し、PCR検査で感染者をあぶりだす態勢を構築しないことには、高齢者の”虐殺”を許してしまうことになりかねません。

(おわり)

在英国際ジャーナリスト

在ロンドン国際ジャーナリスト(元産経新聞ロンドン支局長)。憲法改正(元慶応大学法科大学院非常勤講師)や国際政治、安全保障、欧州経済に詳しい。産経新聞大阪社会部・神戸支局で16年間、事件記者をした後、政治部・外信部のデスクも経験。2002~03年、米コロンビア大学東アジア研究所客員研究員。著書に『EU崩壊』『見えない世界戦争「サイバー戦」最新報告』(いずれも新潮新書)。masakimu50@gmail.com

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